プロローグ 2021年キャンプ――オリックスはなぜ優勝できたのか by喜瀬雅則
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プロローグ 2021年キャンプ――オリックスはなぜ優勝できたのか by喜瀬雅則

光文社新書

これほど終わるのが惜しいと思う日本シリーズはありませんでした。もう両者優勝でいいとも思いました(心と体がもたないので)。最終的に東京ヤクルトスワローズが優勝を決めたわけですが、多くの選手が喜びを爆発させるのではなく、涙を流していました。それほど長く辛い闘いだったのでしょう。

今回の日本シリーズの大きな特徴は、2年連続最下位チーム同士のマッチアップというところにありました。特にオリックス・バファローズは、最後の優勝が1996年で、25年もペナント制覇から遠ざかっていました。これは12球団で最長です(合併球団の近鉄バファローズは2001年に優勝していますが、本稿ではオリックス・ブルーウェーブを基準にしています)。

オリックスの弱さ、暗黒ぶりは、ネット上でも再三ネタにされてきました。「勝てない」「弱い」ことがチームのアイデンティティになっていたのです。もちろん、選手・関係者は勝とうと強く思い、試行錯誤や厳しい鍛錬を行っていたと思いますが、少なくとも他球団のファンからはそのように見えていました。そんなチームが、なぜ突然、強豪ひしめくパ・リーグを制することができたのか?

その謎を、豊富な取材によって解き明かす一冊が12月15日に刊行されます。喜瀬雅則著『オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年』です。堂々416ページの野球ノンフィクション。シーズンが終わり、手持無沙汰の野球ファンにとってはたまらない内容です。老いも若きも、他球団のファンも楽しめるはずです。

著者の喜瀬さんは、オリックスの元番記者。強い時代も弱い時代も、チーム内部に近いところでその状況をつぶさに見てきました。ちなみに光文社新書で、すでに2冊の野球本を書いていただいています。この2冊の内容も、今回のオリックス本につながっていきます。

本記事では『オリックスはなぜ優勝できたのか 苦闘と変革の25年』から目次とプロローグの冒頭を公開します。以後、プロローグとエピローグを含む、全13章立ての各章冒頭を順次公開していきます。

本年2月1日、オリックスのキャンプ地を訪れた喜瀬さんが見たものは何だったのでしょうか?(光文社三宅)

「このチーム、最下位だろ? もっとやることあるやろ?」

目  次

プロローグ 2021年キャンプ  

第一章 がんばろうKOBE  

第二章 契約金0円  

第三章 仰木彬と梨田昌孝  

第四章 バファローズ継承  

第五章 岡田彰布と森脇浩司  

第六章 スカウト革命 

第七章 宗佑磨 吉田正尚 山本由伸  

第八章 キャンプ地移転 育成強化  

第九章 ラオウ杉本裕太郎  

第十章 紅林弘太郎  

終 章 T―岡田  

エピローグ 3つの跡地  

オリックス年度別成績(1995〜2021) 

プロローグ 2021年キャンプ

プロ野球のキャンプインは「球界のお正月」と呼ばれる。
私も、四半世紀近くプロ野球界を追い続ける日々を送っているうちに、2月1日になると、なぜか、また新しい年が来たな、という実感が湧くようになってきた。
その年の〝元日〟を、どこで迎えるのか。
サンケイスポーツでの番記者時代は、当然ながら、担当球団のキャンプ地にいた。
フリーになった今は、その年、重点的に追う球団を選ぶことになる。

2021年(令和3年)2月1日。
私は、JR宮崎駅前の定宿から、国道269号を南西方向に車を走らせていた。
住宅街を抜け、郊外の街に共通の大型スーパーやファストフードのチェーン店が立ち並ぶ駐車場は「第1」から「第7」まで。車で来ることが前提ともいえる山間を切り開いた敷地面積は42.3ヘクタール。甲子園球場のおよそ11
個分という広大さでもある。
宮崎市街から、車でおよそ30分。
オリックスは2015年(平成27年)から1軍が、翌2016年(平成28
年)からは1、2軍合同で、この「清武総合運動公園」で2月の1カ月間、
キャンプを行っている。
中堅122メートル、両翼100メートルの本拠地・京セラドーム大阪と同じスケールでもあるプロ仕様の球場が、敷地内に2つ隣接している。
ブルペンでは、10人が一斉に投げられる。
多目的グラウンドでは、2カ所で内外野のノックができるスペースがある。
室内練習場には、トレーニングルームも併設されている。
12球団でも、それこそ1、2を争う恵まれたキャンプ施設でもある。

1  写真 オリ本 キャンプ⑤21年清武初日

2021年、キャンプ初日の様子

メーン球場、キャンプでは「A組」が主に使用する「SOKKENスタジアム」は、清武町が生誕地である江戸時代の儒学者・安井息軒にちなんで命名されたものだ。
その正面玄関前の広場は「バファローズタウン」と呼ばれ、毎年、地元グルメのブースが出店し、オリックスのグッズも販売されている。週末には球団のダンス&ヴォーカルユニット「BsGirls」のライブステージも開かれる。
キャンプ中は、常に華やかで、楽しい空気に包まれている。
2021年の宮崎キャンプは、コロナ禍のため、無観客で行われることになった。だからそのスペースはガランとしたままで、人の気配が全くない。
キャンプ地から、にぎわいが消えた。
しかし、その「静けさ」は、間違いなくそれだけに起因するものではなかった。
これがキャンプだ、という、活気やざわめきが、どこからも伝わってこないのだ。
どうなっているんだ、オリックス?
それが〝年の初め〟に抱いた、私の率直な思いだった。

写真 オリ本 キャンプ⑪球場18年

SOKKENスタジアム(2018年)

淡々と、時が過ぎていく。
太陽の光が、少し斜めから差そうかという頃になると、全体練習が終わる。
しかし、むしろ〝キャンプらしさ〟は、その夕方前あたりから表れてくる。
若手の野手が土まみれになって、コーチが打つノックの打球に飛び込んでいく。
捕れずに悔しがる。ノックバットを手に、コーチがハッパをかける。
観客が見ていれば、そこで拍手が起こったり、歓声が湧いたりする。
メーン球場では、主力打者が特打でバットを振りまくっている。豪快な打球が何本も外野スタンドへ飛び込んでいくシーンは、まさしく圧巻だ。
投手は、サブグラウンドでひたすら走り込んでいる。
オレンジ色の夕日がグラウンドを染め始める頃、ユニホームを泥まみれにした選手たちが、汗びっしょりになって引き揚げてくる。
それを待ち構えて取材するのが、我々番記者の仕事でもある。
「特打2時間、サク越え連発」「鬼のノック連発1時間」「エース200球投げ込み」
しかし、そんな見慣れたはずの光景が、どこにも見当たらない。
キャンプ地では、練習メニューを記した報道用資料が毎日配られる。
2021年2月1日、オリックスAグループ。
メーン球場での練習メニューは、表形式の枠の中に、練習内容とそれに取り組む選手たちの背番号が記されている。これを片手に、私も施設内を動き、練習をチェックする。
全体練習終了の予定時刻「14:00」の横に、私はこう記していた。

30分ほど早く終了。B組よりも早く終了。
15時過ぎにはほぼ終了。引き揚げる選手。

宮崎の夕方は、日が差している場所に立っていると、まだまだ温かかった。
しかしその頃から、ユニホームからトレーニングウエアに着替えた選手たちが、宿舎へ戻るバスへと、三々五々、乗り込んでいくのだ。
どこか消化不良のような思いを抱いたまま、夕刻前に私もグラウンドを後にした。

2日目。旧知の野球評論家から「練習を見たいんだけど」と連絡が入った。
「早く来ないと、すぐ終わっちゃいますよ」
冗談交じりにそう伝えた。ブルペン、メーン球場、室内練習場と、一緒にぐるりと見終わったのは、午後2時過ぎのことだった。
やっぱり、球場には選手の姿が見えなくなる。
「ひょっとして、もう終わりか?」
あまりの練習時間の短さに、その球界OBは首をひねっていた。
「このチーム、最下位だろ? もっとやることあるやろ?」
実は、私も同じ疑問を持っていた。
弱いのに、練習やらんって、どういうことやろ?
練習時間が長ければいいというものでもないのは百も承知だ。
それでも、やっぱり、どうしても、こう思ってしまうのだ。
「最も優勝から遠ざかっている球団」のキャンプが、これで大丈夫なのか?
開幕前の下馬評も、軒並み低いものばかりだった。
日刊スポーツの野球評論家25人のうち21人、フジテレビONE「プロ野球ニュース2021」の22人のうち21人が、オリックスをBクラスに予想。日刊スポーツの4人、フジテレビの1人がAクラスとしたが、その順位は5人とも「3位」だった。
ただ、あの「静けさ」が変革の予兆だったとは、後々、この本のための取材を本格化させる頃まで、不覚にも私は気づけなかったのだ。

2021年(令和3年)から「代行」の肩書が取れ、監督に正式就任した中嶋聡は、キャンプイン前日の1月31日、こんな〝所信表明〟を発していた。
「厳しく、明るく、自分でどこまで追い込めるか。練習は、こちらから言うことでもないし、それぞれに求めたい。妥協なきキャンプにしたい」
宮崎での中嶋は、神出鬼没だった。メーン球場で姿が見えなくなったかと思うと、隣の第2球場のグラウンドで調整中のベテラン選手と話し込んでいたりする。
このキャンプ地の、そこが最大の良さでもある。監督もコーチも、思いついた時に、気になる選手の動きをすぐに、さっと見に行けるだけの範囲内に、球場も、ブルペンも、室内練習場も、多目的グラウンドも、すべてあるのだ。
その「観察」が、コーチ陣へ与えた最大の課題でもあった。
「コーチは、自分の色を出していこうという考えもあると思います。でも、まずは見てからにしてほしい」
若い選手を指名して、ノックの雨を降らせる。
若い投手を呼んできて、ブルペンで投げ込みをさせる。
そうやって、まずは数をこなす。プロとしての練習を体に覚え込ませる。そうしてやらなければ、まだ右も左も分からないレベルの若手選手もいる。
だから、若いやつは練習しろ。理屈じゃない。バットを振れ。球を投げろ。
キャンプは、そのための時間もたっぷりと取ることができる絶好の機会でもある。
その手助けを、コーチがする。プロとして、より高いレベルに到達できるよう、そこまで引っ張り上げてやるのがコーチの役目であり、その思いで強いる猛練習は〝愛のムチ〟という、何とも便利な言葉で包み込まれ、肯定的に捉えられてきた。
それが、これまでのプロ野球界の半ば〝常識〟でもあった。
しかし、中嶋はそれをコーチ陣に求めなかった。
プロとして、今の自分に何が足りないのか。選手が自分で模索し、見つけ出したその課題を克服しようと、まずは自ら動いてみる。ただ、その過程で選手が迷い、助けを求めてきた時に初めてコーチの出番になる。
その時まで、じっと待つ。やらせるのではなく、気づかせる。
それが、中嶋の方針だった。
キャンプ初日の練習メニュー表も「14:00」の下は「個別練習」と記されている。
しかし、ただ「自分でやれ」というだけではない。気づかせるためのきっかけと、そこへ至る道筋への〝入り口〟を設定してあった。
2021年のオリックスは、大胆な人事を行っている。
「巡回ヘッドコーチ」に、中垣征一郎というトレーニングの専門家を置いたのだ。(続く) 



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