白土三平、つげ義春、吾妻ひでお、諸星大二郎――4人のカリスマの作品と生涯、そして受け継がれた遺伝子|長山靖生
はじめに――神様とカリスマ
本書で取り上げたいのは、白土三平、つげ義春、吾妻ひでお、諸星大二郎の4人だ。
こう並べてみると、すぐに納得する人がいる一方、意外に感じる人もいるかもしれない。
いずれも個性的な作品を描き続けた漫画家で、今も熱狂的なファンを持っている、息の長く魅力的な作家という以外の共通点が思い当たらない人もいるかもしれない。
彼らは漫画というジャンルを超えて、折々の時代の若者文化をリードした漫画家である。
かつて漫画は、望ましくない子どもの娯楽として排撃対象だったが、現在では出版や映像メディアにとって、なくてはならない大きな存在であるばかりでなく、政府も後押しする現代日本文化の有力なジャンルとなっている。
日本の漫画がここまで大きく発展した背景には、エンターテインメントとして売れるだけでなく、メイン読者である子どもが成長したあとも、懐かしさからだけでなく、文学同様に内容の深さや表現技法を味わい、思索する対象となるだけの質を持った作品が描かれてきたからにほかならない。
あらゆる表現ジャンルがそうであるように、最先端・最尖鋭の表現は、必ずしも最も売れる作品とはならない。
むしろ先端表現を切り拓いた作品は、理解できる読者が少なく、マニアックなものにとどまるケースのほうが多いだろう。
だがそうした作品は時代を経ても色あせず、新たなマニアを獲得しながら長く読まれ続ける。
そしてそうした「漫画のカリスマ」ともいうべき表現者たちは、何よりも後続の漫画家(志望者)たちを惹きつけ、畏敬され、その遺伝子が次世代のポピュラーな表現を形作っていくことになる。
敗戦直後の日本に、雄大なスケールを持ったストーリー漫画をもたらした手塚治虫が、その後も長らく漫画界をリードし続けたことは、誰もが認めるところだろう。
手塚漫画の出発点にディズニー・アニメの影響があることはよく知られている。
しかし日本漫画の源流はそれだけではなかった。
戦前からあった子ども向けの絵画と物語で構成された漫画以外の娯楽に、「紙芝居」と「絵物語」があった。
手塚治虫が「漫画の神様」なら、「漫画のウラ神様(あるいは悪魔くん?)」ともいえる存在が水木しげるだが、戦前に画家を目指していた水木は、戦後に紙芝居制作から出発し、漫画家になっていった。
ちなみに水木は1922年生まれ、手塚は1928年生まれである。
この2人に続く世代から、さらに漫画表現を豊かに広げていく多くの才能があらわれた。
手塚に憧れた少年たちの中から、石森章太郎や藤子不二雄、赤塚不二夫らトキワ荘グループが育ったことはよく知られている。
彼らの作品は今でも、アニメや特撮映画の原作・原案として使用されており、メジャーな漫画やアニメの王道を創っていった。
その一方で、1930年代に生まれ、紙芝居や絵物語の系譜を引き継いだ漫画家もいた。
劇画といういわれ方もする作風の、白土三平(1932~2021)やつげ義春(1937~)らである。楳図かずおや永島慎二もこの系統に分類していいかもしれない。
彼らはシリーズ総計数千万部、発売たちまち何百万部といった売り上げを誇るウルトラメジャー漫画家とはいえなかったが、50年代、60年代の全共闘・全学連世代の青年層に熱く支持されただけでなく、思想的な影響力を持っていた。
そんな白土やつげが活躍した漫画雑誌は『ガロ』である。
一方、トキワ荘グループの一世代あとの吾妻ひでお(1950~2019)や諸星大二郎(1949~)は、手塚治虫の虫プロ商事が『ガロ』に対抗する意識をもって創刊した雑誌『COM』周辺から世に出た。
彼らもメジャーど真ん中の漫画家ではなかったが、70年代、80年代の若者に熱く支持され、それ以降の漫画家たちにも大きな影響を与えた。
白土・つげは、戦前に生まれ、戦中戦後に幼少期を送っており、生涯にわたって貧しい日本、歪(ゆが)んだ社会を忘れることはなかった。
それに対して吾妻・諸星は、いわば男の「24年組」だった(*第三章参照)。
彼らも貧しい日本を体験していたとはいえ、戦争を知らない世代であり、戦後民主主義教育を受けて育っている。
彼らを特徴づけるのは、ノンポリのシラケ的虚無であり、オタク的な知識と嗜好に対する偏愛だった。というより、彼らの偏愛ぶりに憧れ、倣った者たちが、今日の文化の主体を形作ったのである。
彼ら4人の漫画家は、どのような方法で時代を掴み取り、そのうえで時代を超えて本質を抉(えぐ)る表現に到達したのか。
その背景にはどのような時代や事件の影響があったのか。
また彼らの作品は、どのように社会を動かし、変えたのか。
この4人の作品と生涯を通して、昭和戦後から今現在に至る日本の精神史を読み解きたい。
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著者プロフィール
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