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10章 合従連衡によってプレイヤーの数を減らす/山口周著『グーグルに勝つ広告モデル』全文公開【その9】

*なぜ地上波はデジタルハイビジョン化するのか?

ここまで、アテンションの総量が増えない中でアテンションを奪い合う競合の数が増加する以上、アテンションを仕入れて卸売りするというマスメディアのビジネスモデルは現状のままでは縮小せざるを得ない、というロジックに基づき、減少するアテンションに対してその単価を上げる、という方向性で方策を検討してきましたが、もう一つの方向性として、プレイヤーの数を減らす、つまりゼロサムゲームへの参加者を減らすという方向性が考えられます。

このときに考えなければいけないのが、「プレイヤーの数を減らす」ということと「メディアの数を減らす」というのは別物だということです。

すでにお気づきのことだと思いますが、筆者の提言は、基本的にターゲット効率を高めることで単価を上げる、という考え方に基づいているので、必然的に大リーチ×少数媒体から、小リーチ×多数媒体にポートフォリオを切り替えていくことになります。

一方で、プレイヤーの数が多い・少ないということが別の論点としてありますから、組み合わせとしては次のようになります。

A 大リーチ×少数媒体ポートフォリオ×多数プレイヤー

B 大リーチ×少数媒体ポートフォリオ×少数プレイヤー

C 小リーチ×多数媒体ポートフォリオ×多数プレイヤー

D 小リーチ×多数媒体ポートフォリオ×少数プレイヤー

この場合、もっとも収益性が低いのはAのパターンです。

大リーチというのは、多数派狙いのコンテンツということですから、差別化が難しい状態で多数乱戦という、典型的な構造不況業種の状況になります。

今のテレビ業界はBに当たりますが、彼らがデジタル化にあたって局数の増加を非常に嫌がったのは、BからAへの移行を嫌ったということで、考え方としては当然といえます。

地上波テレビは、首都圏ではVHF局で7局あります。当然、この数字が増えれば分け前は減ります。デジタル化の導入によって電波の利用効率が向上するわけですが、このときに画像の精細化、ハイビジョン化によって一局あたりの情報量を増やすことで、局数は増やさない方向に持っていきました。

このときの論理は非常によくできていて、大画面モニターの低価格化に言及しています。つまり、大画面モニターの価格がどんどん下がり、普及率も高まっている。ところが日本の家の大きさはそう簡単に大きくならないから、狭い部屋で40インチ、50インチといった大画面のテレビを見るようになる。例えば6畳の部屋で50インチのモニターを見るのは、14インチのモニターに顔をくっつけて見るのと同じことだから、これまでの精細度だと画面の粗さが目立つようになる。そこでハイビジョン化が必要、という論理です。

実際には、大型のデジタルハイビジョンモニターを買う人のほとんどは、テレビ放送のためでなくDVDやゲームを大迫力で楽しみたいという理由で購入していることがわかっています。別にバラエティやクイズ番組、報道番組をハイビジョンで楽しみたいと思っているわけではありません。しかしテレビ局は、前記の論理を盾にして、デジタル化による電波効率向上を高精細化に振り向けました。

これは非常に重要な意思決定で、様々な批判はあるものの、純粋に経営戦略の観点からすれば、アテンションのシェアを奪い合うプレイヤーを増やさない、というのは合理的な決定だったと思います。

*アイスクリーム屋の誤謬

ただ前記の枠組みで考えた場合、もう一つ別のオプションとして、Dの方向性を選ぶことも可能ではないかと筆者は考えています。

前記のデジタル化の事例で考えれば、局数を増やし、増えた局と資本提携してコンテンツを住み分けることで、全体としてのアテンション量を増やす、というアプローチです。

「アイスクリーム屋の誤謬」という話を、聞いたことがあるでしょうか?

夏の海岸でアイスクリーム屋をやろうとすると、誰でも人の多いところに店を構えようとします。

それを皆がやったとしたらどうなるか?

客数はそれほど増えずに、価格競争が起こります。本当は分散して店を置き、価格を比較できないようにして市場を住み分けるのが得策なのですが、皆が市場を分析すると、同じところに店を出すことになってしまうというジレンマの話です。

この「アイスクリーム屋の誤謬」になぞらえていえば、砂浜の一等地に店を出させないようにするというのが、キー局がデジタル化にあたって取ったアプローチです。一方、砂浜の端っこに店を出させて提携し、自分の店では取れない客を拾ってもらう、という考え方もあるのではないかというのが筆者の考え方です。

なぜこう申し上げるかというと、テレビというのはもっとも視聴率の高い時間帯でも、全局の合計視聴率が60%程度しかないからです。4割くらいの人はテレビを見ていない。

何で見ていないのかというと、そもそも見られる環境にいない、ということもあるのですが、つまらないから見ないという層が、4割のうちの半分、2割くらい存在することがわかっています。しかもこの人たちは、テレビを見る6割の人たちよりも可処分所得が高いということもわかっています。

この層を取り込むには、今のコンテンツをどうこうするよりも、新しい小リーチのメディアを作ってポートフォリオを組むほうがいいのではないでしょうか。リスクも少ないし、全体として獲得できるアテンションの量も増えるはずです。

成熟期~衰退期に差し掛かった存置産業が、経営上難しい局面に陥るのは、設備の稼働率が低下してバランスシートもPL(損益計算書)も悪化するからです。

マスメディアビジネスは、コンテンツを量産するために最適化された一種の装置産業と考えることもできますから、今後のアテンションシェアの低下に対して打つべき方策の一つとして、戦略的に資産を軽くしていくという手が考えられます。

この考え方を推し進めると、合併・提携による重複資産の償却というアプローチが浮上してきます。経営戦略の側面からだけいえば、現在のマスメディア企業にとって合従連衡は、経営上のオプションになりうると思います。

(11章以降に続きます。毎日更新予定)


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「デビュー作にはその作家のすべてがある」と言われます。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でブレイクした山口周さんのデビュー作は、2008年5月刊行の『グーグルに勝つ広告モデル マスメディアは必要か』でした。今でも学びの多い本書の内容を、順次公開していきます。

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