ハプニング|神田桂一『旅がなくなる。』第2回
インターネットやSNSの登場によって、僕たちは、誰かが、いつ、どこで、何をしているのか、容易に知ることができるようになった。
「久しぶりな感じがしないね」
友人と久しぶりに会ったとき、こんなセリフを言う機会が多くなった。
いつも、SNSで動向を見てしまっているからだ。この新鮮さの喪失は、当然ながらすべて既視のものになってしまったことに由来する。
2009年頃、僕はとある事情で会社を辞め、単身、トルコに向かっていた。予定はまったく未定。フライトチケットだけを持った旅だった。イスタンブールのアタチュルク空港に降り立ち、適当に宿を探す。半月ほどイスタンブールを観光したあと、サフランボルへ移動し、パムッカレに向かった。パムッカレは、段々畑のような石灰岩が有名だ。そこで、僕は、ある韓国人の20代前半の女の子に話しかけられた。女の子は、僕のことを韓国人と勘違いしていたみたいで、韓国語で話しかけてきた。僕は、
「sorry,I’m Japanese.」
と、英語で告げると、今度は日本語で話しかけてきたのだ。その女の子の名前は、アランといった。アランは
「写真を撮ってもらえますか」
と言ってきたので、僕は、写真を撮ってあげて、ついでにアランとも一緒に写真を撮った。
そして、バイバイといって別れた。
その後、僕は、イズミル、アンカラと移動し、イスタンブールに戻った。そしてどうしようか迷った末に、エジプトに飛ぶことに決めた。しかし、チケットを取ったのはいいが、エジプトには、半年以上パスポートの残存期間がないと入国できないことがわかり、僕のパスポートは、半年を切っていた。慌てて、イスタンブールの日本領事館に飛び込んだが、フライトまでに新しいパスポートは出来上がらないことがわかった。仕方なく、フライトを一週間ずらし、イスタンブールのボロいゲストハウスでエキメッキ(トルコのフランスパン的なもの)を食べながら寝て日々を過ごした。すると、ドミトリーの同室のフランス人の女性から
「なんでお前はずっとエキメッキ食べてるか寝てるかばかりしてどこにも出かけないんだ」
と聞かれて、しどろもどろになったりした。
一週間後、空港に向かい、チェックインカウンターに並んでいると、列の前の男性が話しかけてきた。英語で早口なので、何を喋っているかわからなかった。僕が困っていると、男性はこっちに来い!というジェスチャーをして、どこかに僕を引っ張っていった。その先には、パムッカレで写真を頼まれたアランがいたのだ。まさかの再会だった。しかもアランの行き先もエジプトで飛行機も同じ便だった。
アランとは、その後エジプトでも同じ宿に泊まって、しばらく行動を共にして、仲良くなった。僕が日本に帰ったあとも、アランはワーキングホリデーで、来日して、東京に滞在したりしていたので、長い付き合いになった。
移動先のエジプトではこんなこともあった。カイロに降り立った僕は、カイロを周り、ナイル川沿いを下り、ルクソール、アスワンと旅したあとに、ダハブというヨルダンとの国境にある紅海沿いのリゾート地(といっても物価はとてもリーズナブル)に移動した。適当にゲストハウスを探し、宿泊したのだが、そこのゲストハウスでは、ダイビングのライセンスを取得する講座を開いていた。また体験ダイビングもすることができた。僕はダイビングをやったことがなかったので、体験ダイビングに申し込むことにした。
体験ダイビング当日、集合場所に集まると、インストラクターが現れた。インストラクターもその宿で住み込みで働いているということだった。しばらく解説を聞いていたが、よく顔を見てみるとどっかで見たことのある顔のような気がするのである。僕は凝視してみた。すると向こうも凝視してきた。そして二人で目を合わせて
「あー!」
大学の同級生だったのである。会ったのは卒業式ぶりだった。同級生は、卒業後、イタリアに渡り、料理の修行をしていたが、陸路で帰っていたところ、ダハブで沈没、なぜかダイビングのインストラクターの資格まで取得してしまい、そのまま教えることになってしまったという。
SNSでつながってしまっていたら、相手のいる場所を知ってしまっていたら、決して味わうことのできない新鮮なハプニング。まるで、デジタルカメラ以前の、写真ができあがったときのあの気持ちを思い起こさせたりしないだろうか。