「経済より命」。新型コロナ対策で明暗を分けた女性リーダーの決断力。
パンデミックに女性リーダーは強い。そう思わせる事例が、ドイツ、台湾、デンマーク……世界各国で見られる。新型コロナ対策での初動の速さで女性リーダーの姿が目立つのはなぜか。その理由に迫った。
メルケル首相の率直なメッセージ
「国民の60~70%が感染する恐れがある」。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相がこう語ったのは、3月11日のこと。現実から目を逸らさず、国民に率直に情報を伝えて、いち早くリスク回避の体制を整えた。
年明け早々の1月はじめから、民間の研究機関も動員し大規模な検査体制を構築した。ドイツでは感染者は多いものの欧州随一の医療体制で、罹患者の死亡率を抑えている。経済面の支援も、企業への支援のみならず、最大2年家賃の支払いを猶予する、フリーランスや芸術家に申請2日後に約60万円の支援金を振り込むなど、手厚くかつ迅速だ。
ベルリン在住の日本人経営者は「政治的リーダーシップが発揮されていて、ドイツ国内にはさほど不安はない」と、政府のコロナ対策に対する信頼の厚さを語る。
いち早く危険を察知した蔡英文総統
台湾の蔡英文総統の動きも早かった。
2019年12月には、中国・武漢での新型肺炎の流行を捉えて、直ちに武漢からの航空機乗客に対して検査体制を敷き、疫学対策のセンターを開いた。感染は抑えられており、4月半ば時点で同国内の死者数は1桁台にとどまる。日本、そして欧米にマスクを贈るなど、早くも国際支援に動いている。
危機下の女性リーダーの特徴①
男性リーダーでも、米国ニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事、韓国の文在寅大統領など、パンデミックに対峙するリーダーシップが評価されるトップもいるが、新型コロナ対策での初動の速さで女性リーダーの姿が目立つのはなぜか。
それは、対応策を決めるにあたり女性リーダーのほうが「命を守ることが最優先」という優先順位付けが明確だからではないか。
「おカネがなければ生きていけない」と、経済活動の継続とコロナ感染対応を「両立」させようとするのではなく、「命あってこそのおカネ」とコロナ感染対応をまずは優先する。
命とおカネの両天秤で迷うことがない。
その思い切りのよさが、決断の速さにつながるように思う。
危機下の女性リーダーの特徴②
第二に、危機下の女性リーダーに共通するのは、あらゆる立場の人の心に響く「伝える力」である。
独メルケル首相の3月18日のスピーチは、多くのドイツ国民の心を動かした。
「買物に行けない高齢の人を近所の人が支援する活動など、すばらしい取り組みの例を耳にしますし、きっと他にもいろいろできることはあるでしょう。私たちは、互いに置いてきぼりにしないという共同体の姿勢を見せていきます」と語りかけた(在日ドイツ大使館、ホームページより引用)。
また、デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は、子どもから送られてきた質問にテレビで直接答える、子ども向けの記者会見を開いた。
「伝える力」のベースには、弱者の立場を理解し、寄り添う心がある。多くの場合、女性リーダーはマイノリティ(少数派)に対する感度が高い。
なぜなら、女性リーダー自身がこれまで男性中心の意思決定層のなかで、常にマイノリティであったから。危機下にあって、最も厳しい状況に追い込まれるのは声を上げることもできないマイノリティであり、弱者である。こうした人たちに寄り添う気持ちが、国民に語りかけるメッセージの行間ににじみ出る。
ポスト・コロナ社会と「ある共通項」
感染症との戦いの最中ながら、早くもポスト・コロナの社会を見通す声も挙がる。その近未来を、はるか14世紀に遡るペストの世界大流行になぞらえる人もいる。欧州で推計2500万人もの命が失われる大惨事を経て、農業労働者の激減による賃金上昇が起こり、封建的な身分制度が崩壊した。ペストは資本主義的農業が生まれる契機となったとされている。
ポスト・コロナもまた、新たな時代となることは間違いない。パラダイムシフトを迎えるとき、従来にはない発想をもつリーダーが求められる。そのひとつの可能性が、女性リーダーだ。
ここで力強い女性リーダーらが誕生した背景をみると、ある共通項が浮かんでいる。
それは「境界線」である。
西と東の境界線であるベルリンで、ドイツのメルケル首相は指揮を執る。中国の国家集権的データ管理VS.個人の権利尊重の挟間で、台湾の蔡英文総統は誕生した。そして、米国で民主党の大統領候補予備選から退いたものの、大手IT企業の解体や富裕税の導入を主張したエリザベス・ウォーレン氏の躍進も見逃せない。自由競争を前提とする資本主義と、「反ビジネス」の境界線上だ。
ポスト・コロナは、これまでの延長線ではない新たな地平を切り拓くことが求められる。そのとき、境界を超えて融合を図りアウフヘーベンする(矛盾を超えて、より高い次元で統合する)ことが必要だろう。
これから新たな次元を拓くにあたり、「境界線」上にいる女性リーダーが力を発揮していくのではないか――。そんな可能性を感じている。
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野村浩子(のむらひろこ)ジャーナリスト。1962年生まれ。84年お茶の水女子大学文教育学部卒業。日経ホーム出版社(現・日経BP)発行の「日経WOMAN」編集長、日本経済新聞社・編集委員などを務める。日経WOMAN時代には、その年に最も活躍した女性を表彰するウーマン・オブ・ザ・イヤーを立ち上げた。2014年4月~20年3月、淑徳大学教授。19年9月より公立大学法人首都大学東京(20年4月より東京都公立大学法人)監事、20年4月より東京家政学院大学特別招聘教授。近著に、『女性リーダーが生まれるとき』(光文社新書)がある。