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落語ロスの方のために――広瀬和生著『21世紀落語史』を公開

光文社新書編集部の三宅です。

新型コロナ禍で、多くの落語会が中止・延期となり、最後の頼みの綱の寄席も休業を余儀なくされました。現状を踏まえれば仕方ないことではありますが、多くの方が落語に飢えている状況かと思います。DVDを観たり、CDを聴いたり、YouTubeで動画を漁ったり、あるいは高座の生配信に接したりして、飢えを凌いでいることでしょう。ないとわかると、ますます欲しくなるのは人間のサガかもしれません。

その一助になるかわかりませんが、1月に刊行され、好評発売中の『21世紀落語史』(広瀬和生著)の本文を公開します。すでに、朝日、日経、読売、毎日などの全国紙でも紹介されているので、タイトルだけは知っている、という方もいらっしゃるかもしれません。

著者の広瀬さんといえば、1年365日、ほぼ毎日高座に接している熱烈な落語ファンです。本業は、ハードロック・ヘヴィメタル専門誌「BURRN!」の編集長ですが、落語好きが高じて、現在は落語評論家としての活動の方が目立っているかもしれません(失礼!)。落語会の会場や寄席で、その姿を見かけたことのある方も多いことでしょう。

本書は、ほぼ毎日落語を観ている著者だからこそ書けた、実際の高座で何が起きていたかという目撃情報満載の落語史です。つまり、資料のみを基に書かれものではないということです。毎日新聞夕刊に掲載された広瀬さんのインタビュー記事から引用してみましょう。

「事象の羅列では面白くないので、僕が実際に体験した劇的な変化を書いていこうと思いました。録音や映像では計り知れない空気感を書き残すことが、評論家でありライターの仕事だと思った」。その言葉通り、高座での噺家たちの言動を交えたライブ感たっぷりの記述は、高座に足しげく通い、それだけ歴史的瞬間にも数多く遭遇してきた“時代の証言者”としての視点が生きる。(毎日新聞夕刊、2020年4月7日付)

しかも本書は、ただの記録読み物にとどまりません。

「落語に関心があって、これから落語会に行こうと思っている人にも興味を持ってもらえるように書いた。これを読めば、落語通になった気がすると思います(笑い)」(毎日新聞夕刊、2020年4月7日付)

まだ落語を観たことない方が読めば、落語とは何か、落語の歴史や観方、オススメの演者、有名なネタなどがわかる、立派な入門書にもなっています。

ということで、さっそく「はじめに」と「目次」の公開です。

はじめに 「落語ブーム」って、ホント?


数年前から、マスコミなどで「落語ブーム」と言われることが増えた。

本当にブームならば、テレビで毎日のように落語が放送され、落語会は1000人規模の会場で連日各地で行なわれて超満員、誰もが何人もの落語家の名を得意演目と共に挙げることが出来る、という状況でなければおかしい。あの漫才ブームのときに、日本中がツービートやB&B、紳助・竜介、ザ・ぼんちのネタを熟知していたように。

だが実際には、「落語」という芸能に日常的に親しんでいる人口は極めて少ない。一般人が知っている落語家と言えばまず『笑点』メンバーと春風亭小朝、笑福亭鶴瓶、桂文枝あたり。もちろん日本一の観客動員数を誇る立川志の輔の知名度は抜群だが、それは必ずしも『徂徠(そらい)豆腐』や『百年目』を得意とする落語家としてではなく、一般的には『ガッテン!』の司会者としてだろう。情報バラエティでの辛口コメンテーターからテレビタレントとして大ブレイクした立川志らくにしても、彼の落語を聴いたことがある人がどれだけいるだろうか。

そもそも、なぜマスコミは「落語ブーム」と言うのか。

それは、いまだに落語を「年寄りのための古臭い娯楽」もしくは「歌舞伎や能狂言みたいな古典芸能」と思っているマスコミ人が多いからだ。

今のこの程度の状態を「落語ブーム」と騒ぐ人は大抵、落語をほとんど知らない。だから、若者が渋谷の落語会に詰めかけていると聞くと驚く。「落語なんて古臭いモノが若者にウケてる⁉ ブームか!」と思うわけだ。言ってしまえば単なる無知。勉強不足なのである。実際、「落語ブームだから」と出演や執筆をオファーしてくる人たちの「勉強不足」には驚かされることが多い。

ただ、ここでハタと気づくことがある。

「勉強不足」という言葉だ。

これだけマスコミが「落語ブーム」と騒ぐと、「それならちょっと聴いてみようかな」と思う人は出てくる。でも、そういう人たちの少なからぬ割合が、ある種の「ハードルの高さ」を感じてしまうらしい。

「ちゃんと勉強してから寄席に行かないと恥ずかしい」もしくは「勉強しないと落語がわからない」、みたいな。

落語というのは、演者が同時代の観客に語りかける大衆芸能だ。だから本来、落語を楽しむために「落語とは何か」を勉強する必要はまったくない。
「勉強しなきゃ楽しめない大衆芸能」なんてあるわけがない。

ただし、演者と観客側の共通認識がないと楽しめない、ということはあるだろう。それは漫才やコントでも顕著だ。あるあるネタとか、パロディとか。「〇〇かよ!」というツッコミで笑えるか笑えないかは、まさにその「共通認識」の問題だ。

そう考えると落語は、初心者にとって演者との共通認識を持つまでのハードルが若干高いかもしれない、という気もする。

そして実は、落語の愉しみのひとつに「特殊な認識の共有」という要素はある。立川談志は「落語には、落語通にとって堪らないフレーズがキラ星のごとくある。わからない奴にはわからない」と言っていた。この「落語はフレーズだ」という感覚を共有できるかどうかが「落語通」かどうかの境目になる、というのだ。

その感覚はよくわかる。談志は文楽、志ん生、三木助といった昭和の名人たちを引き合いに出し、「家元(=談志)にもそれがある」と言っていたが、今の優れた演者たちにも「堪らないフレーズ」がある。落語ファンは、たとえ意識せずとも必ずその感覚を共有しているはずだ。

談志は晩年、落語の将来を案じていた。

落語は大衆芸能だ。だから、観客と価値観を共有することが前提となる。では、どちら側から歩み寄るのか。談志にとっては「落語の世界に観客が引き寄せられる」ことが大事だった。すると、そこにハードルを感じる大衆も出てくる。

現代の大衆に合わせるためにそのハードルをまったくなくしてしまうと、それはもはや落語ではなくなってしまう。晩年の談志の「落語は江戸の風が吹く中で演じる芸」といった発言の真意はそこに集約される。五代目柳家小さんは「落語はわかる奴のためのものだ。大衆に合わせるとダメになる」と言っていたと聞くが、それも同じことだ。

とは言うものの、落語におけるハードルはそんなに高くない。わりと簡単に越えられる。その「意外に簡単にハードルを越えられた」ことに喜びを見出す若者が増えたこと、それがすなわち今の「落語ブーム」の正体なのだろう。

今、この程度の状況で「落語ブーム」と言われるのは、かつて落語という芸能が、一般的にはほとんど忘れ去られたかのような時期があったことの裏返しだ。

昭和30年代に黄金時代を迎えた落語界は、昭和が終わり平成に入ると、どんどん活気を失っていった。20世紀末の10年間は史上最も落語が低迷した時代と言っていいだろう。

そして21世紀最初の年、当代随一の人気と実力を誇る古今亭志ん朝が、63歳の若さで亡くなってしまう。

三遊亭圓楽(五代目)、立川談志といった有力な旗頭が縁を切った寄席の保守本流の世界を、その圧倒的な存在感で牽引する志ん朝の早すぎる死は、落語界に決定的なダメージを与えた……はずだった。

しかし、そこから落語は奇跡的に盛り返した。落語界が一丸となって「志ん朝の死」という悲劇を乗り越える中で「落語ブーム」が訪れ、それが今の活況に結びついている。

いわば、「すべては志ん朝の死から始まった」のだ。

本書は、「志ん朝の死」で幕を開けた21世紀の落語界の現在に至るまでの出来事を、落語ファンとして客席に足を運び続けた立場から振り返り、落語史の折り返し地点とも言える「激動の時代」の記録を後世に伝えるために書かれたものである。


21世紀落語史  目 次


はじめに  

第一章 すべては志ん朝の死から始まった  
志ん朝の死がもたらしたもの/「充実した中堅層」と「イキのいい若手」/落語界の新たな顔・柳家花緑/落語界における「危機意識の芽生え」/重石が取れて動きやすくなった/古今亭右朝の死

第二章 21世紀の「談志全盛期」の始まり  
「志ん朝の分も頑張るか」/幻の「談志・志ん朝二人会」/「落語をやめられっこない」/落語を超えた落語

第三章 小朝が動いた――2003年「六人の会」旗揚げ  
目玉は鶴瓶――小朝の「六人の会」/「六人の会」結成と「東西落語研鑽会」のスタート/「大銀座落語祭」/頼りになるのは保存された紙の資料/「落語ブーム」と言われ始めた年 「大銀座落語祭2005」/「落語ブームはこれからだ!!」――「大銀座落語祭2006」/実は落語以外の要素が多かった――「大銀座落語祭2007」/5万5000人を動員――「大銀座落語祭2008」

第四章 昇太も動いた――2004年「SWA」旗揚げ
「SWA(創作話芸アソシエーション)」の結成/新作落語の地位向上を果たしたSWA/2004年と2005年のSWA/2006~2008年のSWA/SWAは「青春の落語」だった 2009~2011年

第五章 2005年の落語ブーム――立川談春・タイガー&ドラゴン  
タイガー&ドラゴン/林家こぶ平の九代目林家正蔵襲名/画期的だった「ホリイのずんずん調査」/「ずんずん調査」の落語家順位/談春の飛躍/最もチケットを取れない落語家/「談春七夜」/「談春のセイシュン」――『赤めだか』の大ヒット

第六章 「旬の演者」を紹介するガイドブックがなぜない?
――市馬・喜多八・文左衛門・立川流四天王  
落語業界をとりまくジャーナリズムの貧弱さ/「旬の演者」を紹介するガイドブックがなぜない?/柳亭市馬という逸材の「発見」/あまりにも残念な柳家喜多八の早逝/文蔵を襲名した橘家文左衛門/「立川流四天王」/「落語の本は志ん生や志ん朝じゃないと売れない」/落語は「演目」ではなく「演者」を聴きに行く芸能

第七章 若手の大躍進――喬太郎・白酒・一之輔・こしら  
喬太郎の心の叫び/さん喬・喬太郎、感動の「公開小言」/「羊の皮を被った狼のような古典落語」桃月庵白酒/スーパー二ツ目、一之輔/一之輔、21人抜きの大抜擢/「一之輔追っかけの決死隊」/「こしらってこんなに面白かったっけ?」/「こしら・一之輔 ほぼ月刊ニッポンの話芸」のスタート/志らく一門会の「真打トライアル」/「ふざけるにもほどがあるが、ふざけないよりまし」

第八章 談志が死んだ  
東日本大震災「今日は中止です。来たのは広瀬さんだけです」/「談志の晩年」の始まり/「談志体調不良のため出演順に変更があります」/高座から遠ざかる談志/談志の復活/談志、最後の「ひとり会」/談志、最後の落語。そして、死

第九章 圓楽党と「七代目圓生問題」  
五代目三遊亭圓楽の死と「七代目圓生問題」/「七代目圓生問題」はなぜこじれたのか?/五代目圓楽一門と、それ以外の圓生一門との確執/六代目圓楽襲名/圓楽党の逸材・兼好、萬橘(まんきつ)

第十章 柳家小三治が小さんを継がなかった理由  
志ん朝とは異なるタイプの「噺の達人」柳家小三治/「お客さんはつい笑ってしまうものなんだ」/小三治が六代目小さんを継がなかった理由/小三治の「伝説の高座」/小三治、落語協会会長就任

第十一章 「二ツ目ブーム」の源流――白酒(喜助)・三三  
二ツ目だけの落語会に客が来る/「二ツ目ブーム」ではなく「落語ファン層の裾野の広がり」/真打昇進で一気に花開いた白酒(喜助)/二ツ目時代から上手かった柳家三三/三三に対する小三治の「公開小言」/「人間として人間を語れ」/高座で演じる三三は消えてしまっていい/「正統派のホープ」の『豚次伝』

第十二章 プチ落語ブーム――『昭和元禄落語心中』・シブラク・成金  
2016年以降の「プチ落語ブーム」はなぜ生まれた?/「自分にとって面白い」を求めて/「プチ落語ブーム」を支えた二ツ目の活躍/「プチ落語ブーム」前後の動き/「一段落した」落語界に起きた新潮流/『昭和元禄落語心中』と神保町「らくごカフェ」/「シブラク」が成功した理由/キュレーターという存在/「成金」のブレイク/女性落語家の活躍/古典を演ってもちゃんと聴かせる腕がある/人気落語家にとって『笑点』に出ることはマイナス?

第十三章 その後の立川流  
談志亡き後の立川流/真打トライアルで「全員合格」/立川談幸の移籍/「談志の孫弟子」世代が熱い/「マゴデシ寄席」と「立川流が好きっ!」

終章 落語界の未来予想図  
「古典落語」と「昭和の名人」/「作品派」「ポンチ絵派」そして「己派」/失われた連続性/江戸の風吹くエンターテインメント/リズムとメロディ/伝統をバックに現代を入れて

(次回、第一章に続きます)



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