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【4位】ザ・ビーチ・ボーイズの1曲―救われぬ「僕」は、いまはもう、きみ以外の地上のだれにも

「ゴッド・オンリー・ノウズ」ザ・ビーチ・ボーイズ(1966年7月/Capitol/米)

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※こちらはイタリア盤シングルのジャケットです

Genre: Baroque Rock, Avant-Pop
God Only Knows - The Beach Boys (July, 66) Capitol, US
(Brian Wilson • Tony Asher) Produced by Brian Wilson
(RS 25 / NME 14) 476 + 487 = 963

ここでいきなり、初ビーチ・ボーイズだ。〈ローリング・ストーン〉〈NME〉ともに高位で並び、頂上付近で初見参と相成った。実質的にはブライアン・ウィルソンのソロ作とも称される「奇跡の1枚」に収録された、まるで「聖櫃」みたいな1曲がこれだ。

といっても当曲は、発表当時すぐに全方位的な成功をおさめたわけではない。「わかりやすい英高米低」だった。このナンバーはまず、彼らの11枚目のスタジオ・アルバム『ペット・サウンズ』(『教養としてのロック名盤ベスト100』で4位)の収録曲として発表された。しかし同作はビルボードの10位止まり――普通なら立派な成績なのだが、大人気バンドだった彼らとしては、いまひとつだった――シングルでの当曲はもっと低調で、同HOT100の39位までしか上昇しなかった。アメリカの人々は、混乱していたのだ。

なぜならば、サーフィンもホット・ロッドも、ビーチ・パーティもビキニの女の子も、この歌のなかには存在しなかったからだ。代わりにあったのは「GOD」だった。

英語の「GOD」とは、基本的にキリスト教の唯一神、創造主を指す。そして当時猛威を振るい始めていたカウンターカルチャーとは、アメリカの基層にあるピューリタン文化から遠ざかり、禅やヨガや東洋哲学や神秘学、場合によっては悪魔崇拝まで動員しての「精神的・肉体的な解放と革命の成就」を目指すものであり、その階梯では、各種ドラッグ使用およびフリー・セックスは必須だった。そんな大波のなかに「ロックもあった」はずなのに……なんとブライアンは、歌のなかに古式ゆかしい「神様」を堂々と掲げてしまった、というわけなのだ。しかも、まるで19世紀のロマンス小説のごとき文脈のなかで。

当曲で繰り返されるフレーズは、これだ。「God only knows what I'd be without you(きみがいないと僕がどうなっちゃうか、神様だけが知っている)」――つまるところ主人公は「お願いだから、僕を捨てないでくれ」と、恋人に懇願しているわけだ。その過程において、人にとって「絶対的な他者」の最たる存在である神の名まで出す。「地上にいる者には、わかるわけがない」ほどひどい状態に自分はなってしまうから「助けて」と言うために。そこまでして、愛する人に「しがみつく」――この、まるで赤子が裸で泣き叫んでいるかのような肉声を、シンフォニーのごとく幾重にも織り上げたバロック・ポップの構造内にて「清らかに、上品に」開陳していくというのが、当曲の設計図だった。

つまり「夢いっぱい」のカウンターカルチャー勢とは一切比較にならないほどに、当曲の主人公およびブライアンは、大前提として「追い込まれていた」。無力感に打ちひしがれ、神の前でただ頭を垂れ嗚咽するだけの老人のように。この感覚は、たとえば映画『ブギーナイツ』(97年)の劇中、当曲が使用されたシーンなどにもよくあらわれていた。人が神の名を出すとき、ごく普通に「完全なる絶望」のなかにいることが多い。

こうした構造を、イギリス人が素早く嗅ぎ取った。アメリカの文化風土とはワンクッション置いた立場にあったがゆえだ。だから当曲も『ペット・サウンズ』も、早々に全英2位を記録した。ポール・マッカートニーが「これまでに書かれたなかで、最も偉大な曲」と当曲を絶賛し、具体的に大きな影響を受けたと語っている。『サージェント・ペパーズ』が『ペット・サウンズ』への対抗意識から生まれたのも有名な話だ。

もっともブライアンは、ビートルズの『ラバー・ソウル』(65年、『教養としてのロック名盤ベスト100』では9位)を意識して「こっちの世界」へと踏み込んだという。「ツアーに同行しなくなった」彼は、スタジオに籠った。広告マンのコピーライターであり、作詞家でもある新しい友人、トニー・アッシャーをソングライティング上のパートナーとして、まるでロックンロール登場以前の時代から連綿と続く、職業作詞作曲家チームのように、つまり「ティン・パン・アレイ」の職人調に、制作は進行した。アッシャーの古いポピュラー音楽への知識も、ブライアンの参考になった。とくに映画『呪いの家』(44年)の挿入曲「ステラ・バイ・スターライト(星影のステラ)」の名を、ブライアンは挙げている。ジャズ・スタンダードでもあるこの曲の、なかでもエラ・フィッツジェラルド歌唱のヴァージョン(61年)は、メロディ・ラインの雰囲気がかなり当曲と近い。

メンバーからはカール・ウィルソンとブルース・ジョンストンだけが録音に参加。カールがリード・ヴォーカルをとる初のナンバーとなった。フィル・スペクターにあこがれていたブライアンは、ザ・レッキング・クルーの面々とともに作業を進めた。名手ハル・ブレインがドラムと「そりの鈴」をプレイしている。

こちらもどうぞ。

(次回は3位の発表です。お楽しみに! 毎週金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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