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【23位】プリンスの1曲―床を這う「欠落」のファンクが、白鳩舞う彼岸の空に

「ホエン・ダブズ・クライ」プリンス(1984年5月/Warner Bros./米)

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※こちらはイギリス盤12シングル・スペシャル版のジャケットです

Genre: Experimental Pop, Soul, Avant-Pop
When Doves Cry - Prince (May, 84) Warner Bros., US
(Prince) Produced by Prince
(RS 52 / NME 113) 449 + 388 = 837

プリンス、粘って4曲目のランクイン。スーパースターへのジャンピング・ボードとなった、重要曲だ。彼にとって初のビルボードHOT100首位ナンバー。それも5週連続の1位。しかもこんな「変わった曲」で!――という、記念碑的な1曲がこれだ。

当曲は、超大型のヒットとなった第6作アルバム『パープル・レイン』(『教養としてのロック名盤ベスト100』では45位、タイトル曲は当ランキングで同じく45位)のリード・シングルとしてリリースされた。そしてひとえに「ある特殊な要因」から成功した。「ベースがない」のだ。ファンク・ナンバーなのに! そんなことが、あっていいのか?――いや、いいんだよ。だって「かっこいいじゃないか?」というのが、勝因だった。

そもそもは、当曲にもベースはあった(ゆえにライヴでは、ベースが入る)。それを最後の最後になって、プリンスが「抜く」と決めた。ベースありだと「普通すぎるし、ないほうが面白い」から。それに「こんな思い切ったことできる根性(Guts)あるやつなんて、どこにもいないだろう」なんてうそぶいていた、と当曲の録音エンジニア、ペギー・マクレリーは証言している。ちなみにヴォーカルから(抜いたベースも含む)全楽器、ドラム・マシーンのプログラミングからMVの監督まで全部「プリンス本人」がやった。

そんな根性勝負かチキンレースか、という彼の策は、見事にはまった。明らかなる「欠落」。その空間に響きわたる、ドラム・マシーン(リンLM-1)の無機質なベース・ドラム音。このインパクトは、壮絶だった――のだが、僕はこの「ベースレス」というアイデアの大元を、ファンク以前のブルースのなかに見る。ハウンド・ドッグ・テイラーら、ドラム入りのエレクトリックなバンド・アンサンブルでありながら、ベースなしでやる(サイド・ギターに低音を担当させる)という発想がブルース界にはあった。ザ・ホワイト・ストライプスもこの延長線上だ。しかしプリンスは、なんとその「発想」を、最新鋭の電子楽器含む前衛ファンクに持ち込んでしまったから、大変なことになった。

楽曲のテーマは、コーラス最後の部分に凝縮されている。「どうして僕らは怒鳴り合うんだろう/まるで鳩たちがうるさく鳴くときの音みたいに」という、愛する者どうしの行き違い、不和、不安、ストレス……などなどが、無機質なビートと酷薄なトーンに包囲された「熱い」心根として表現されていく。前人未到のこの異形のファンクに、聴き手は魅了された。そしてまさに虜になって、プリンスを玉座へと押し上げていった。

(次回は22位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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