「虚無僧バー」で一日店員体験! 不倫話から色欲まで「煩悩」を学ぶ|辛酸なめ子 #23
「一日店長」ならぬ「一日店員」を体験しました
バーとはこれまであまり縁がなく、コロナ禍でますます夜遊びから遠ざかっていたのですが、世の中的に解禁になってきたので、夜の街の今を見てみたくなりました。
ちょうど、ご縁があったのが、新宿で「虚無僧バー」を営む、現役僧侶の〝坊主〟さん。
都会の隠れ家的社交場として人気のようです。「一日店長」(誰でもなれる)の誘いを受けていたのですが、社交性が低いので無理そうだと思い、「一日店員」として社会科見学させていただくことになりました。ツイッターでの大喜利企画「◯◯選手権」が大ブレイクして、今や120万人以上のフォロワーを持つ坊主さん。そんな方のバーでインターンとして働くことで、Z世代やY世代のカルチャーも学べるかもしれません。
近くのタリーズで心の準備をしたあと、地下のお店へ。レトロ風のランプと、棚に並んだ虚無僧の笠、DJの機材、壁に貼られた一日店長の写真が渾然一体となった空間。この日は100キロ以上のふくよかな美女2人が一日店長だそうで、彼女たちのファンが多数来店するらしいです。
私自身、店員体験といっても、接客業はかなり苦手で、高校の時にマクドナルドでバイトしていた時は「スマイルが足りないから」という理由であまり店頭に立たせてもらえず、だいたい灰皿洗いをしていました。大人になって少しは進歩しているといいのですが……。
お坊さん流? お酒とバーの作り方
まず、坊主さんがお酒の作り方を教えてくれました。メニューはだいたいお酒一杯800円で、チャージ料なしの明朗会計です。イベントの時は飲み放題価格になったりするそうです。主なメニューは、ハイボール、ウーロンハイ、ラムコーク、レモンサワーなど。ハイボールはウイスキーと炭酸水(ウィルキンソン)、ウーロンハイは焼酎とウーロン茶、ラムコークはラム酒とコーラを、レモンサワーはレモンサワー原液と炭酸水を混ぜたものになります。あまりお酒を飲まないので、配合を覚えるだけでも大変です。
それぞれお酒はメジャーカップに入れて、指2本ぶんくらいの高さに注ぎます。氷を入れて、炭酸やウーロン茶などを氷に当たらないように注ぎ、混ぜる時は掻き回すと炭酸が抜けてしまうので、上下にゆっくりマドラーで混ぜます。プロがカクテルを作る時に使う銀色のメジャーカップで注いでみて、少しテンションが上がりました。定期的に氷が大量に出てくる製氷機など、結構設備が充実しています。11個も並ぶ虚無僧の笠「天蓋」は、このお店が買い占めたことで値段が高騰した時期もあったとか。他にも、ホラ貝、笙、尺八といった和の楽器も揃っています。
「オープンして最初の頃は、邦楽の演奏家が『こういうたまり場ほしかったんだよ』とお店に来てくれたりもしましたよ」と、坊主さん。ただ、オープンしてしばらくしてコロナ禍に……。「支援金でなんとかなりました」とのことで、小さい規模のお店にとってはかなりありがたい金額だったようです。
〝坊主〟はバーでもお坊さん?
「バーのお仕事で大変なことはなんですか?」と素人的な質問をすると
どんな種類の悪口か伺ったのですが、詳細は教えてくれなかった坊主さん。でも、常日頃炎上には気を使っているそうです。「逆に仕事で楽しいことは……」と聞くと「楽しいかどうかは……。仕事なんで。でも一日店長に会うのは楽しいですよ」とのこと。私自身、お寺のお坊さんの説法とか好きなので、むしろ坊主さんのありがたい説法を聞いてみたいですが、とくに「説法タイム」は設けていないようです。でもお坊さんらしいことといえば、このお店を通して人助けをしている面もあるとか。
お坊さんとして〝人を導きたい〟という思いを秘めているようです。接客経験がほとんどない私も、今回お酒の作り方を教えていただいたので、いつかこの技術をどこかで生かせる気がしてきました。
「虚無僧バー」の人間模様とは
そうしているうちに、フロアのほうで「ちょっと久しぶり~! ヤバ!!」という声が。一日店長の方を訪ねて、大学同級生の男性たちが来たようです。
同窓会トークが盛り上がっているようです。「マジックミラー号が……」とか下ネタも聞こえてきました。若さうずまく空気に混じりたいところですが、
「ハイボールお願いします」「レモンサワーで」と次々と注文が入って忙しくなってきました。原液、氷、炭酸、などと手順を思い出しながら混ぜていきますが、ラムコークなのにまちがえてラムソーダを作ってしまったり(800円ぶんの損失が……)、疲れてくると手元がおぼつかなくなってきます。
そして何より、一人当たりのお酒の摂取量にも驚かされます。ジョッキに入ったお酒を、かなりのスピードで消費。1時間一人2000円の飲み放題システム、というのもありますが……。若いお客さんは、そんなにまだトイレが近くないのかもしれません。
お酒に次いで〝色欲〟までも……
もう一人の一日店長さんのお客さんも順調に増えてきました。お酒の注文も次々入り、グラスが足りなくなって急いで洗って出したり忙しいです。そうしているうちに、気になる動きが。客の女性が客の男性に接近していました。一見草食系だけれど、浮気して離婚したという、〝隠れ女好き〟っぽいメガネの男性客に、ぽっちゃり系美人のお客さんが「仕事帰り?」「どこに住んでるの?」と次々と話しかけています。それもいきなりタメ口とは……。バーという空間が男女を自然と接近させるのでしょうか。
「離婚するまでが大変で、もう膠着状態で。結局、調停しました」「なるほどね、大変だ~」と、男性客の離婚の苦労話に親身になる女性客。「なんでバレたの?」「寝てる間に指紋認証でスマホのロックを外されて……」といった生々しい話が聞こえてきます。その女性、浮気された妻よりも完全に夫側になって、共犯関係を築きつつあります。ちなみに彼女も「旦那さんとは遠距離で……」と話していたので既婚者のようでした。バーは想像以上に出会いのスポットでした。夫や彼氏をひとりでバーに行かせるのは危険かもしれません……。女性客と接近する可能性が十二分にあります。黙々とお酒を作りながら、警戒心を心に刻みました。
お坊さんのバーでも煩悩は絶えません
そして次々とハイボールやレモンサワーの注文が入ります。酒と色欲……。人々の煩悩のるつぼと化していくバー。このお店をプロデュースしているのがお坊さん、というギャップに、改めて感じ入りました。虚無僧の笠が煩悩フィルターとなって、少しは浄化してくれるのでしょうか……。
お客さんが増え、お酒が入るにつれて、自然と会話のボリュームが大きくなっていきます。「ハイボールです!」と渡しながら大きな声で言っても、なかなか通じません。「ハイボールです!!」「ハイボールです!!」と、自分なりの大きな声で叫び続けました。このバーで私が少し更生できた部分といえば、喉が鍛えられた、ということでしょうか。
3時間ほど立ち働き、接客らしい接客はできませんでしたが、人の煩悩について社会勉強できた感があったので、22時頃には失礼しました。朝までいられる体力はなかったです。基本、安全地帯から人間ドラマを眺められるので、バーはお客より店員のほうが楽しいかもしれません……。