埼玉県民のソウルフード「パンチ」とは何か?|パリッコの「つつまし酒」#83
人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動!
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。
や、山田うどんだ!
先日、とある媒体の「ただひたすらに歩いてみる」というような趣旨の企画で、地元の石神井公園から北に向かって5時間、たまに休憩を入れつつではありますが、それはもうただひたすらに歩いてみたんです。そしたらなんと、埼玉県は浦和のあたりまでたどりつきましてね。へー、練馬区から浦和って歩いていけるもんなんだ、と自分でも驚きました。
で、その道中の4時間半くらいのあたりかな。そりゃあもう足は棒だし、頭もぼーってな状態の頃合。無心で国道沿いを歩いていると、突然見つけたんです。「山田うどん」を。正確には近年屋号が変更されたらしく、「ファミリー食堂 山田うどん食堂」を。山田うどんといえば、噂に聞く埼玉県民のソウルフード。ちょうどひと休みしたかったこともあって、そりゃあもうテンションが上がりましてね、たまらず飛びこんだわけです。
や、山田うどんだ!
少し前に昼ご飯は食べていたので、そこまでお腹が空いてるわけじゃない。大変申し訳ないことに、うどんを食べるほどではない。けれども、ちょっと塩っ気のあるものと、もし可能ならばお酒を一杯、私に分けてはいただけないでしょうか……。そんな気持ちで勝手のわからぬ店に入り、メニューを眺める。すると嬉しいことに、お酒やらつまみのメニューがけっこう豊富にあるんですよね! 例えば定番の「かき揚げ」単品なんかはもちろん、「フライドポテト」とか「餃子」とか「野菜炒め」とか「納豆」単品なんてのもある。お酒も、ビールや日本酒があるのはもちろん、「缶チューハイ」「缶ハイボール」「缶緑茶ハイ」なんてのが揃ってる。これ、絶対お酒好きでしょ? なかの人。
とりわけ目を引くのが「パンチ」というメニュー。「パンチ」と「赤パンチ」があって、写真だとどう見ても「もつ煮込み」。しかもハーフサイズの「ミニパンチ」なんてのもあって、今の気分にちょうど良さそう。よし、缶チューハイとミニパンチで栄養補給だ! と、いただいたそのセットの、疲れた体に染みること染みること……。
ミニパンチと缶チューハイ
臭みなくとろとろに煮込まれた豚モツ。その旨味がたっぷりと溶けだした、醤油ベースの濃厚な汁。珍しいのは具にメンマが入っている点で、これが細切りのコンニャクとともに、絶妙な食感を生みだしています。シチュエーションやタイミングがばっちりすぎたこともあり、ちょっと衝撃的な美味しさだったんですよね。このパンチが。
山田うどんの居酒屋版、それが「ダウドン」
ただ、それからしばらくの間、ずっと「ある思い」が僕のなかから消えなかった。それは「山田うどんでうどんを食べなかったのはどうなんだろう?」というもの。この気持ち、早めに消化しないといつまでも寝覚めが悪そうです。そこで自宅から行けそうな店舗を調べてみたのですが、見事にちょっと距離のありそうな埼玉県方面に集中している。
ところがよくよく調べていくと、嬉しいお店を見つけました。なんと、我が最寄駅から西武池袋線を5つ下った「清瀬」の駅前に、「県民酒場ダウドン」という居酒屋があり、ここは山田うどんがプロデュースする唯一の居酒屋らしい。パンチもあれば、うどんも食べられるらしい。店名の「県民酒場」はもちろん、山田うどんが埼玉県民のソウルフードであることに由来しているらしい。ちなみに清瀬駅があるのは東京都なんですが、そこはあまり深く考えないほうがいいらしい。とにかく、こんなに嬉しいことははいじゃないですか。さっそく行ってみることにしました。ダウドンに。ちなみに「ダウドン」とは、山田うどんの「田うどん」の部分だと推測されます。
到着! このマークはなんだろう? あ! サイ&タマ……
ついにうどんとご対面
お店は思いのほかスタイリッシュな居酒屋で、メニューもかなり豊富です。レモンサワーひとつとっても「山田さんのサワー」「吉田さんのサワー」「辰田さんのサワー」「新井さんのサワー」と、それぞれ誰なんだって感じですが、とにかく興味を惹かれます。各330円とリーズナブルで、かつちょうど僕がおじゃました時間帯である午後4時から7時までは、ハッピーアワーでなんと半額! 安い! と、自家製漬け込みレモンを使ったという「山田さんのサワー」で始めることに。
それから、うどんの前にまずはパンチで軽くやりたい。今日はオーソドックスなほうではなく、前回気になった「赤パンチ」を選んでみました。
「赤パンチ」は赤い
赤パンチ、通常の煮込みであるパンチに、麻辣醤と数種類の唐辛子をブレンドして加えたというピリ辛煮込みで、「パンチのあるパンチ」って感じで大変お酒が進みます。ほんのりと苦味のあるレモンサワーとばっちり合いますね。「山田パンチ」と名づけ、今後とも友達として末長く親しんでいきたい組み合わせだ。
それらを堪能し、次に頼んだのが「かき揚げ」の単品とバイスサワーのセット。一般的な山田うどんのアルコールメニューはごくシンプルな感じだったので、こういう酒場っぽいお酒を定番の天ぷらをつまみに飲めるのはなんとも楽しいです。
かき揚げと、ダウドン特製の「ダシ酢」
これぞ大衆うどん店のかき揚げ! っていうバキバキの巨大かき揚げを噛み砕きながら飲む甘酸っぱいバイスサワー。うん、最高。
それから、メニューのすみに「無料の柚子胡椒を頼み、そこに卓上の「ダシ酢」を注いで溶くと、何にでも合う万能調味料になる」と書いてあったので、「試してみっか」と注文してみました。ダシ酢は、濃縮したうどんつゆと穀物酢を1:1で混ぜたダウドン特製の調味料だそうです。これがまた、しっかりとカツオ出汁の効いたポン酢といったニュアンスでおもしろい。山田うどんでは定番メニューであるらしい餃子なんかにもつけてみたい感じですね。
さて、すでにけっこうお腹いっぱいではありますが、そうそう、うどんを食べないことには今日の目的が果たせないんだった。「かけうどん」をお願いしましょう。
すると、何やらオーラ漂ううどんが到着
いや僕ね、赤ちゃんやおじいちゃんおばあちゃんでも難なく食べられそうな、もっとぐだぐだの、やわやわの、「うどんへのこだわり? ないない(笑)」というようなうどんを想像してたんですよ。失礼ながら、山田うどんってきっとそういうもんだろうと。そこがいいんだろうと。ところが実際に目の前にすると、どうもただならぬオーラをかもしだしている。「一切の妥協を許さず仕上げました(真顔)」という雰囲気。だって、麺に全粒粉みたいな、細かくて茶色いつぶみたいなものすら練り込んであるんですよ。
いざ、とすすりこんでみて驚きましたね。まず、麺がもっちもち。誤解をおそれずに言えばもう、本当におもちみたいにもちもち。それでいて適度な弾力、コシがある。鮮烈な出汁の香りのなかにふわりと柚子の香るつゆも最高にうまい。はっきり言って、京都の料亭でシメに出てきてもおかしくないくらいの隙のなさです。京都の料亭に行ったことがないので、シメにうどんが出てくるかどうかは知りませんが。
バイスのナカをおかわりし、途中からは1/3ほど残してあったかき揚げも投入し、夢中で堪能しましたよ。山田うどん、こんなうまかったんだ!
ただ、これはあとから知ったことなんですが、ここ、ダウドンのうどんは一般の山田うどんの麺とはちょっと違う、コシを意識した特別なものなんだそうです。なるほど、どうりでなんだかすごい麺だと思った。となると、普通のほうの麺を食べに、また山田うどんに飲みにいかなきゃいけないわけだ。あ〜もう、忙しいったらないなぁ。
ところで今回の記事のタイトルにもある「パンチとは何か?」について。パンチとは一般的にいう「もつ煮込み」のことで間違いないんですが、じゃあ山田うどんでは、なんで煮込みのことをなぜパンチと呼んでいるのか? ……一体なんでなんですかね?
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
この9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco