【64位】ボブ・ディランの1曲―時を旅しても、いつもかならずブルーにからめとられ
「タングルド・アップ・イン・ブルー」ボブ・ディラン(1975年1月/Columbia/米)
Genre: Folk Rock
Tangled Up in Blue - Bob Dylan (Jan. 75) Columbia, US
(Bob Dylan) Produced by Bob Dylan
(RS 68 / NME 277) 433 + 224 = 657
ジミヘンが出るとディランも出る。こっちは70年代、アルバム『ブラッド・オン・ザ・トラックス』(邦題「血の轍」75年、『教養としてのロック名盤ベスト100』では11位)のオープニング・ナンバーとなった人気曲。しかしかなり「狙った」1曲だ。
軽やかなフォーク・ロック・サウンドは、一聴かなり「とっつきやすい」歌に思える。うまくいかない結婚生活を、語呂よくストレートに描写したかのような、ディランの自伝的ナンバーのようにも、聞こえる。だが……それにしてはいろいろと「変」なのだ。
まず「時制」がコロコロ変化する。冒頭「いなくなった彼女」のことを主人公が思い出す(現在?)、次に「結婚式直前の思い出」に飛び(大過去?)、そして路傍で雨に靴を濡らしながら東海岸を目指す(近過去? or 未来?)――と「つなぎ」は一切なく、場面がポンポンふっ飛んでいく。ヴァースごとの「ふっ飛び」はもっとひどい……と、聴けば聴くほどに、受け手側が迷路に入り込んでいくように「事前に仕込まれている」のだ。
この手法について「プルーストのようだ」との評がある。ディラン本人は、キュビズムを学んだ成果だと述べている。20世紀初頭、ピカソとジョルジュ・ブラックが推進したこの芸術運動・思想の特徴のひとつは、1枚の絵画に「複数視点」を持ち込むこと。ディランはこれを、「語り手」のいろんな時代(現代、過去、未来)ととらえ、あたかもバロウズのカットアップのようにして、1曲のなかにランダムに入れ込んだ。モダン・アートと同質の抽象性にて、具象の奥にひそむ「人の真実」を浮上させようと試みたわけだ。
というナンバーが、頭でっかちの実験曲ではなく、多くの聴き手に愛された理由は簡単だ。ここの「真実」とは「情」だったから。曲中で幾度も「落ち」として繰り返されるタイトル・フレーズが、それだ。「ブルーにこんがらがって」とされている邦題も悪くはないが、しかし僕なら「憂鬱にからめとられて」とする。意識上のタイム・トラヴェラーである主人公が、いつもかならず(コーラス部の最後には)Tangled Upされる。本来的には「知ったこっちゃない」かもしれないものに、からめとられてしまうわけだ。憂鬱ってやつに……という人生のほろ苦さを、見事なる筆さばきで語り上げたのが、この曲だ。
シングル・カットされた当曲はビルボードHOT100では31位を記録(これはディランにしては悪くない数字だ)。アルバムのほうは全米1位、全英で4位のヒットとなった。ここからディランは低迷期を脱し、大復活を果たすことになる。
(次回は63位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)
※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki