モリムラさん

20年かけて完成! 美術家・森村泰昌さんの集大成にして超大作の1冊!

美術家の森村泰昌さんは、名画や映画の登場人物、あるいは歴史上の人物自らが扮するセルフポートレイト作品で知られています。

1985年に発表された《肖像・ゴッホ》は森村さんの実質的なデビュー作品ですが、以降、さまざまなセルフポートレイト作品をつくり続けてきました。

図9・21

森村泰昌《肖像・ゴッホ》1985年

ウォーホル

森村泰昌《なにものかへのレクイエム(黒いウォーホル)》2010年

そんな森村さんは、このたび、美術家としての活動の集大成とも呼べる『自画像のゆくえ』を光文社新書から刊行いたしました。

この本、じつは完成までに長~い長~い長~い長~い時間がかかっているんです。

どれくらい長~いかと申しますと、約20年

しかも、ページ数も長~くて、600ページ(正確には632ページ)。

モリムラさん2

それまで、美術作品はもちろんのこと、『美術の解剖学講義』(ちくま学芸文庫)、『踏みはずす美術史』(講談社現代新書)、『「まあ、ええがな」のこころ』(淡交社)といった森村さんの著作をとても面白く読んでいた私は、森村さんに何か書いていただけないかと思っていました。

当時のエピソードが本書で綴られています。

「自画像論」を書きませんかと、光文社の小松現さんからお声がけいただいたのは、たしか1999年2000年のことだったかと思う。セルフポートレイト写真(自画像的写真)の作家として、自画像についてなにかを書く。これはぜひやってみたかった。即決で「やらせていただきます」と返事をした。しかし、いざとりかかると、これがなかなかはかどらない。自分が手がけている自画像というテーマについて、まだ手さぐりの状態だった。あきらかに準備不足だった。

余談ですが、「やらせていただきます」というご返事は、FAX(!)でいただきました(当時、メールでのやりとりは主流ではなかったんです)。

ここからが長い道のりでした。

1年が経ち、2年が経ち、3年が経ち、4年が経ち、5年が経ち……。

何の進展もありませんでした。

6年が経ち、7年が経ち、8年が経ち、9年が経ち、10年が経ち……。

何の進展もありませんでした。

11年が経ち、12年が経ち、13年が経ち、14年が経ち、15年が経ち…。

何の進展もありませんでした。

画像4

森村泰昌《MのセルフポートレイトNo.56/B(あるいはマリリン・モンローとしての私)》1995年


もちろん、この間、何もしていかなかったわけではありません。

森村さんの個展が開催されると足を運び、新作を鑑賞し、オープニングの席などで「その後いかがですか」など、さりげなく(?)催促していました。

事態が動いたのは、2016年に大阪国立国際美術館で開催された森村さんの大規模個展『森村泰昌:自画像の美術史「私」と「わたし」が出会うとき』でした。

このとき森村さんから連絡をいただき、「会期中に全10回の連続講演『美術寺子屋』を開きます。テーマはもちろん自画像です。これをベースに自画像論を書きます」とおっしゃってくださいました。

ところが……

それからまた数年間、何の進展もありませんでした。

そしてようやく、2019年の春くらいに具体的に物事が動き出し、このたび刊行にいたった次第です。

本の「あとがき」などで、「執筆にずいぶんと長い時間がかかってしまいました。初めて依頼を受けてから10年も経っていました」という文言をたま~に見かけますが、「20年」というのはあまり見かけたことはありません。

ただ、いまとなっては、この20年という歳月は必要な時間だったと、あらためて思います。
それは、本書で詳しく論じられている重要な画家たち――カラヴァッジョベラスケスフェルメールフリーダ・カーロ、松本俊介―――等々をテーマにした森村さんの重要な作品は、この20年の間に生み出されていったからです。

図9・23

森村泰昌《自画像の美術史(わたしの、立てる像)》2016~2019年


また、個人的に私がとくにグッときた箇所は、ゴッホの章の中にある次の文章でした。

「わたし」が負ったこころの傷

ゴッホの青春時代をふりかえると、おこがましいようだが20代のころの自分自身を思い出す。
大学卒業後、某企業に就職したものの、三日で出社しなくなり、そのまま退職した。非常勤講師として全日制や定時制の高校で美術工芸を教えながら、教員採用試験をうけたが二度失敗し、教師になることを断念。絵を描くことと読書が日課になったが、絵はなかなか思うようには描けなかった。読書をしても、すこし内容の難度があがると、よく理解できなくなった。定職につくでもなく、非常勤講師をつづけながら日々悩んでいた
なにもせずぶらついているとしか見えない私に、近隣の年配女性から、「あんた、いまどんなことやってはるのん?」と、職業をたずねられることがしばしばあった。問われた私は返答にこまり、「まあ、絵のようなことをやっております」と自信なく答えると、こんな返事がかえってくる。「それはすてきやねえ、いい〝趣味〟をお持ちで
絵を描くことも、自活の糧になっていなければ、世の中ではそれは〝趣味〟と呼ぶのか。相手に悪気があろうはずもないが、いわれた私は、こころに手痛い傷を負った
大阪でくらしていた私には、刺激的なできごとのすべては東京でしかおこらないと感じられ、東京に強いあこがれと、そしてどこか忌避的な感情も持つようになっていった。
自分自身のあのころのささやかな体験を思い出しつつ、読書と信仰と絵画表現の間でさまよいながら、やがて画家になることを決意して、パリにのりこもうとするゴッホの姿を見ていると、なにか他人事とは思えなくなってくる。
かつて、さきが見えず思い悩む青春時代をおくったことのあるひとなら、私にかぎらず、だれもが若いゴッホの苦悩には素直に共感できるのではないだろうか。

ゴッホに扮したセルフポートレイト作品でデビューした森村さんの当時の心情を垣間見ることのできる文章です。


ところで、本書の刊行が具体的になってきた頃から、私の中に不思議な感覚が芽生えました。

それは……本書の場合、「本が出ないこと」がデフォルトでしたので、実際に本が出てしまう時期を迎えると、一抹のさみしさと申しましょうか、本が刊行されてしまうのが惜しいような、そんな不思議な感覚を味わったのです。

いっそのこと、このままずっと出なければいいのに……なんて思ってしまったこともあります。

画像6

ベラスケス《ラス・メニーナス》1656年(あるいは1657年)(「第3章 ベラスケス――画家はなぜ絵のなかに登場したの」かより)

画像7

フリーダ・カーロ《ハチ鳥とイバラのネックレスをつけた自画像》1940年(「第7章 フリーダ・カーロ――つながった眉毛のほんとうの意味」より)


冗談はさておき、本書は600ページ超と、異例の厚さになっています。

どこから読み始めたらいいのか――。そんな声も聞こえてきそうですが、森村さんは「あとがき」で次のように語っています。

本書は通常の新書版にくらべ、やや分厚いページ数になっている。もし分厚い本が苦手な読者がおられたら、好きな章からお読みいただいてもだいじょうぶである。各章が、短い物語になっている。各章で主人公もことなっている。しかし全体をとおして読むと、それがおよそ600年間にわたる歴史小説のようなものとしても読めるかと思う。短編が好きか、長編が好きかで、読みかたをかえていただいてもかまわない。楽しんで読み、それを読者自身の問題にひきつけて、自問自答する手がかりとしていただければ幸いである。

日本では、毎年、多くの展覧会が開催されています。

ゴッホ展があったらゴッホの章を、フェルメール展があったらフェルメールの章を、カラヴァッジョ展があったらカラヴァッジョの章を、フリーダ・カーロ展があったらフリーダ・カーロの章を……とった読み方も可能です。

また、これまで日本では数多くの「自画像本」が刊行されてきました。

たとえば、本書の中でも触れられている、『画家と自画像――描かれた西洋の精神』(田中英道、講談社学術文庫)、『自画像の美術史』(三浦篤、東京大学出版会)、『自画像は語る』(粟津則雄、新潮社)、『偽装された自画像――画家はこうして嘘をつく』(冨田章、祥伝社)、等々、挙げればキリがありません。


それらと本書が一線を画すのは、「セルフポートレイト作品をつくり続けてきた美術家による自画像論」という点、そして「『』という時代を視野に入れた21世紀型の自画像論」であるという点です。

本書には、研究者の視点にはない、実践者ならではの大胆な仮説、そして自由な想像力がふんだんに盛り込まれているのと同時に、「最後の自画像」という章に象徴されているように、セルフィー全盛の時代における「自画像の終焉」にまで踏み込んで論じられています。

20年の想いが詰まった心温まる一冊を楽しんでいただければ幸いです。



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