セカンドキャリアの成功と失敗―男女15人のリアルな姿|奥田祥子
思い通りにはいかないけど、
自ら道を切り開いていくしかない
「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出来る」。高村光太郎の代表作『道程』の出だしを何度、反芻し、己に言い聞かせたことだろう。
社会人になったのが20代後半と遅く、地方紙の記者を経て全国紙に転職後もキャリア形成ではそれなりに苦労したこともあって、自身の定年後に対する意識は高かったほうだと思う。40歳で初の著書を刊行したのと同時に、大学院の博士課程で研究を再開した。それも当初から大学教員を目指していたわけではなく、中途入社の自分にも社内でもっと活躍のチャンスを与えてもらいたかった。そして、セカンドキャリアにつなげたかった。だがその志を果たすことなく、50歳で新聞社を介護離職する。早めに計画を立てて実行したつもりでも、キャリア人生、何が起きるかわからない。痛切に感じた。
思い通りにいかない。それでも試行錯誤しながら、自ら道を切り開いていくしかない。それがセカンドキャリアへの道程なのではないか。
「〈等身大〉の定年後を知ってもらいたい」――。長年の継続取材も踏まえ、そんな強い思いに衝き動かされたのが、本書を上梓することになったきっかけである。
定年後を生きる人たちの
「生」の姿が見えない
人生100年時代を迎え、日本企業の大半が定年とする60歳は黄昏時ではあるものの、もはや一通過点でしかない。それだけに、定年を機とする自身の働き方や生き方に関心を抱き、また定年前後で大きく変わる職場環境や賃金など処遇に戸惑い、思い悩む人は多い。
「定年後」が書籍、中でも新書のテーマとして耳目を集めて久しい。だが、幾多の「定年本」を読んでも、失礼ながらどこかしっくりとこない。キャリア形成や労働政策、経済、金融のプロなどそれぞれの専門領域から綿密な現状分析や鋭い課題の指摘などがなされていて、有益な情報ではあるのだが、一部で紹介されている事例からは、定年後を生きる人たちの「生」の姿が浮かび上がってこないのだ。
セカンドキャリアを切り開くために孤軍奮闘しているシニア(*1)世代の人々は、本書でも紹介するように、もっと泥臭くて情動的、そして弱り果てているように見えて、実は逞しい。
筆者はまさに定年世代。第5章でも紹介する「均等法第一世代」だ。定年後に関する取材・執筆は新聞社に在籍していた30代前半から二十数年間続けており、著作の一部でも発表してきたが、定年後をメインテーマとするのは本作が初めてである。
急速な少子高齢化の進行を背景に、労働力不足を補い、社会保障制度の持続可能性を高めるため、60歳を過ぎても働き続けることが可能な環境整備が進んでいる。働く側も経済的理由だけでなく、生きがいや健康維持などさまざまな理由で定年後の就業継続を望むケースが増えている。
総務省統計によると、2022年の65歳以上の就業者数は912万人。全就業者の約7人に1人(13・6%)を高齢者(*2)が占める。65歳以上の就業率は25・2%で、年齢別では65~69歳は50・8%、70~74歳は33・5%と上昇し続けている。
内閣府の「令和5年(23年)版高齢社会白書」(「高齢者の経済生活に関する調査」令和元年度より)では、現在収入のある仕事をしている60歳以上の人に「何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか」と尋ねたところ、「働けるうちはいつまでも」が約4割(36・7%)を占めて最も多く、次に「70歳くらいまで」(23・4%)、「75歳くらいまで」(19・3%)と続いた。「80歳くらいまで」(7 ・6%)を含め、収入のある仕事をしている60歳以上の実に9割近く(87・0%)が70歳くらいまで、またはそれ以降も働きたいと答え、高齢者の就業意欲の高さが明らかになっている。
そんな中、多くの日本企業で人員構成上のボリュームゾーンを占めるバブル世代が今、定年を迎えているのである。
約1000人の取材協力者の中から厳選
定年後の働き方については、経済的事情や本人の定年後就労に対する考え方、価値観など、目的も動機も人それぞれだ。誰もが満足できるモデルケースなど存在しない。
そうした現状を踏まえたうえで、本書では定年後の働き方が収入面や生きがい創出に及ぼす影響を含め、人生のセカンドステージをどのようにかたちづくるかを探るため、次の五つに分類した。
同じ会社で継続雇用される再雇用、転職、さらに雇用される側から事業者に転じるフリーランス(個人事業主)、NPO法人などでの社会貢献活動、そして管理職経験者のロールモデルに乏しい女性の定年後――である。長期間に及ぶ継続インタビューをもとに、あるがままの〈等身大〉の定年後を浮き彫りとし、現状と課題とを分析したうえで、労使双方に向けて解決のためのヒントを提案したい。
本書の特徴は、最長で二十数年にわたり、同じ取材対象者に継続的にインタビューを行ってきた点だ。現時点の年齢で60代前半を中心に、50代半ばから70代前半まで男女合わせて約1000人の取材協力者の中から、長時間に及ぶ「語り」と表情、身振りなどの非言語コミュニケーションの記録を分析して類型化し、典型的な事例を紹介している。定年時、またはそれに近い年齢まで勤務していた会社の規模は、大企業から中堅、中小企業まで偏らないよう配慮した。取材データはパソコンに打ち込んでテキストデータ化しているが、当時の手書きの取材ノートにも、印象的な言葉やキーワード、文字の大きさ、感嘆符、赤の下線による強調など、筆者が傾聴し、観察した記録が詰まっており、大いに役立てている。
取材開始時から定年後だけにフォーカスしていたわけではない。幅広く労働問題をテーマにインタビューを続ける過程から、定年前後の時期だけでなく、例えば30代、40代の課長、部次長時代にどのような価値観や姿勢で仕事・会社と向き合っていたのか、また将来の定年後のキャリア設計をどこまで描いていたのか、などを振り返ることで、セカンドキャリアの明暗を分けた考え方や行動も読み取っていただけるのではないかと思う。
長期間の継続インタビューにより、過去のある時点では押し殺していたつらさや苦しみなどのネガティブな感情を、取材を重ねるプロセスで徐々に明かし、また隠していた本音を打ち明けてくださるケースも少なくない。男性で顕著な傾向だ。ある一時点だけを切り取ったインタビューではわかり得ない問題の真相に迫り、人々の繊細で複雑な心の機微に触れることができたのではないかと考えている。
セカンドキャリアを築くヒント
全6章構成で、第1章「再雇用は『価値観の転換点』」は、定年を境とした急激な賃金など処遇の悪化に戸惑いながらも、再雇用期間を前向きに捉えて行動するためにカギを握るのは何か、などを考える。第2章「転職で『再チャレンジ』」では、年功序列型の賃金体系で同じ会社に勤めてきたケースの多い現在の定年世代が、転職を成功させるために必要な準備や意識について探る。
第3章「フリーに懸ける――雇われない働き方」で組織に雇用されない働き方としてフリーランスを取り上げ、新たな可能性とともに、事業者としての脆弱性や定年世代が陥りやすい盲点などについて指摘する。第4章「『人のため』をやりがいに――稼がない働き方」では、NPO法人職員やボランティアとして薄給、または無給の社会貢献活動を行うケースに着目し、働く動機づけの問題などについても分析する。第5章「『均等法第一世代』女性の光と影」では男女雇用機会均等法施行後、間もない時期に総合職で就職した大卒女性について、働きがいのある定年後労働を阻む均等法第一世代女性の特有の問題を検討する。終章で各章に共通する課題を整理し、働き手、雇用主双方の改善に向けた意識の転換や制度改革を提案する。
いずれの章も、うまくいったケースとそうでないケース両方の事例を紹介し、ポストシニア時代からの準備の有無や具体的な内容、定年後に対する考え方、さらには企業側の問題や対策についても考察している。男性に焦点を合わせ、第1章から第4章まで事例の8割を男性が占める。均等法第一世代の大卒女性が23年度から定年を迎え始めているが、この世代では出産、育児でいったん離職し、再就職した場合でも非正規雇用が多いため、管理職も経験して定年まで勤めるケースがかなり少ないためである。
本書に登場するのは、どこにでもいる市井の人々だ。あなたの上司・同僚であり、また夫・妻であり、そして読者の皆様自身であるかもしれない。本書が、周囲の人々が定年後に思い煩う人々に温かい眼差しを向けるとともに、当事者の方々自らが「幸せ」と感じることのできるセカンドキャリアの第一歩を踏み出していただく一助になれば幸いである。