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【1万4000字】サッカー店長の日本一遅い(?)カタールW杯総括

三笘選手の活躍など、W杯後も大盛り上がりのサッカー界。ヨーロッパのシーズン中の開催という異例の大会となったカタールW杯を改めて振り返ると、どんな試合が多かったのか。チームの戦略や戦術にはどんなトレンドがあったのか。W杯全体の中で森保JAPANはどのように位置づけられるのでしょうか。"サッカー店長"こと龍岡歩さんに特濃記事を寄稿してもらいました!

W杯から見える戦略・戦術の潮流

2022年のカタールワールドカップは日本代表の躍進や、アルゼンチン対フランスの「決勝戦」としては近年稀に見る名勝負となったフィナーレの美しさもあり、多くの方に記憶される大会になったのではないか。そんな今大会を振り返る中で、その「戦術」と「戦略」、そしてサッカーという競技自体の「潮流」を読み解いてみたい。

ここで言う戦略とは各チームがどのように試合を運ぶかを指すものであり、言い換えればチームのスタイルだ。方向性、指針といってもいいかもしれない。その一方で戦術とはその戦略を遂行する為に具体的にピッチでどうプレーするかの方法論とする。要は具体的な行動を指していると理解していただきたい。
そして様々な戦略を持つチーム同士が、戦術を駆使してしのぎを削り合うことで見えてきた大きな潮流を読み解くことで、このサッカーという競技の近未来をも予測していくことを目指した。

「ボール非保持」で躍進したモロッコ、日本

では最初に戦略からみていこう。今大会で見られた各チームの戦略は大きく分類すると3つに収束される。
それは「①ボール保持型」「②ボール非保持型」、そして「③適応型」である。なお、「適応型」はあくまで筆者が便宜的に名付けた戦略名なので一般的な名称とはいえない。その詳細は後述させていただく。
前者の二つがボールを基準に方向性を特化させることでチームを組み立てているとするならば、適応型はどちらの方向にも特化「させない」ことを選んでいるチームを指す。また特化させるか否かは、特化させる方向が右か左かの違いなのでそれぞれの戦略に優劣は無い。同様に一見すると「適応型」が優れているようにも見えるかもしれないが、全取りを目指すことは全損にも繋がり兼ねず、器用貧乏にもなりやすいリスクが潜んでいる。三者はあくまで並列的な関係性だ。そこに優劣はない。

具体的なチームで言うと「ボール保持型」の代表例がスペインドイツイングランドで「非保持型」がモロッコオランダ、そして森保JAPANもこのカテゴリーに分類されるだろう。適応型はフランスブラジルクロアチアといったチームだ。どのようにボールを保持するのか、もしくは相手に保持させて意図的に奪うのか、その具体的な方法論は各チームの戦術によって異なるが、大きな方向性としての戦略3分類はこのように分けられる。

現代サッカーにおいてチームを作る時にボール保持を前提に組み立てるのか、それとも非保持を前提として組み立てるのかは大きな命題といえるだろう。それは積極的に選択するケースだけでなく、チームの実力を踏まえた時に半強制的に運命づけられているケースも多々あるからだ。
日本代表はそのわかりやすい例でもある。アジア予選ではボール保持が前提となるが、W杯本大会では強豪相手に押し込まれ、非保持が前提となるケースをこれまでにもたくさん私たちは目にした。

また、ベスト4に躍進したモロッコは非保持型の代表例であるが、彼らにしてもW杯という大会における実力的な位置づけではダークホース留まりという評価が妥当な存在だったといえるだろう。そういった意味でモロッコは仮にボールを保持したいと考えても現実的には厳しいという背景も踏まえ、どうやって勝ち上がるかを模索した結果、この戦略を立てたと考えられる。そしてその戦略が見事にハマった格好だ。

そのモロッコだが、各試合のボール保持率を見るとそこに明確な彼らの勝ちパターンが浮かび上がってくる。

・クロアチア戦 0-0(保持率37%)
・ベルギー戦 2-0 (32%)
・カナダ戦 2-1(36%)
・スペイン戦 0-0 (22%)
・ポルトガル戦 1-0 (22%)
・フランス戦 0-2 (55%)
 *FIFA公式スタッツ

モロッコは今大会、一貫して相手にボールを持たせる試合で勝ち上がり、準決勝のフランス戦では自分たちがボールを持たされた結果負けている。そして、森保JAPANからも同様のパターンを見てとることができる。

・ドイツ戦 2-1 (22%対65%)
・コスタリカ戦 0-1(48%対39%)
・スペイン戦 2-1 (14%対78%)
・クロアチア戦1-1(35%対51%)

日本は今大会で唯一相手より高いボール保持率を記録したコスタリカ戦で黒星を喫した。このように、ボールを保持しない局面に特化させる戦略を取ることは勝つ時と負ける時のパターンが明確になるという可能性が示唆される。

スペインとドイツはバルサとバイエルンの劣化版?

一方でボール保持に特化した戦略の代表例であり、実力的にも優勝候補と囁かれていたのがスペイン、ドイツ、イングランドだ。この3ケ国に共通するのは世界でも屈指のレベルを誇る自国リーグを持っているという点である。各国リーグのヨーロッパの大会における成績を元に算出されるUEFAランキングでは最新順位で1位イングランド、2位スペイン、3位ドイツとなっており、つまり彼らがトップ3という訳だ。故にこの3ケ国の代表チームがとった戦略はクラブ戦線の影響を大きく受けていたように見える。彼らの自国リーグは欧州における勝者であり、手元にある成功モデルとそのノウハウを活かさない手はない。そう考えてもおかしくはないだろう。

ペイン代表は4-3-3フォーメーションの中核を担う中盤3枚(ブスケツ、ガビ、ペドリ)がFCバルセロナの中盤をそのまま移植した構成になっており、それは即ちチームがとる戦略もバルサ同様のボール保持となる。更に代表チームを率いるのがそのバルサで選手と監督を務めたことがあるルイス・エンリケというのだから、極めて「バルサ純度」の濃い代表チームに仕上がっていたといえるだろう。

かたやドイツ代表はW杯の前年(2021年)にバイエルン・ミュンヘンの前監督であったフリックがそのままスライドするかたちで新体制をスタートさせている。選出される選手の顔ぶれとチームの戦略がバイエルンと通底しているのは当然であろう。イングランド代表のサウスゲイト監督も近年、欧州戦線で好成績を残しているマンチェスター・シティやリバプールといったプレミアリーグの強豪チームから戦術、戦略面で大きな影響を受けていることは想像に難くない。

現在、欧州のクラブ戦線では各国リーグで優勝を狙えるクラブの戦略がお互いに影響し合って画一化されてきている流れがある。その一大トレンドが「ポジショナルプレー」と呼ばれる戦術を用いたボール保持の戦略だ。ポジショナルプレーの詳細は後述するが、とにかく今、欧州トップのリーグで優勝を狙うクラブの多くでは、ボールをいかに保持するかの戦略をベースにチームが組み立てられている。バルセロナやバイエルン、マンチェスター・シティはその代表例といえるだろう。つまり、スペイン、ドイツ、イングランドは自国リーグがクラブ戦線で勝者だったが故に、代表チームの方がクラブのノウハウを借用するかたちでボール保持の戦略に舵を切ったという流れが見てとれる。

だから、グループリーグで実現したスペイン対ドイツの試合が、さながらバルサ対バイエルンに見えたとしてもそれはおかしなことではない。
だが、クラブチームではクオリティが足りないパーツ(ポジション)をお金によって買ってくることができるが、代表チームはそうはいかない。バルセロナの現エースであるレバンドフスキ(ポーランド代表)の不在が、スペイン代表のゴール前における迫力不足につながることは間違いないだろう。スペイン代表のCFを務めたモラタは今季のリーガ・エスパニョーラでは15試合6得点で、得点ランキングでは7位の選手である。レバンドフスキは13得点で1位だ(※いずれも本稿執筆時点)。

同じことはドイツ代表のDFラインにも当てはまる。バイエルンが今季バルセロナと対戦したCL第6節のスタメンを見てもバイエルンのDFラインはパヴァール、ウパメカノ、リュカ・エルナンデス(以上フランス代表)、アルフォンソ・デイビス(カナダ代表)といった顔ぶれで、ドイツ国籍の選手はゼロ。今大会のドイツ代表がグループリーグ3試合で6失点と守備の安定感に欠けたのもある意味当然の結果だったのかもしれない。
 
トップレベルのリーグにはトップレベルの選手が集まるのがグローバル化した現代サッカー市場における定理であり、言い換えればトップリーグを抱える国とは世界中から優秀な選手を集める「輸入国」である。だが代表チームはそれらクラブの戦略や戦術、は移植できても国籍の違う選手をそのまま借用することは不可能だ。代表チームは選手を「輸入」することはできない。厳しい見方をすればスペインとドイツの両国はバルサ、バイエルンの劣化版とさえいえるかもしれない。

ボール保持戦略の難しさを露呈したイングランド

問題はイングランドである。イングランド自慢のプレミアリーグは現代において最も競争力の高いリーグである。ボール保持戦略においては世界最高峰のマエストロともいえるペップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ)が指揮を執る一方で、近年こそ変化したが元来は非保持型の最高峰指揮官でペップ・キラーの呼び声も高いクロップ(リバプール)もいる。また、ブライトンで三笘薫を擁し独自のボール保持型戦略で結果を出しチェルシーに引き抜かれたグレアム・ポッターのような監督も台頭してきた。それぞれの戦略で競争力の高いクラブを複数所有しているのは、まさに「プレミア」なリーグといわざるを得ない。
よって、選択肢は多く、選手層にも厚みがあったはずだ。その一方でスペインにおけるバルサやドイツにおけるバイエルンのような、そこに全てのチップを迷いなく賭けられるほど傑出した存在のクラブはなかったともいえる。上位から中位までどのクラブも世界最先端レベルであるが故、どれか一つに全振りしてしまうことは難しかった。また、最も市場競争力が高いリーグ故に、どこのクラブも自国選手ではなく「輸入」選手が部分部分で重要な地位を占めていたことも、クラブコピーを難しくさせた。
その結果、サウスゲイト監督は特定のクラブのコピーをする選択をせず、複数のクラブから選手を寄せ集めることでチームを構成した。3トップの顔ぶれを見てもプレミアリーグの得点ランキング(2023年1月時点)で2位につけるケイン(トッテナム)を真ん中に置き、左にフォーデン(シティ)、右にサカ(アーセナル)という多用なクラブからの集合体であった。

だがボール保持戦略は本来、日々のトレーニングや試合を通じた選手同士の共通理解醸成に時間的コストを要する。しかし、活動日数が極めて限られてしまう現代の代表チームにとって、そういった複雑な組織が自己生成されるような時間を確保するのは容易ではない。したがってバルサの3人がそのまま中盤を形成するスペインや、日本戦の中盤4人のうち3人がバイエルン所属だったドイツがクラブコピーを原本としたボール保持型戦略を選択するのは当然だった。
しかしイングランドには最も競争力の高いリーグが存在し、そこには綺羅びやかな輝きを見せる最先端クラブが点在していた。その結果、ベスト8でフランスに敗れた試合では中盤より前のポジションでプレーする6人が全員違うクラブに所属していた。皮肉にもイングランドは自国リーグの層が厚かったが故に、連携面では脆弱な「プレミア選抜軍」の様相を呈していたのだ。果たして選抜軍がとる戦略としてボール保持が適切だったのか? 改めて検証する必要があるだろう。

このように各国の事情に応じながらボール保持型戦略を取ったと考えられるスペイン、ドイツ、イングランドだが、端的に言って彼らの本大会での成績は振るわなかった。まさかのグループリーグ敗退に終わったドイツを筆頭にベスト8止まりだったスペイン、イングランドも大会前の下馬評からすると期待外れと言っていいだろう。

「ボールを持った方が負け」だったベスト8以降の戦い

これがカタールW杯で見えてきた戦略面における一つの傾向だ。つまり「ボール保持型」戦略の不振と「ボール非保持型」戦略の有効性である。
特にベスト8以降の試合ではその傾向が顕著に見られた。何故ベスト8以降かというと、大会序盤のグループステージでは実力差の大きなチーム同士の対戦が組まれることも多く、戦略面の影響以前に実力差がボール保持率を左右してしまう。これが、大会が佳境を迎えるベスト8以降になってくると実力の拮抗したチーム同士の試合になるので、お互いの戦略性が試合に大きな影響を与えるのだ。一部のサッカー好きの間ではベスト8以降こそが「真のW杯」と言われたりするのも大会の性質故である。

そのベスト8以降で90分もしくは120分の間に勝敗がついた試合(つまりPK戦決着以外の試合)では、ボール保持率で相手を上回ったチームが勝ち上がったケースが一つも無かった。

・準々決勝 モロッコ1-0ポルトガル(保持率22%対65%)
・準々決勝 フランス1-0イングランド(保持率36%対54%)
・準決勝 アルゼンチン3-0クロアチア(保持率34%対54%)
・準決勝 フランス2-0モロッコ(保持率34%対55%)
・3位決定戦 クロアチア2-1モロッコ(保持率45%対45%)

極端に言ってしまえば「ボールを持った方が負け」というのがベスト8以降に見られた実態だったのだ。何故このような傾向が現れたのか。それは戦略を具体的にピッチで実行する戦術面の影響だと考えられる。
そもそもサッカーにおける戦術の進化とは、攻撃と守備のせめぎ合いから生まれる。攻撃の戦術が進化すれば、それを防ごうと守備の戦術が進化し、今度は進化した守備を打ち破るべく攻撃のイノベーションが生まれていくのだ。

2010年代後半からの傾向としてはボールを保持して攻撃するポジショナルプレーという戦術の発展が目覚ましく、保持側に優位性がある流れであった。ポジショナルプレーとは相手の守備に対して自分たちがどこに立つとそれが崩れやすいのか、その原理原則をチームにインストールしてプレーの選択を半自動化させるものである。ボールを保持して攻撃するにあたって一つ一つの局面ごとに選手が毎回正解を考えていたのでは、当たる時もあれば外れる時もある。これではある意味、運否天賦だ。そうではなく、予め正解を導き出す公式を覚えてしまい、その公式に相手をハメてしまうような考え方といえよう。プレーする選手からすると頭で考える負荷が軽減され、結果的に判断ミスと技術的なミスも減るという好循環が生まれる。巷の戦術談義で聞かれる「5レーン」「偽SB」「可変システム」といった単語は全て、実はこの公式の一つを表すのものに過ぎない。

だが、攻撃に公式があるということは守備側の対応、即ち試験対策も容易であるという裏面がある。特に最近の欧州クラブシーンでは「5レーン対策」「可変システム対策」の発展が目覚ましい。その発展を極限まで簡略化して言えば、5レーンの攻撃に対し5レーンの守備で迎え撃つようになったのが守備側の進化である。いまや純粋な4-4-2で守備をするチームは現代サッカーから絶滅しつつある。そしてこの欧州クラブシーンの潮流は既に世界中に浸透し、今大会のW杯にも大きな影響を与えていた。

「5レーン対策」のパターン

その「5レーン対策」のやり方も多種多様にある。最もオーソドックスな形は、シンプルに最終ラインを5バックにして人数と配置を5レーン攻撃に噛み合わせてしまうことだ。今大会ではオランダデンマークスイスなどがその代表例である。
日本代表も初戦のドイツ戦は4-4-2の4レーンで守ろうとしたものの、ドイツに可変システムから5レーンを敷かれると守備がハマらず、後半から5バックに変更したという一幕があった。あの決断こそが今大会における森保JAPANのハイライトで、以降日本のメインシステムは5バックへと移っていく。それまでの強化試合ではほとんど試したことのなかった急造の5バックではあったが、5レーンを攻撃戦術の中核に置くスペインやドイツのポジショナルプレーには見事にハマった。ある意味、今大会の日本代表ほどこの「噛み合わせる」5レーン対策の有効性を体現したチームもないのではないか。
他にはアルゼンチンも普段は4バックを基本としながら、5バックのオランダ相手には自分たちも5バックにして噛み合わせていた。かように、この対応策は極めてスタンダードなものとして定着しつつある。

もう一つの対応策は、4バックで戦いながら守備時だけ並びを可変させるやり方である。代表的なパターンが、4-4-2のSHや4-3-3のWGが1枚落ちて一時的に5バックになる可変だ。クロアチア代表にはペリシッチというサイドのスペシャリストがいるが、日本戦では左WGでゴールを決める活躍をしたかと思えば次のブラジル戦ではSBとしてキッチリ守備で貢献していた。このペリシッチのようなユーティリティな選手がいるチームは守備時、5バックに可変させても強い。前線から落としたサイドプレイヤーが守備の穴にならないからだ。

一風変わった例として、フランスは独特な可変をさせていた。今大会のフランスは4-3-3システムを基本としているが、守備時に左WGのムバッペは必ず前線に残る。守備で後ろに下げるより、前残りにしておいた方がボールを奪った瞬間のカウンターでチームに貢献できるからだ。ムバッペクラスの強烈な個の能力があれば、守備はサボらせておいた方がチームとしての収支はプラスに出るという算段なのだろう。そして実際に、フランスは前残りのムバッペを使ったカウンターで今大会多くの得点を挙げている。ムバッペが守備をしない分の負担は右のWGであるデンベレが下がって補おうとはするのだが、このデンベレも本来は攻撃のスペシャリストである。守備は得意としておらず、見事に穴になっていた。その象徴としては、決勝戦でアルゼンチンのディマリアと自陣ゴール前で1対1になり、不用意なファウルでPKを与えてしまったシーンが挙げられる。
だが、実はそれ以外の試合ではデンベレとムバッペの穴をものともせず、後ろの選手の個の能力の高さで守れてしまってもいたのがフランスだ。3トップがほとんど守備に参加しなくても4バック+3枚のMFの計7枚で守れてしまうのは、今大会随一の選手層があったからだろう。簡単には真似できないフランス独自の戦術といえる。

5バックが最後尾で人数を噛み合わせる対応策だとすると、モロッコの4-5-1システムは中盤に5レーンを敷くという、もう一つの対応策といえるだろう。DFラインは4バックなので、厳密には攻撃側の前線5枚に枚数では噛み合っていない。だがモロッコは人に人を当てて噛み合わせるのではなく、予め5レーンの各レーン「前」に人を配置して、パスコースの方を遮断してしまうのだ。
攻撃側からすると前線の5枚にパスを送りたいが、通したいパスコース(特にハーフスペース)を消されているので攻撃が手詰まりになってしまう。中央を通せないのでサイドに迂回させれば挟み撃ちに遭い、仕方なく中盤の頭上を越えるパスを蹴れば満を持して空中戦に強いCBが出てきてはじかれてしまう。5バックが最後尾を5対5にして後ろで人を捕まえるのに対し、モロッコの守備は5レーンにボールを入れさせる前に中盤で勝負する守備といえる。最後尾ではなく中盤に5バックを敷いていると言い換えてもいいかもしれない。

この戦術の利点はボールを奪うエリアが最終ラインより一つ高い中盤のエリアになるので、ボールを奪った時に相手ゴールが近く、カウンターが決まりやすい。今大会のモロッコは固い守備と鋭いカウンターを武器にベスト4まで躍進したが、この「中盤に敷く」5レーン対策が上手くハマった結果といえる。
だが、マークすべき相手の前線5枚を目の前ではなく、背中に置きながら守る中盤5枚の戦術的な負荷は相当高い。視界では目の前のボールを捉えながら、同時に背中にいる相手前線5枚の位置取りも感じつつ小まめなポジション修正が求められるからだ。アンカーのアムラバトを中心とした中盤のクオリティの高さがあってこその戦術だった。

最初から5バックにして噛みあわせるのか、守備時に5バックへ可変させるのか、はたまた中盤に5レーンを敷いてしまうのか。いずれにしても今や、どのチームも「5レーン対策」を標準装備とした結果、ボール保持に戦略の舵を切ったチームは攻め手を失うこととなった。

それだけではない。ボール保持戦略は攻撃でメリットが最小化される一方、守備でのデメリットは最大化されてしまった。
5レーンを敷く攻撃戦術はボール保持時、フィールドプレイヤー10人の内の半分(5人)を最前線に割いている。基本的には3-2-5か2-3-5の並びに集約されるのだが、いずれにしてもボールを失った時、後ろに割ける枚数には限界があるのだ。つまりボールを失った時はどうしても無防備になりがちな戦術ともいえる。ボールを保持して攻めきれるのであれば前線に5枚を割いているリスクに対して収支も合うのだが、これで攻めあぐねるとなると単に無防備な状態でボールを保持している格好だ。
これに対しボール非保持の戦略を取ったチームが後ろに充分な枚数を割いた状態でボールを奪い、カウンターから次々と好機を作り出していく。今大会で非常に多く見られた光景といえるだろう。

このボール保持型戦略の苦戦は「守備戦術の進化」により「守備優位」の流れが、戦術的せめぎ合いにおいて可視化されたものと考えられる。もちろん、今後はこの5レーン対策を崩すべく、次の攻撃戦術の進化があることも間違いないだろう。

「輸出国」フランス、ブラジル、クロアチアが持つ多様性


ボール保持と非保持の戦略の比較では非保持が優位という流れが確認できた。では、どちらにも特化させない、ある意味両取り戦略ともいえる適応型のチームはどうだったか。
何かに特化しない戦略を取ったチームの代表例としてはフランス、クロアチア、ブラジルなどが挙げられる。これらのチームはボールを保持することに対してスペインやドイツほど特化させた訳でも明確な戦術があった訳でも無かったが、かといって何かを割り切って捨てたという程でもない。ボール非保持からのカウンターだけに戦略を割り切ることもないが、いざとなればカウンターも適宣活用していた。

彼らは何故そのような戦略の幅を持ち得ることができたのか。
それは選手層の多様性があったからではないかと考えられる。象徴的なのが、決勝戦におけるフランス代表デシャン監督の采配である。

フランスは決勝までの試合を見る限り、中盤のグリーズマンが後ろのDFと前線をつなぐリンクマンとして戦術的に最重要選手であった。だが、決勝の相手アルゼンチンはそれを看破し、グリーズマンを徹底マークして潰す戦術で臨んできた。結果的にフランスはほとんど中盤にボールを供給できなくなり、完全にチームは機能不全に陥ってしまった。
そんな予想外のアルゼンチン完勝ムードが漂い始めた後半25分、デシャン監督が遂に動く。チームの最重要選手と目されていたグリーズマンを下げて身体能力に優れたコマンを投入。それまでの基本布陣であった4-3-3も捨て、前線に4枚の黒人FWを並べた4-2-4でパワープレーに出た。これはピッチ上の選手たちに対して中盤を完全に捨ててロングボール戦術に切り替えるという、これ以上ない明確なメッセージとなったことだろう。フランスが中盤でボールを動かす戦い方から、いきなりダイレクトな肉弾戦に持ち込んだことでアルゼンチンは完全に混乱してしまった。結果的にこの交代で流れを変えたフランスが2点を返して延長戦に持ち込んだ訳だが、個人的には今大会で見られた采配の中でも一番衝撃を覚えたマジックだった。

だが、そもそもデシャンがこのような思い切った采配を振るえたのも、手持ちのカードに多様性があったからだろう。フランスはボールをつなぐのが上手いテクニシャン(グリーズマン、ゲンドゥージ)、身体能力に優れたハードワーカー(チュアメニ、カマヴィンカ、ラビオ)、スピードで仕掛けられるドリブラー(コマン、デンベレ、チュラム、エムバペ)、長身のターゲットマン(ジルー、ムアニ)と多種多様な選手を取り揃えていた。そのため、使う選手によりピッチ上の色彩を大きく塗り替えることが可能だった。したがって戦略を特化させる必要など無かったのだ。
準決勝でもボール非保持の戦略に特化したモロッコを相手に、フランスは意図的にボールを持たせて彼らの強みを消している。この試合はモロッコが今大会で唯一ボール保持率50%を上回る数値(55%)を出し(フランスの保持率は35%)、試合はフランスの快勝に終わっている。

似たような采配はクロアチアにも見られた。対日本戦である。ボール保持型戦略のスペイン、ドイツを撃破した日本の強みが、ボール非保持からのカウンターであることは明解だ。つまり日本に対して不用意にボールを保持するのは危険ということである。したがって日本戦におけるクロアチアの戦略は中盤を省略したロングボールを多用し、日本のカウンターを封じることだった。
結果的にクロアチアは中盤の司令塔で戦術的にも最重要選手であるモドリッチの強みが出にくい戦略を、自分たちから選択した恰好でもあった。しかし延長戦でそのモドリッチを躊躇なく交代させたことからも、今大会のクロアチアがモドリッチを中心としたボール保持型戦略に特化させていた訳でないのは明白だったといえよう。
かと思えば次のブラジル戦では一転してそのモドリッチを中心としたボール保持の戦略で見事勝利を掴んだ。ブラジルの屈強なDF陣相手にロングボールを放り込んでも勝機は薄いと考えたのだろう。ちなみにこの試合、モドリッチは両チームで最多となる115本のパスを繰り出して攻撃を操った。

フランスやクロアチアがこのような思い切った采配を振るえた一因に、今大会から採用された5人交代制のルールがあっただろう。極論してしまえば、仮に3人交代後に上手くいかなくとも、まだもう一手、選手交代で修正できる余地がルール変更により生まれたのだ。これによりモドリッチやグリーズマンを下げるといったある種のリスクを伴う博打采配も各段に打ちやすくなったはずだ。適応型のチームが持っている戦略の幅という強みが、ルール改正からも強く後押しされたケースといえるだろう。

また、フランス、ブラジル、クロアチアといった適応型の戦略を取ったチームの共通点として、選手の「輸出国」であるという側面もある。国別の海外移籍選手数ランキング(2022年)を見ると1位がブラジルで2位がフランスとなっている(優勝したアルゼンチンは3位)。
(参考:https://www.all-stars.jp/news/exporting-countries-football/)

人口の問題からクロアチアは数で対抗するのは難しい事情もあるが、この国は若手の育成にかけては欧州でも最高峰との評価を受ける優良クラブ、ディナモ・ザグレブを有している。何を隠そう、前回のロシアW杯でもっとも数多くの選手を輩出していたアカデミー(育成組織)はバルサでもシティでもなく、このディナモ・ザグレブだったのだ。
欧州随一の育成機関で太鼓判を押された若手のホープたちは次々と海外へ輸出されていく。今大会のクロアチア代表選手の所属クラブを見てもドイツ、イタリア、フランス、イングランド、スペインと実に多種多様である。そして国内のディナモ・ザグレブには今大会で大ブレイクを果たしたGKリバコビッチのような隠れた逸材もまだ潜んでいる。
多数の国に海外組がいるということは、それだけ多様なサッカースタイルを身に着けた選手たちの母数があるということだ。選手の輸入国よりも輸出国の方が相対的に選手の幅を持ちやすいという側面もまた、今大会が明らかにした現代フットボールの実相とはいえないだろうか。

メッシが非保持・保持の幅を持たせるアルゼンチン

では今大会、見事優勝を果たしたアルゼンチンは果たしてどのような戦略を持ったチームだったのだろうか。基本的にはボール非保持の局面に強みを持ったチームだったと考える。アルゼンチンの得点パターンとしてカウンターは顕著かつ非常に強力だった。
準決勝クロアチア戦の先制点につながるPKと二点目は共に自陣からのロングカウンターから生まれている。決勝戦での二点目のシーンはアルゼンチンのベストゴールともいえる見事なロングカウンターから最後はディマリアが仕留めた。

一方でアルゼンチンにはカウンター以外にもう一つ、強力な得点パターンを持っていた。それがメッシの「個」で生み出す得点である。
今大会のメッシは自らが得点を決めるだけでなく、ドリブルで複数のDFを引き付けてからラストパスを繰り出すアシスト役としても多くの得点に絡んでいる。
普通のチームであれば攻撃が膠着しそうなボール保持の局面においても、アルゼンチンはメッシが個で打開してしまう。準々決勝オランダ戦では中盤で敵3枚をドリブルで引き付けながら、DFラインの裏に針の穴を通すような股抜きスルーパスで先制点をお膳立て。準決勝クロアチア戦でも今大会で鉄壁の守備を見せていたCBグバルディオル相手にハーフラインからドリブルでゴール前まで運びアシストを記録している。
つまりメッシはカウンター(非保持)においてもポゼッション(保持)においても、チームにとって決定的な役割を果たしていた。アルゼンチンはメッシというたった一人のタレント性によってチームの戦略性に幅を持たせていた稀有なチームだったといえるかもしれない。

興味深いのは年齢的に当然とはいえ、メッシ単体のクオリティは過去のW杯と比較して落ちていたにも関わらず、発揮されたパフォーマンスは過去のどの大会よりも高かったことだ。これまでのアルゼンチン代表にはメッシ以外にも複数のスタープレイヤー(リケルメ、ヴェロン、テベス、アグエロ他)がいて共存に失敗してきたが、今大会のチーム構成は明確だ。皆はメッシのために、メッシは皆のためにプレーするチームだった。

W杯は「選手が主役」


このようにボール保持型が苦戦し、ボール非保持型は一定の有効性を示し、そして全適応型がその存在感を見せつけたともいえる今大会。そこから見えるサッカーの近未来とはどのようなものになるだろうか。

一つ言えそうなのは、今後も適応型戦略を取るチームの優位性がますます強固になっていく可能性は高いだろう。それは欧州クラブシーンの流れとも合致する。かつてはボール保持に「特化」させていたペップ・グアルディオラのシティが今や「非保持」の強化に取り組んでいたり、反対に非保持に特化させていたクロップのリバプールやシメオネのアトレティコ・マドリーが「保持」の強化に取り組んでいる。もちろんその過程で上手くいくチームとそうでないチームが生まれるのも自明であるが、とにもかくにも、この潮流に飛び込まなければ時代に取り残されてしまうという危機感が満ちている。

では、戦略に幅のある適応型同士の優劣はどのようにつくのか。例えば今大会のベスト4に残った国々を比較してみると、それがよくわかる。3位決定戦に回ったクロアチア、モロッコと決勝に勝ち進んだアルゼンチン、フランスとの違いは、極論すれば「メッシとエムバペがいた」という点に収斂されるだろう。クラブチームのように移籍という市場原理が働かないのであれば手持ちの資源、つまり選手を出発点に彼らを活かす戦術、チーム作りを進めるのもW杯という大会の理には適っているということだ。そして実際に決勝戦はメッシとムバッペが互いに持ち味をフルに発揮させながらノーガードで殴り合う、歴史に残る名勝負となった。

いまや欧州クラブシーンを語る際、我々の主語は選手ではなく戦術や戦略になりつつある。最先端の戦術に追いつけないなら選手(資源)や監督(ノウハウ)をお金で買ってくれば良い。それはまるで資本主義が生む分断という現実社会が見せる近未来のようだ。
だが一方でW杯という舞台はあくまでこの競技の主役は選手であると再認識させてくれたともいえるだろう。それは限られた資源で戦うしかないという制約が生み出した結果だ。これこそが、クラブシーンからは消えつつある「W杯特有の魅力」とはいえないだろうか。

そのW杯もまた変容の時を迎えようとしている。4年後の2026年W杯からは出場国が48ケ国まで増えることが決定している。そこで見られる戦いとは一体どのようなものになるのだろうか。まだ見ぬ未知の戦略、戦術に出会う可能性は低いかもしれない。ただし、改めて主役であることを見せつけた選手個々の美しいプレーや、決勝でデシャン監督が見せたマジックといったドラマを目撃する場としてはまだまだ期待できるのではないか。必要は常に発明の母でもある。そんなサッカーの原初的愉悦を再認識させてくれたのが2022カタールW杯だったというのが筆者の個人的総括である。

執筆者:龍岡歩(たつおかあゆむ)
Jリーグ開幕戦に衝撃を受け、12歳から毎日ノートに戦術を記し徹底的に研究。サッカーを観る眼を鍛えるため、19歳から欧州と南米へ放浪の旅に。28歳からサッカーショップの店長を務めるとともに、ブログ『サッカー店長のつれづれなる日記』を始める。超長文の濃厚すぎる記事が評判となり、現・スポーツX社に鋭い考察を評価され入社。サッカー未経験者ながら、当時同社が経営していた藤枝MYFC(J3)の戦術分析長として4シーズン在籍。現在はJFL昇格を目指すおこしやす京都AC(関西1部)の戦術兼分析官を務める。著書に『サッカー店長の戦術入門』(光文社新書)『サッカーフォーメーション図鑑』(カンゼン)、監修に『ポジショナルフットボール教典』『組織的カオスフットボール教典』(ともにカンゼン)。

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