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コロナ禍、大学の授業をセカンドライフでやってみた―『メタバースは革命かバズワードか~もう一つの現実』by岡嶋裕史

2章② 仮想現実の歴史

光文社新書編集部の三宅です。岡嶋裕史さんのメタバース連載の6回目です。「1章 フォートナイトの衝撃」に続き、「2章 仮想現実の歴史」を数回に分けて掲載します。仮想現実(≒メタバース)の歴史をたどることで、メタバースへの理解を深めていきましょう。

今回は今や懐かしいセカンドライフについてです。

下記マガジンで、連載をプロローグから順に読めます。

セカンドライフ

 いくつかのコンテンツをあげて仮想現実の例を見てきたが、これらはアニメやゲーム、アプリケーション、設置型召喚装置であった。明確に、「もう一つの世界」としてサービスが提供されるには、2003年のセカンドライフを待たねばならなかった。

 セカンドライフは時の話題をさらい、そして速やかに没落していった仮想現実サービスであるが、未だにサービスは継続しているので未体験の方は一度アクセスしてみるとよい。WindowsからでもMacからでも利用可能である。

セカンドライフはなぜ急激に衰退したのか?

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 上はコロナ禍で対面授業ができないなかで、筆者がセカンドライフ内で授業をした様子である。

 セカンドライフは何か目的のある「ゲーム」ではない。単に「もう一つの世界」を示した器なのである。だから、利用者はそこでぼーっと過ごしてもよいし、美男美女になってうっとりしてもいい。集まってダベるのも、筆者のように授業をすることすら自由である。

 何をしてもよいはずなのだが、2000年代のブームの時は、利用者はここで活動を始めた。娯楽としてゲームをしているのであれば、何もわざわざ仮想現実の中でまでせっせと生産的な行為をしなくていいのではと考えるところだが、利用者にとってここはもう一つの世界なのである。

 だから、自分が欲しいもの、多くの場合は承認欲求とお金を求めて何らかのアクティビティを開始する。もう一つの世界で暮らしを立てていくのである。

 思ったのは、やってみると意外とリアルを模倣するのである。いや、もちろん仮想現実であって、もともとのデザインはリアルをベースにしているので当たり前ではあるのだが、取りあえず特殊な道具や技術なしでお金を稼げそうなところ――他の利用者に代わって家を建ててあげるとか――から自分の価値をアピールしたり、お金を稼ぐことが始まった。

 せっかく仮想現実なのだから、「リアルはUX設計がまったくなっていない。せめて進学、就職、結婚の前にはセーブポイントを作って、人生が詰んだときにロールバックできるようにしておくべきである」などと主張してもいいと思うのだが、そうはならないのだ。

 こうしたアクティビティはまたたく間に普及して、美容師やデザイナーが現れたり(アバターのかわいさやユニークさにはみんなこだわった。必ずしも自分で上手にリデザインできるとは限らないので、専門職が必要とされたのだ)、建築士に至っては億単位の収入を得る者まで現れた。当時、かなりセンセーショナルに報道されたので、ご記憶の方も多いかもしれない。

 コンサートやパフォーマンスを行う者も現れたし、性風俗業を開業する者もいた。念のために記しておくと、セカンドライフで顧客を募りリアルでサービスするような形態ではない。性的サービスまで含めてセカンドライフ内で完結するのである。

 戦闘やギャンブルに興じる者もいたし、乗り物の需要も生まれた。乗り物を作る者、それを売る者、買った乗り物でレースをしたり、公共交通機関を運用して利用者を運ぶ者まで現れた。

 こうしてみると、利用者はかなりどっぷりセカンドライフに浸かっていることがわかる。しかも、ここまでにも書いた通り、セカンドライフではお金を稼げるのである。これはとても重要な点だ。本当に仮想現実内で収入が得られるのであれば、私たちはそれこそ食餌や排泄以外の時間をすべて仮想現実で過ごすことだってできる。

 それまでにも、人気のゲーム内で使われているゲーム内通貨(たとえばファイナルファンタジーであればギル)やアイテムが高額で取引されたことはあった。しかし、それはRMT(リアルマネートレーディング)といって多くのゲームで禁じられている行為だった。闇市場での取引はあったが、レートが安定しているわけではなかった。

 ところが、セカンドライフでは運営が公式に認めた通貨リンデンドルがあり、これをUSドルに交換することができるのである。ちなみに本稿執筆時点でのレートは、1USドル=239リンデンドルである。セカンドライフで行ったあらゆるビジネス、コンサートやギャンブル、性風俗業で稼いだコンテンツ内通貨はリアルマネーに変換できる。すなわち、仮想現実内の労働でリアルのお金を得られるのである

 これは当時としてはすごいことだった。多くのメディアがセカンドライフを持ち上げ、その革新性を賞賛した。だが、これは長くは続かない。セカンドライフは急速に人々の興味を失い、利用者は仮想世界を離れることになる。メディアも論者も、素早く手のひらを返した。

 セカンドライフが急速な幻滅期を迎えた理由はいくつか考えられるが、やはり当時の3D技術は未熟だった。人が、「長い時間をここで過ごしてもよい。それに値する」と思えるだけの、視覚や聴覚の情報を質の面でも量の面でも用意することができなかった。

 お金を稼ぐ行為は、それがデジタルメディアであっても規模の経済が強烈に働くが、それに耐えうるだけの利用者を獲得、維持することができなかった。こぞってセカンドライフに進出した広告代理店なども、思ったほどの広告効果を得られなかった。結論として、セカンドライフは仮想現実の可能性を示したが、実装の器になることはできなかった。(続く)

過去の連載はこちらで。


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