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エピックとアップルの戦争―『メタバースは革命かバズワードか~もう一つの現実』by岡嶋裕史

1章① フォートナイトの衝撃

光文社新書編集部の三宅です。岡嶋裕史さんのメタバース連載の続きをお送りします。前回のプロローグでは「メタバースとは何か?」というテーマで、基礎知識的な内容を解説してもらいました。今回は、具体的な事例を用いて、メタバースの深い森の中に分け入っていきましょう。

プロローグの記事はこちら。

Epic Games対Apple訴訟はなぜ起きたのか?

 2020年夏、業界に衝撃が走った。エピックとアップルが戦争を始めたからである。それは間違いなく戦争だった。

 なぜそんなことが起こったのか。前提知識が必要なので、少しだけ解説しておこうと思う。

 まず、エピックはゲームメーカーである。代表作は「フォートナイト」だろう。ゲームエンジンであるUnreal Engineでも著名だ。ゲームエンジンは、ゲームの制作や実行にかかわる共通プラットフォームである。

フォートナイト

 たとえば、古典的なプログラミング環境では、「ボールが落ちる」ソフトウェアを開発したければ、そのボールの動きを自分で記述しなければならなかった。自由落下の式を理解し、それをプログラミング言語でどう書くか頭を悩ませるわけである。

 ところが、ゲームエンジンを使うと様子が変わる。最初に空間を作り、その空間の中にボールを配置する。そして、空間内では重力が有効であること、もちろんボールもその例外ではないことを設定する。言葉にすると長ったらしいが、実際にはチェックボックスをオンにするだけだ。ゲームエンジンを使うことで、プログラミングは非常に楽になった。劇的な生産性の向上が見られた。

 いま、普及しているゲームエンジンといえばUnreal EngineとUnityで、これらが世界を二分していると考えていい。プログラミングやゲーム開発に興味がなければ、「ふーん」という話なのだが、たとえば日本の国民的なゲームである『FINAL FANTASY VII REMAKE』もUnreal Engineを使って作られている。『ドラゴンクエストXI』もそうだ。ゲーム業界における影響力は、とても強いのである。

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 そのエピックのドル箱タイトル「フォートナイト」が、App Storeから削除された。理由はガイドライン違反と説明されている。

 それ自体はどうということはない。この業界であれば日常茶飯事である。プログラムのバグや差別表現などが意識的にしろ、無意識的にしろ、ソフトウェア製品に入り込むことはよくある。バグの根絶は21世紀中には無理だろう。取り下げて、修正して、またストアに再登録すればいいだけの話である。

 しかし、フォートナイトの削除は、そのようなシナリオではなかった。つまり、「巨大IT企業であるアップルが作った法にうまく沿っていなかった弱小メーカーが、お小言を喰らって姿勢を正す」といったそこらで起こっている話ではなく、対等な者同士の殴り合いの構図になっているのである。少なくとも、エピックの側はそう考えているだろう。

 どういうことか。

 エピックは、金融を握ろうとしたのである。

 自分が日常生活において、日本銀行にかわって新しいお金を発行するさまを想像してみて欲しい。それは、控えめに言っても、権力に対する挑戦である。

 いや、私がそれをやったら挑戦どころかただのコメディでしかないが、エピックの場合は地力があるので挑戦たり得るのである。

 どんな挑戦をしたのか?

 アップルはインターネット上に帝国を築いている。彼らは立法者であり、アーキテクトであり、行政も司法も司る。その中には、当然お金の流れも含まれている。

 アップルが運営するApp Storeのみかじめ料は30%である。私がアプリケーションを作ってApp Storeで売り、1000万円の売上が立つと、300万円がアップルの取り分で、私の口座に振り込まれるのは700万円だ。

 これはあらゆるトランザクションに適用される。アプリでゲームを楽しんでいて、そこでアイテムを(ゲーム内通貨ではなく、ドルや円で)買ったり、いわゆる「ガチャ」を行うと、そこからも30%をアップルが徴収していく。後述するスーパーチャットでもそうだ。人気のあるソシャゲだと年間で数百億の売上があるが、仮に1000億円を売ったとして、アップルに300億円を納めることになる。それが嫌なら、アプリとは別のところで課金しなければならない。

 Amazonの電子書籍リーダであるKindleが、アプリから本が買えたら売上部数が伸びるのは確実と思われるのに、書籍を購入するためには一度アプリを離れてAmazonのWebサイトに行かねばならないのはそのせいである。

 これはほとんど所与の条件のようなものだ。私が生活していて、「都民税が高いなあ」と思うことはあっても、それを変えられるとは思っていない。そんな力は自分にはない。せいぜい文句をいいながら、支払期限ぎりぎりまでお金との別れを惜しむのが関の山である。

 ところがエピックはこれに反旗を翻した。App Storeに並べて売るのだが、「課金するときに、うちのシステムを通せば割引にするよ」とやったのである。もちろん、App Store経由でお金を払うな、とは言っていない。お好きにどうぞ、である。しかし、よほどの物好きでなければ、安い方を選ぶだろう。得られるサービスはいっしょなのだから。

 自社の独自決済システム(Epicディレクトペイメントという)であれば、アップルに上納金を支払わなくてよいわけであるから、割引の原資は潤沢にある。

 アップルは怒った。

 シマを荒らされたのだから、当然の反応である。これを見過ごせば、ビジネスモデル自体が成り立たなくなってしまう。フォートナイトはApp Storeから登録抹消され、エピックは10億台といわれるiPhoneへの販売ルートを失った。

 潜在顧客を10億失うって、どんな気持ちだろう。私が経営者の立場でその状況に直面したら、速やかに枝振りの良い木を探し始める。

 エピックは縄をなったり、やけ酒に溺れたりはしなかった。間髪入れずに、アップルを独占禁止法違反のかどで訴えた。全面対決の構えである。

 この問題の評価は難しいところである。アップルが手数料を取ることそのものは、悪いことではない。アップルやグーグルのネット上におけるビジネスがフリーライドと批判されたのは、今や昔のことだ。

 他人の築いたインターネットアーキテクチャにあぐらをかいて、濡れ手に粟のぼろ儲けをしていると言われたわけだが、少なくとも現時点では、その批判はフェアなものではないだろう。

 アップルやグーグルは自社システムだけでなく、インターネットそのものにも莫大な投資をし、規約を定め、技術を開発し、ビジネス環境を整えた。インターネットに通信を投げて迅速なレスポンスが得られること、その通信が特に苦労もなく暗号化されていること、安全な決済手段が整備されていることのすべてに彼らは貢献している。

 私がアプリを開発して、個人ページで売ったとして、それが人の目にとまる確率は、21世紀のうちに不老不死の技術が開発されるよりも低かった。それが今、曲がりなりにも「ひょっとして……?」といった夢が見られるのは、彼らのアプリストアがあるおかげだ。

 貢献したものに、相応の見返りがあるのは当たり前である。だから私もそうだし、エピックですら、「手数料を取ってはいけない」と主張してはいない。エピックは30%が高すぎると言ったのだ。アップルは独占的な地位を利用して、高額な使用料を徴収していると。

 これまでにもそう感じた企業は多かったろうが、App Storeという広大な市場を失うわけにはいかなかったので、不満があっても使い続けてきた。その状況にNoをつきつけたのだ。

 あろうことか、エピックはグーグルにも同じことをやった。グーグルの決済システムを迂回して、エピックのしくみでお金を徴収する機能を盛り込んだので、グーグルのアプリストアであるグーグルプレイから削除されたのだ(ただし、グーグルは公式ストア以外でのアプリ配布、いわゆるサイドローディングを認めているので、完全にアプリ配布の道が絶たれるアップルとは事情が異なる)。

 インターネットの二大帝国を両方同時に敵に回す。

 悪夢のような二正面作戦である。ドイツが英仏と戦いつつ、ロシアに対しても戦端を開くようなものだ。自分たちのシステムであれば、課金時のみかじめ料が12%で済むことをアピールして自陣営の味方を増やそうとしているが、単にそこだけを切り取れば無謀な戦闘に見える。

 少なくとも2020年夏の常識では考えられなかったことを、エピックは実行したのだ。彼らの自信はどこから来るのか。(続く)

前回の記事(プロローグ)です。



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