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「良いニュース」はいかにして創れるのか?|石戸諭『ニュースの未来』「はじめに」を公開

編集部の田頭です。光文社新書8月刊で、ただいまあらゆるメディアで縦横無尽に活躍するノンフィクションライター、石戸諭さん初の新書書き下ろしの一冊をお届けします。本書は、2020年代の新しいメディア論でありつつ、新聞、インターネットと新旧メディアを経験し、「挫折感」を覚えたという石戸さん自身の体験的なニュース論でもあります。大文字の「ジャーナリズム」ではなく、あえて「良いニュースとは何か」という問いから本書を構想した石戸さんの執筆意図を読み取っていただければ幸いです。このnoteでは、「はじめに」と「目次」を公開します!

はじめに

 今、「ニュース」に携わる人たちは大いに自信を失っています。

 僕がかつて所属していた新聞社の記者は、新聞産業が衰退していく歴史のただ中に自分たちがいると思い、若手は自らのキャリアについて考え込んでいます。他方で、中堅やベテランはキャリアを積めば積むほど、旧来の価値観から抜け出すことができなくなり、硬直した姿勢でニュースを再生産しているように見えます。

 同じく僕がかつて所属していたインターネットメディアは、新聞や雑誌から人材を引き抜く動きが一段落し、オルタナティブというより、スケールダウンした「マスコミ」のようになっています。著名人頼みのお手軽な発言まとめやインタビュー記事、派手な見出しに釣り合わない中身……。そんなものばかりがニュースとして流れています。

 テレビは視聴者離れを憂い、綺羅星のようなライターを生み出してきたいくつもの雑誌が歴史的な使命を終えて、休刊という道を選びました。ニュースは金がかかる、という理由で潤沢な取材費を出せる媒体も減ってきていることは間違いありません。ニュースをめぐる環境は悪くなっていくばかり……と誰もが思っています。

 本当に希望はないのでしょうか。

 問題は常に混同されています。マスメディア企業あるいは産業の問題と、個人の問題は重なるところがあったとしても、本質的には別のものです。マスメディアが今の規模で残れるかどうかと、自分のキャリアをどう描くかは別の問題であるにもかかわらず、経営者ではない若手まで会社の経営問題ばかり語って悲観している。これでは、未来は切り開けません。

 マスメディアが衰退していったとしても、ニュースが求められなくなる時代などないと僕は考えています。それは市場規模の大小はともかく、ニュースの発信者は常に求められる存在だということです。いつの時代も、どんなテクノロジーがあっても、誰かがニュースの発信を担い、きちんと利益を上げる必要があるのです。

 今の時代、そして、これからの未来に僕が必要だと思っているのが、魅力的な「良いニュース」を創るためにどうしたらいいのかという方法の追求です。良いニュースを伝えるために何をしたらいいのか。より多くの人に届ける工夫とは何か。今のインターネットに足りないものは何か。新しいメディアにふさわしい、新しい表現方法とは何か。追求が必要な課題はたくさんあります。

 そこにはライターに不可欠な書き方や表現の工夫とともに、発展し続けるテクノロジーの力をどう使っていくのかという議論も含まれます。僕はこの本のなかで、こんなことを書いています。

 良いニュースは、クリエイティブです。
 良いニュースは、人をわくわくさせる力があります。
 良いニュースは、変革へのエネルギーを生み出します。

 ニュースが生み出される環境はかつてないほど多様になっています。担い手は従来のようにマスメディアだけではありません。企業も自らの手でウェブサイトなどを通じて「ニュース」を発信し、自社でオウンドメディアを運営し、社内で編集者を抱えるところまであります。そこでは目を見張る記事もあれば、せっかく発信しても読み手に響かない記事もたくさんあります。スマートフォンの登場でニュースに触れている時間も増えました。ニュースの世界はかつてないほど拡張し、「良いニュース」についての議論は必要なのに、まだ十分になされていないのが実情ではないでしょうか。

 この本の前半部分は、東京大学大学院情報学環教育部での講義がベースになっています。僕にはアカデミズムのキャリアはありません。必要なトレーニングも積んでいません。そんな自分が、ニュースの仕事に関心を持っている学生たちに何を伝えられるだろうか、ということを考えてきました。

 ヒントは僕が歩んできた道のなかにありました。2000年代半ばに新聞社に入り、隆盛するインターネットメディアに新しい可能性を感じ、しかし、理想に燃えるばかりでは現実に対応することができず、組織を離れていったこと。そして、今、ソロのライターとして仕事を続けていること……。

 テクノロジーの可能性と現実に直面するなかで、メディアが変わっても、ニュースの世界では変わらない「基本」がある。この気づきが「良いニュース」を考える基軸となったのです。

 この本では、多くの事例で自分が書いた記事を使いました。それは僕が「良いニュース」を生み出しているからだ、という自意識からではなく、ライターならば他人の仕事をどうこう語る前に、自分の仕事で語ったほうがいいだろうという考えに基づくものです。

 ニュースに関わる記者やライター、編集者、経営者、ディレクター、番組制作者、エンジニア、企業の担当者も含めて、きっと一人ひとりの仕事に未来を切り開くヒントが宿っているはずです。そのなかには、強烈な失敗もあれば、誇らしい仕事もあるでしょう。僕の事例が読んでもらった人たちの刺激となり、新たな気づきが見つかれば嬉しいです。

 僕自身も試行錯誤し、変化を繰り返しながら、ライターとして、「良いニュース」を創っていくための途上にいます。きっとこの本を手に取ってくれた多くの人々も、自分が目指す道の途上にいると思います。もしかしたら、ニュースに関わりたいと思っている人もいるかもしれません。未来は、そんなみなさんの手の中にあります。

 前口上はこの辺にして、ニュースの未来にとって何が大事なのか、どうしたらいいのかを具体的に明らかにしたいと思います。この本を読み終えたとき、こんな風に思ってもらえたら、これ以上の喜びはありません。

 ニュースの未来は魅力的で可能性に満ちている、と。


『ニュースの未来』目次

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著者プロフィール

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石戸諭/いしどさとる 1984年、東京都生まれ。ノンフィクションライター。立命館大学法学部卒業後、2006年に毎日新聞社に入社し、2016年にBuzzFeed Japan に移籍。2018 年に独立してフリーランスのライターに。2020年に「ニューズウィーク日本版」の特集「百田尚樹現象」で「第26回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」、2021年に「文藝春秋」掲載のレポートで「PEPジャーナリズム大賞」を受賞。週刊誌から文芸誌、インターネットまで多彩なメディアへの寄稿に加え、フジテレビ、朝日放送などへのテレビ出演と幅広く活躍中。著書に、『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)。

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