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若者の投票率が1%下がると……参院選後に考える若者の政治意識と日本の未来

若者の投票率が低い、若者は政治に無関心だ――。選挙の度に上がる声だ。7月10日に行われた参議院選挙。12日に発表された18歳・19歳の投票率は34.49%で、全体投票率52.05%を大きく下回る。ここ数年の投票率を世代別にみても、20代前半は3割前後、60〜70代は7割前後と大きな開きがある。人口と掛け合わせて投票数をみると、70代は20代の2.5倍以上に上る。多くの票を得るために各政党の政策が高齢者寄りになる「シルバー民主主義」への傾きが懸念される。問題は、若者の意識の低さにあるのか。これに対して「否」と立ち上がった2人の若者の活動を通して、若者と政治をつなぐツボを探ってみた。

(トップ画像:6月20日に行われた「選挙アップデートfor  U30」イベント会場 
写真提供/ハフポスト日本版)

若者の投票率が1%下がるとどうなるか

「はい、ここからは『3分でわかる民主主義』です!」

7月5日、体育館に集まった群馬県立高崎女子高校3年生約280人を前に、時事YouTuberで主権者教育を行う笑下村塾代表・たかまつななさん(29)が、元気な声で特別講義を始めた。題して、「笑える!政治教育ショーin群馬」。お笑い芸人たんぽぽの二人と軽妙な掛け合いで、笑いあり、拍手ありで進んでいく。

「笑える!政治教育ショーin群馬」の授業の様子

「みなさん、家族でプリンがひとつしかないとしたら誰が食べるか、どうやって決めますか?  殴り合いといった力で決めるか、最後のひとつはお父さんが食べるというルールにするか、多数決で決めるかーー決める方法は、
 ① 力
 ② 掟
 ③ 数

この3つ。民主主義とは多数決で決める、家庭も社会も同じです。しかし、多数決の前に少数派の意見もしっかり聞いて話し合いをすることも大事なのです……」

壇上に引き付けられた高校生の顔に、なるほど、という表情が広がった。

「若者は選挙に行かないと損をする」と話は続く。

「若者の投票率が1%下がると、若者が負担する社会保障料が上がるなど年7万円以上も負担が増すという試算もあります」
「みなさんが投票をしないと、若者が社会に与える影響力は、高齢者とどんどん差が開いてしまいます」

具体的な数値を突き付けられた生徒たちの顔は、真剣みを増していく。

続いて、高校生がブラック校則を変えるために裁判を起こした例、ある商品の値上げに反対して署名を集めたケースなどが紹介される。これを受けて一人ひとりが「私が社会を変えるためにできること」をシートに記入する。発表タイムでは「17歳にも選挙権を」「プリクラの値上げ反対!」「子供の7人に一人が相対的貧困の状態にある、これを変えていきたい」「少子高齢化の課題に対応するために、育休制度を変えたい」といった決意表明の声が次々に上がった。

最後に、会場の高校3年生に、授業のはじめと同じ質問がされる。「選挙に行こうと思っている人、手を挙げて」。授業前の7割ほどから、ほぼ10割へと膨らんだ。

授業を受けて「選挙に行こうと思う」人は約10割になった

講義を聞いた生徒たちは何を思ったのか。

「若者の投票率が1%下がっただけで、私たちに還元されるお金が大きく減ると知って衝撃を受けた。選挙にはもともと行くつもりだったけど、私ひとり投票しても社会は変わらないと思っていた。でも、今日の授業で一人ひとりの1票が重いと分かった」

(参院選直前に18歳を迎えた17歳)

「社会を変えるためにできることシートの中に、『出馬する』という選択肢があってハッとした。そうか、私が出馬する手もあったのか!  と。今年の12月に18歳になりますが、なるべく早く出馬したい。被選挙権の年齢引き下げに賛成します」

(17歳)

話を聞いた7人全員が、「若者の一票の重みが分かった」という。進学校に通う女子高生で、かつ生徒会活動にかかわる積極的な生徒たちだからこその反応という面はあるものの、授業が生徒を覚醒させる効果は大きいといえそうだ。群馬県ではこの「笑える!政治教育ショー」を、山本一太知事の音頭により2022年度に県内すべての高校で実施することを目指している。全国の自治体のなかでも、極めて珍しい取り組みだ。

会場を回る笑下村塾代表・たかまつななさん

お笑い芸人と全国の高校を回って
「主権者教育」をする意味とは

たかまつさんは、大学院時代からユーチューブなどSNSを中心に、若者と政治をつなぐ活動を続けてきた。NHKに入局して若者向け政治番組を提案するもなかなか実現せず、退職して活動に専念する道を選ぶ。約4カ月かけて英国やフランスなどで「主権者教育」を取材して、コントあり、ゲームありの笑いに満ちた授業内容を練り上げた。日本では、主権者教育のための適切な教材がほとんどなく、教員向けの研修も行われていない。危機感を覚えて、高校を中心に全国で出張授業を行っている。

欧州調査では、子どもたちに「社会を変える経験をさせること」の重要性を痛感した。授業では、例えば「学校のカフェテリアが閉鎖される、さてどうするか」について話し合う。地元の政治家に訴える、地元メディアに取り上げてもらう、といった課題解決策を議論する。またフランスでは、青少年議会などで子どもに権限、予算を与えて、子どもらの決定を社会に反映させる仕組みを作っている。その先に選挙がある。社会を変えるひとつの手段が、選挙投票を通しての政治参加なのだ。

欧州の主権者教育の根底には「子どもを信じる」文化があるという。子どもはただ守るべき存在なのではなく、自立した存在として尊重して権限を持たせる。もし失敗に終わったとしたら、どう修正するかも子どもたちに考えさせる。これが学びにつながる。たかまつさんは、こうした教育を日本に根付かせたいと奔走する。

若者と各政党の政治家が
互角に意見を交わす「対話」イベント

「収入が上がらない、社会保障の負担は増す。政治はU30の不安にどう応えるのか」

6月20日、参院選を前に開かれた「選挙アップデートfor  U30」で、若者からこうした声が上がった。オンラインメディア・ハフポスト日本版が、一般社団法人NO  YOUTH  NO  JAPAN代表の能條桃子さん(24)と組んでの企画だ。主要7政党の議員を迎えて若者の質問をぶつけるリアルイベントである。

NO  YOUTH  NO  JAPAN代表の能條桃子さん(写真提供/ハフポスト日本版)

畳みかけるようにデータが示された。20代後半の約半数が年収300万円未満にとどまる。一方で社会保険料は上がり続ける。若者の将来不安に、各政党はどう応えるのかと迫る。これに対して「賃金を上げる企業を増やす。いいものを高く売れる社会をつくる」(自民党・鈴木憲和衆院議員)「最低賃金を上げる。企業の内部留保に課税をする」(共産党・吉良佳子衆院議員)など、主要政党7党の議員が30秒以内で次々答えていく。

国民民主党の玉木雄一郎代表ら、主要政党7党の議員が参加した(写真提供/ハフポスト日本版)

これに対して、会場参加者から「いいね!」と「?」の札が上がる。自らの発言中、聴衆席がほぼ「?」マークで埋まった議員がたじたじとなる場面もあった。

会場は、東京千代田区の3331  Arts  Chiyodaのクリエイティブなコミュニティスペース。若者を政治に引き付けるには、こうした「楽しさが欠かせない」とイベント責任者の中村かさねさんは言う。

事前に集まった約700の質問コメントを会場に貼りだし、来場者がスマートフォンで「いいね!」を押した数が多いものから、質問を繰り出す。

イベント前に寄せられたコメントを掲示し、当日は共感したものに投票してもらった
(写真提供/ハフポスト日本版)

「選挙速報で、当選してバンザイをするのはおじいさんばかり。若者と政治との距離が遠い。若者の政治参加を促すためには、議員定年制を設けたり、選挙で必要な供託金を引き下げたりするなどの策が必要では」

「政策では、安全保障、経済政策が優先されがち。若者向けの議論が聞こえてこない。教育も後回し」

参加者は、政治家と互角に意見を戦わせた。企画・進行を手掛けた能條さんは、「議論を経て政治家を選ぶ文化をつくりたい」と言う。

未婚、子どもなしの若者を
「主語」にして政策が語られない

能條さんは、前出のたかまつななさんと同様、海外での経験から日本での若者の政治参加に疑問を募らせた。2019年にデンマークに7カ月留学、同級生が政治家となり、30〜40代が中心となる組閣がなされるさまに目を見開いた。

留学中に早速、若者と政治をつなぐ団体NO  YOUTH  NO  JAPANを立ち上げた。インスタグラムを中心に、軽やかで機動的かつデザイン性の高い発信を続ける。インスタのストーリーズは、24時間で消えるので気楽に発信できるという。政党のテーマごとの政策比較やリアルイベントの実施・配信などを行い、いまフォロワーは約10万人に達する。

若者の選挙投票率の低さは「若者の意識の低さが原因と、問題が矮小化されがちだが、それは違う」と能條さん。課題のひとつは、ネット上で投票ができず、住民票のある自治体でしか投票ができないアナログな仕組み。大学進学などで親元を離れた後も、実家に住民票を置いたままで投票がむずかしい学生は少なくない。スマートフォンでの不在者投票を可能にし、いずれは選挙制度自体をデジタル化することで「どこでも投票」が可能になると提言する。

2点目は、若者が参入しにくい政治環境。被選挙権を18歳以上へと引き下げると同時に、選挙や政治活動にお金のかかる仕組みを改めることで、若者の政治参加を促す環境を整えるべきだという。

3点目は、政党からU30が受益者となる提言を出すこと。例えば「未婚で子どものいない人」を主語にした政策が不足している。「いまの若者は」とひと括りにして、見えないものにラベルを張って理解しようとする風潮にも警鐘を鳴らす。どんな土地に、どんな家庭に生まれたかによって、持ち得る選択肢が違う。世代内格差が広がっているのだ。U30を主語にしつつも、世代内格差に目配りをした政策が必要だと訴える。

「2050年の社会」像について、若者と政治家が議論した(写真提供/ハフポスト日本版)

最後に、影響力をもつ20代のキーパーソンを通して見えてきた、若者と政治をつなぐおもなツボをまとめておきたい。

1)「楽しい」企画を通して、政治参画は楽しいという意識づけ

2)「若者を信じる」。若者がものごとを決める、社会を変える、失敗しながら学ぶ環境をつくる

3)若者が政治参加しやすい、デジタル投票やカネのかからない選挙など「仕組みづくり」

4)若者が受益者となる、「若者を主語」にした政策を各党が提案する

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著者プロフィール

野村浩子(のむら ひろこ)
ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より東京都公立大学法人監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。著書に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)、『女性に伝えたい 未来が変わる働き方』(KADOKAWA)、『定年が見えてきた女性たちへ』(WAVE出版)などがある。

野村さんの好評既刊『女性リーダーが生まれるとき』


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