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市場食堂のカレーライスと瓶ビール|パリッコの「つつまし酒」#78

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

突如訪れた「市場飲み」チャンス

「用賀」っていう、僕のこれまでの人生にほぼ縁もゆかりもなかった街を仕事で訪れました。
 とある編集部で2時間半くらいかな? 打ち合わせやら取材やらをみっちりとやって、終わったのは午後3時半。適度に疲れ、まだお昼を食べてないのでお腹も空いている。これ、見知らぬ街&酒場好きの僕としてはたまらなくテンションの上がるシチュエーションです。さ〜て、どんな店に入ってどんなものを食ってやろうか! ついでにどんなお酒を飲んでやろうか! ってね。
 ただ今日は、午後六時にはまた次の仕事の待ち合わせがある。あんまり時間的猶予はない。そこで、編集部を出るなりスマホの地図アプリを立ち上げ、駅周辺の地理を把握します。建物を出たらどっち方面に進めばなるべく再開発されていない昔ながらの商店が残ってるエリアがあるかな〜? と。するとですね、駅からちょっと歩くっぽいんですが、「世田谷市場」なる市場があるのを発見。これは気になりますよ。となるともしかして、一般人の僕でも入れる食堂なんかもあるんじゃないか? 検索すると、はたしてあるっぽい。よし、迷ってるひまはない。とりあえず向かってみよう! というわけで今日の目標は「市場飲み」の方針に決定しました。

ただし10分一本勝負

 スタスタと早足で、15分くらいは歩いたかな? 世田谷市場に到着。なかなか立派な市場ですね〜。

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「世田谷市場」

 ちなみに「東京都中央卸売市場」のサイトを見ると、世田谷市場は、「青果と花きを扱う市場として、青果部が昭和47年から、花き部は平成13年から業務を開始」したんだそう。うんうん、なかなか歴史のある市場なんですね〜……って、ちょっと待って、「花き」って何? 聞いたことないんだけど。と思ってこちらも調べてみると、花きとは、お花に限らず、葉物、枝物、観葉植物、盆栽、芝生、苔などなど、観賞用の植物全般を指す言葉なんだそうです。漢字で書くと「花卉」。いや〜、生きてると無限に出会いますよね、知らない言葉。

 えっと、なんの話だっけ? そうだ。僕は今、そんな世田谷市場の食堂に向かっていたんでした。建物沿いに進んでいくと、お、あったあった。「キッチンマルシェせたがや」。これがそうっぽいですね。

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広い市場の片隅にぽつんとありました

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メニューも非常にそそられる

 お店の前にメニューが貼られていますが、これがもう非常に、正しき食堂! って感じでいいんですよね。ラーメンが550円、カレーライスも550円、たぬきうどん/そばなら450円。で、お! ビールもあるぞ! 無事飲める。さ〜て、どれにしようかな〜、なんてメニューを見進めていって重大な問題が発覚。営業、午後四時までって書いてあるじゃん! 今三時五十分ですよ……。行けるのか? いや、普通に考えて無理ですよね。ラストオーダー終わってますよね。まぁしゃあない。ダメもとで行ってみっか、と、扉を開けてみます。
 広々とした店内に、お客さんは誰もいない。店員のお姉さんも奥でなにやら作業をしている。おそるおそる「すみませ〜ん……もう終わっちゃいました?」と声をかけてみます。すると満面の笑みで「大丈夫ですよ!」とのお返事。わーん!

 まずはお盆をとって、レーンに沿って進みつつ、注文&お会計をするという社食や学食的なシステムのようです。グランドメニューの他に、冷蔵ガラスケースには小鉢のおかずなんかがあれこれ並んでいて、だいぶ歯抜けにはなってるけど、どれもそそられる。

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もっと時間があったら楽しいんだろうな〜

 ふだんだったらここから2〜3皿とって、まずは瓶ビールを1本やっつけて、お腹に余裕があればミニカレーをとって、缶ビールのつまみにするか……なんて計画を立てるところなんですが、今日は10分一本勝負ですからね。そんな悠長なことをしてる余裕はない。ぱっと目についた「温玉納豆」180円也をお盆に乗せてレジへ向かい、これまでの人生でいちども裏切られたことのない大好物、「カレーライス」を注文。小瓶ビールも。もうちょいあれこれ悩む時間も楽しみたかったけどしかたない、今日はこれが最適解でしょう!

猛烈な勢いでカレーをかっこみつつ、飲む!

 注文と同時に出てきたカレーライスをお盆に乗せ、席を確保し、冷蔵ケースからビール持ってきて準備完了。途中で焦ったりもしたけど、なんとか無事、優雅な昼飲みタイムが開始できそうですね。

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う〜む、良い景色

 トクトクトクとグラスにビールを注ぎ、ぐいっとひと口。ふぅ〜、働いて、歩いて、焦ったあとのよく冷えたビール、問答無用にうまい。
 温玉納豆の玉子、かなり絶妙な火のとおし具合となってまして、特に黄身の部分なんてゆでと半熟のちょうど中間のペースト状。これにタレとカラシを加えて、えいやっと一気呵成にかき混ぜ、すすりこむ。晩酌時、納豆と生卵を混ぜただけのものをちびちびとつまみにすることがあるんですが、あのゆるゆるのやる気なさとはまったくの別物ですね、これは。ふわっふわのとろっとろで、味わい濃厚。めちゃくちゃ満足度の高い一品料理。
 さてカレーだ。かなりもったり度の高いソースに真っ赤な福神漬け。しかも福神漬けは取り放題! 僕のいちばん好きなタイプのカレーで嬉しくなっちゃうな。
 たっぷりのご飯とともにスプーンで豪快にすくってひと口。あ〜、そうそう、これこれ! 甘酸っぱくてほんのりスパイシーな、ザ・日本のカレー! うますぎる〜、なんてもぐもぐやっていて気がつきました。やば、閉店まであと5分じゃん!

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正しき日本のカレーライス

 というわけでスイッチを入れ、ガッツガッツとカレーをかっこんでいく。うん、でもちょうどよかったかもしれない。このカレーは、ガッツガッツとかっこんでこそのカレーだ。ビールぐびぐび。温玉納豆ズルズル。
 残念ながら時間を5分ほどオーバーしてしまいましたが、お姉さんは嫌な顔ひとつせず、その対応が心から嬉しい。ちょっと駆け足にはなってしまったものの、しっかりと市場飲みを満喫することができました。ふぅ〜、ごちそうさまでした!
 またゆっくりと来たいな〜、ここ。

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駅に向かう道すがらの「砧公園」売店にて、あらためてもう一杯
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
この9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco


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