【第42回】どうすれば賢いカラスを騙せるか?
カラスを誘導する実験
動物の体に占める脳の割合を比較する際に「脳化指数」が用いられる。ヒト=0.89、イルカ=0.64、チンパンジー=0.30、カラス=0.16、イヌ=0.14、ネコ=0.12、ウマ=0.10、ウシ=0.06、ブタ=0.05、ハト=0.04である。つまり、カラスの脳化指数はイヌやネコよりも高く、同じ鳥類のハトの4倍もある。
脳化指数が知能指数に比例することは必ずしも立証されていないが、それでもカラスの知能が高いことはよく知られている。クルミのように硬い殻の木の実を自動車に轢かせて食べたり、小枝を使って狭い隙間にいる虫を取り出して食べたりする。公園の水道の蛇口を捻って水を飲むこともある。蛇口が開いたままで困るので、カラスが開け難い蛇口に交換せざるをえなくなった。
さらに、カラスは見つけた食物を貯めておくという「貯食行動」をとる。木の根の間や電柱の拡声器の裏、建物の屋上の片隅などに隠しておき、しかもその場所をすべて記憶していて、賞味期限内に回って食べるというのである。
カラスは、線路の上に石を置くこともある。人間にとっては列車事故に繋がりかねない大問題だが、これも「貯食行動」の一環であるらしい。線路の下の敷石の隙間は他の動物から盗まれ難いので、カラスはそこに食物を隠す。その場所を忘れないようにするために、目印の石を置いていくのである。
田畑を狙う鳥や獣に対して、人間がいるように見せかけるために、昔から「案山子」と呼ばれる人形が用いられてきた。海外にも似た習慣があるが、英語圏の「案山子(scarecrow)」は「カラス(crow)」を「怖がらせる(scare)」を意味する。人間は、世界各地でカラスと戦ってきたわけである。
本書の著者・塚原直樹氏は、1979年生まれ。宇都宮大学農学部卒業後、東京農工大学大学院連合農学研究科修了。宇都宮大学特任研究員、総合研究大学院大学助教を経て、現在は宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター特任助教。著書に『本当に美味しいカラス料理の本』(SPP出版)がある。
さて、2017年9月、山形市役所の周囲の木立は、集団で行動するカラスの「ねぐら」と化していた。バス停「山形市役所前」付近の道路は、200羽のカラスの糞で真っ白になっていた。困り果てた市役所は、カラス研究者として知られる塚原氏に、どうにかカラスを移動させてほしいと依頼した。
塚原氏は、カラスが集団でコミュニケーション行動をとる習性を利用した。まず市役所テラスのスピーカーからカラスの天敵オオタカの声を流す。同時に、移動車からカラスが敵と戦う声を流し、地方裁判所前ではカラスがねぐらに帰る際の平和な声を流した。200羽のカラスは、一斉に飛び立って塚原氏の誘導する通りに移動した! 本書には、音声以外にも、カラス撃退ロボットやカラスドローンなど、カラスを騙す多彩な方法が紹介されている。
本書で最も驚かされたのは、カラスを食べるという発想である。カラスは生ゴミをあさり、動物の死肉をついばむので心配になるが、カラスの胸肉の重金属・残留農薬・残留抗生物質・細菌・寄生虫を分析した結果、とくに問題はなかったという。さらに、高タンパク・低脂肪・低コレストロールで鉄分とタウリンも豊富らしい。さて、読者はカラス肉を食べることができるか?
本書のハイライト
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著者プロフィール
高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。