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おそるべしまげわっぱ飲み (つつまし酒#55)

散歩の途中に運命の出会い

 あれは確か2ヶ月くらい前のこと。
 その日は仕事の締め切りがやたらと重なっていて、朝から夕方にかけて、ひーひー言いながら3本ほどの原稿を書き上げました。僕の場合、文字数の多い少ないに関わらず、3本も原稿を書くといったん精神的限界が訪れます。やってらんねー! と。まだやることはあるんだけど、どうにかして気持ちをリセットしないとどうしようもない。気づけば反射的に仕事場を飛びだし、あてどない散歩に出ていたのでした。
 こういう場合、普段なら近くの石神井公園へ行くことが多いんですが、その日はなんとなく逆方向に歩きだしていた。頭を空にして歩いていると、やっぱり少しずつ気が晴れてきます。15分ほど無心に歩き、たどりついたのが、石神井公園駅と大泉学園駅の中間ほどの場所にある、「リヴィンオズ大泉店」。ここ、僕と同世代以下の地元っ子は、子供の頃から「OZ(オズ)」の愛称で親しんできた商業施設で、スーパーや日用品はもちろん、CD、本、おもちゃ、服、電化製品などなどなんでも揃い、さらにはレストランフロアやゲーセンまであるので、ヒマでしょうがなかった中高生時代、無駄に足を運びまくっていた場所です。
 何年ぶりにやって来ただろうか。気まぐれにちょっと覗いて帰るか。と、いったんエスカレーターで最上階まで行き、ぷらぷらと売り場を徘徊しながら1階ずつ下ってゆく。平日の夕方なので完全に不審者ですが、まぁいたしかたない。そんなことをしていたら、大好きなキッチングッズ関係のコーナーで僕の目に飛びこんできたのが「まげわっぱ弁当箱」だったんですね。
「あ、いいな~。こういうの欲しかったんだよな~」と手にとり、しげしげと眺めます。いわゆる無垢の白木であったり、漆塗りであったりの高級品ではなく、外側がウレタン塗装されたライトなもので、値段も2000円程度と手ごろ。見れば見るほどかわいらしく、手になじむ。普段お弁当生活をしているわけでもないので、生活に絶対必要な品ではないんだけど、こうなってしまうともはや、自らの欲望に抵抗するのは無駄なあがきです。
 よし、買おっと!

 ただ、普通に暮らしていてもこいつの出番はやってきません。が、あるとき思いついた。いや、潜在的にはとっくに思いついていた。「まげわっぱ弁当をつまみに飲もう!」と。先日ついにその思いつきを実行してみたところ、これがまぁ、ものすご~く満足度の高い飲みになったんですよね。

人生に必要のないライフハック

 今日こそ「わっぱ飲み」を実行しようと心に決めた日の朝、まずは中身について思案する。自分でこしらえる? それはそれで楽しいだろう。だけど今回は一発目。もっとこう、わっぱ君に予想外の驚きを与えてもらいたい。そうだ、普通のコンビニ弁当をわっぱに詰め替えるなんてどうだろう? いや、どうだろうもこうだろうもないよ。それしかない!
 というわけで仕事帰り、セブンイレブンに寄って、な~んの変哲もない普通の「のり弁」を買ってきました。あれこれおかずが入って税込399円。安い。これをさっそく、わっぱ弁当箱に移し変えていきましょう。

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※ 撮影が数週間前だったので屋外で撮影していますが、現在、不要不急のわっぱ飲みは、ご自宅の中やベランダなどで楽しみましょう。

 さて、どう考えてみても最大の難関は、「そもそも弁当箱の形が違う」という部分にありますよね。おかずはまだいい。ご飯部分をうまく引越しさせてやれるだろうか? 不安な気持ちを抱きつつも思い切りよく、割箸でざくざくとご飯をそれらしき形に切り抜いていく。わっぱに移す。うわ、やっぱりフチがガタガタだ! けれども、まだ本体弁の方には海苔とご飯が少々残っています。そこから海苔をはがしとり、丁寧に丁寧にガタガタのフチ部分につぎはぎしていくと、なんとかかっこうはついた気がします。これぞ人生にまったく必要ないライフハック。あとは自分の感性を信じ、おかずたちを配置してゆく。あれ? これ、結果なかなかいい感じになったんじゃないの?

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移植成功。

想像以上だったわっぱの力

 ふぅ、これで準備は整った。いよいよ待望のわっぱ飲み、開始~! と、発泡酒をぷしゅり。続いてまずはのり弁部分を食べてみます。おかかと醤油の染みた海苔をまとった白米。そしてふわりと木の香り。あれぇ? これ本当にコンビニ弁当? なんだか少年時代に食べた母の弁当の味がします。なんだこれ。それに、まだ移しおわって1分も経ってないのに、お米がやたらともっちりしている気がする。プラシーボ効果も相当加わっているんでしょうが、わっぱの力、想像以上におそるべしだな……。
 基本的にのり弁かマクドナルドでしか出会うことのない、フィッシュフライとタルタルソースの相性。ソースの染みたコロッケやチクワの磯辺揚げの頼もしさ。脇を固める副菜陣の堅実な仕事。そしてそこに絡み合う冷たいご飯の、弁当ならではの味わい。ビールがぐいぐい進むこと! こんなにうまいかコンビニ弁当。ちょっとした衝撃体験だぞこれ。
 実は本体であるプラ弁当箱のほうに、収まりきらなかったご飯がまだ少しだけ残ってしまっていました。ふと確認したくなり、そっちを食べてみてさらに衝撃。いったんわっぱ弁当を味わったあとだと、なんて味気ないんだ。これ、もしかして知らなかったほうがいい喜びだったんじゃないでしょうか……。だって、今後普通のコンビニ弁当を食べる機会があるたび、わっぱ君のことを考えてしまうよ。もはや、いざというときのために普段から持ち歩いておくしかないな。まげわっぱ。

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冷めたご飯って、美味しいですよね。
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco


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酒場ライター・パリッコの「つつまし酒」
酒場ライター・パリッコの「つつまし酒」
  • 12本

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。 けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。 いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。 混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡ぐ飲酒エッセイ、待望の連載再開!

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