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淘汰時代の農業サバイバル【Vol.1 かわばた園】中山間地での小さくて強い戦略の立て方

『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』(光文社新書)の著者である(株)久松農園代表の久松達央さんによる個別無料コンサルティング企画「実例に学ぶ!淘汰時代の農業サバイバル」

第1回は、静岡県清水区で茶を中心に栽培・製茶・販売を行っているかわばた園代表の佐藤寛之さんが、雇用や品目を含めた経営の方向性と、中長期的なマーケティングと販売管理について久松さんに相談しました。

今回の相談者:かわばた園の概要
所在地:静岡市清水区小河内(静岡市の東側の山間地)
経営面積:1.7ha
経営内容:お茶を中心に栽培、製茶、販売
売上:1,200万円
販路:主に消費者への直接販売
雇用:家族経営
就農年:2018年に親元就農し、全業務の6〜7割は佐藤さんが担い、父が栽培、母が出荷を手伝う。
ホームページ・SNS:ホームページnoteInstagramYoutube

写真提供:かわばた園

佐藤寛之プロフィール
1990年静岡県生まれ。2013年静岡大学人文学部経済学科卒業後、大同特殊鋼(株)へ入社。退職後、語学留学を経て、2018年より親元へ就農。現在はかわばた園の代表として茶、タケノコを中心に栽培から加工、販売までを一貫して行い、農産物の約9割を消費者や飲食店へ直接販売している。約50年間化学的に合成された農薬、肥料を使用せずに栽培管理を行い、農作業などをYouTubeやnoteなどSNSを使い発信している。

相談内容

・雇用や品目を含めたこれからの経営について
・中長期的マーケティングおよび販売管理の構築について

『農家はもっと減っていい』著者の久松達央さんによるコンサルティング

写真提供:久松達央

久松達央プロフィール
㈱久松農園代表。1970年茨城県生まれ。1994年慶応義塾大学経済学部卒業後、帝人㈱を経て、1998年に農業に転身。年間100種類以上の野菜を自社で有機栽培し、卸売業者や小売店を経由せずに個人消費者や飲食店に直接販売するDtoC型農業を実践している。生産・販売プロセスの合理化と独自のブランディングで、経営資源に恵まれなくとも、補助金や大組織に頼らずに少数精鋭のチームが自分の足で立つ「小さくて強い農業」を標榜する。他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行っている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)『農家はもっと減っていい~農業の「常識」はウソだらけ』(光文社新書)

山間地域の“旧世界お茶”の現況

写真提供:かわばた園

ーー地域の特性を教えてください。

佐藤
この地域では、ミカンの栽培が一番多くて、その次がお茶、その次にワサビ。少し地域が離れていますが、石垣イチゴも有名です。エダマメやナスも作っています。

久松 斜度があるんですか。

佐藤 静岡市は基本的には平らなところがなく傾斜地なので、広い面積で何十ヘクタールのような経営規模の人はほぼいないですね。近隣の菊川市や掛川市にはメガファームがあります。

久松 なるほど、菊川市とは全然違うんだ。そうなると、その場所でのお茶1.7haは広いと考えていいんですか?

佐藤 だいたい2ha前後の規模でやっている方が多いですね。基本的には自社工場も持ちながら、お茶とほかの何かを組み合わせている人が多いです。

久松 佐藤さんのように、製茶をして販売までしている人は多いんですか?

佐藤 営農を継続する人はそのパターンが多いですね。茶商やJAのみに出荷している人はお茶を辞めてしまったり、転作したりしてしまう人もいます。お茶は市況が思わしくなく赤字部門になりがちといった背景もあります。

久松 なるほど。佐藤さんはお茶が収入の中心と考えていいですか。

佐藤 そうですね、お茶で9割ぐらいですね。

久松 佐藤さんの地域では、1haで1,000万円というのは標準的な売上なんですか?

佐藤 正直なところ、1haで1,000万円ならかなり上出来だと思います。2ha管理して、お茶だけで売上2,000万円が1つの目標です。

久松 なるほど、じゃあお父さんの代は同じ面積でもそこまでではなかった?

佐藤 今の6割くらいの売上でした。

久松 おー、すごいね!

ーー佐藤さんは、化学肥料・農薬を使用せずお茶の栽培をしていますが、いつ頃からなのでしょうか。

佐藤寛之(以下 佐藤) 祖父の代から化学肥料・農薬を使わずにお茶を作っていました。明治の終わり頃からお茶と生糸を作っていたようで、お茶としては6、7代目です。明治時代にお茶を輸出していたという記録もあるらしいです。

久松達央(以下 久松) それはおもしろい!機会があれば遡ってみるといいですね。いいストーリーだし、興味があります。長く農業をやっている地域は、昔からいわれるような温度差などそれなりの地理的な合理性があります。

旧世界ワイン(註:古くからワイン造りが行われてきたヨーロッパなど)と新世界ワイン(註:新しくワイン造りを始めたアメリカ、チリ、アルゼンチン、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカなど)でいえば、佐藤さんの地域は旧世界ワインだから、”旧世界お茶”のよさを生かしていくといいんでしょうね。

アドバンテージをもらっている後継農家こそ攻めろ

写真提供:かわばた園

――今回のご相談の概要を教えてください。

佐藤 今6〜7割は僕がやっているのですが、父に収穫、母に出荷を手伝ってもらっています。両親が10年後も今と同じようには働けないと思っているので、お茶を中心としながらも、流動的に品目の変更が必要と危機感から色々とやっています。

販売先についても、現在の顧客の平均年齢が70歳ぐらいなので、80歳にそのままスライドした時に、同じ農園の形は維持できないと販売先や営農の形にいう漠然とした不安があります。なので、タケノコとか、今年から露地のイチジクも植えます。作目の分散をある程度していかないと。

久松 1番好きなものは何ですか?

佐藤 1番おもしろいのはお茶です!農業はおもしろい仕事で、それをお茶でできたらうれしいんですけれど、外部環境がそれを許さなくなった時にどのように農業を続けるかのリスクヘッジがタケノコであったりイチジクであったり。

久松 30年、40年のスパンで考えると、生業としての農家というのは、色々やって、いいところに重点をかけていくことが実は多いんですよね。僕みたいな新規就農の人はそれをやっても仕方ないけれど、ある程度の償却済の資産があって、家などの生きていくベースがある人は、第2、第3の矢が欲しいと考えるのであれば、戦略的に取り組んでいいと思います。大胆に冒険して新しいことにチャレンジするのは、失敗してもいい前提で挑戦できるので、実は既存のプレイヤーの方が向いているんですよね、ラグビーでいう「アドバンテージもらっている」って感じ、今のいいたとえでしょ?(笑)

佐藤 そうですね(笑)

久松 アドバンテージをもらっていたら、やっぱり攻めなきゃ。ただ、目先の流行りとか目先の金に飛びつくと、それは長い意味での小さく強い農業に合致しない。コアコンピタンスといわれる本当の事業の強みは実際に外部環境が変わってみないとわからないともいえるけれど、今やっていて、1番好きなお茶との親和性があるものをやっていくべきですよね。「こういう人に飲んでもらいたい」とか、「今、佐藤さんのお茶を飲んでくれる人の中でこういう人が好き」っていうのがあるんでしょうから、その人にお茶請けとして何を食べさせたいのかが大事。

――今後どのぐらいの規模でどのようにやっていきたいかなどのお考えがあればお聞かせください。

写真提供:かわばた園

佐藤 小さい戦略の中で、じわじわ売り伸ばしていく方向性自体には迷いはないですね。久松さんが著書に書かれたことは、僕も共感するところが多かったです。お茶だとペットボトルへの原料生産に大きく振るか、葉を製品にして直接売るかの2極化で、その中間の卸業者へのみ出荷する形は苦しくなってきています。小さく“惨めなところ”っていうんですかね。そこを目指すのはもう明確ですね。

久松 「それしかないから」じゃなくて、そこに楽しさを見出したってことですかね。

お茶畑2haを管理しようと思ったら、機械類の償却負担は大きいのですか?

佐藤 めちゃくちゃ大きくて、償却負担に耐えられないんですよ。お茶はだいたい7工程くらいあるんです。蒸して揉む工程だけでも4、乾燥、選別などの工程ですね。それを新品に変えると1行程で1,500万円くらいかかっちゃうんですよね。

久松 稲作じゃないんだから!ってレベル。どちらかといえば、栽培よりも収穫後の後工程の方が設備が重いんですね。

佐藤 圧倒的に重いですね。衛生管理も厳しくなってきているので、余計に。

久松 お父さんの代から使っていてしばらく使える機械や設備があるのですか。

佐藤 あります。基盤で管理せず、歯車だけで動く設備や機械で、部品やベルトの取り替えで修理できる状態なので、そういう意味ではまだ使えます。

久松 人が張り付いていないといけないなどの大変なところもあるだろうけれど、それに耐えられるなら使い続けるのもありですね。7,000万円を投資して新規参入するのは個人の農家ではないだろうから、佐藤さんは今ある設備をうまく長く使いながら、販売面にどれだけ力を入れていけるかってところでしょうね。

――新しい基盤付きの機械は、基本的に平地で大規模でお茶栽培している人向けなのでしょうか。

出典:写真AC

佐藤 収穫の機械はまさにそうです。お茶の木にまたがって進む機械が1,000万円近くしますし、全部自動化されている最新設備は、1日に何トンも処理しないといけない農家には必要なんですけど、うちは量をさばく必要がない傾斜のある山間地の小規模農家なので特に必要ないんです。

久松 原料供給に徹して、ペットボトルなどの加工用に出荷する大規模農家は、量が作れる地理的条件と機械や設備への投資が必要です。ですが、佐藤さんが同じことをやっても勝てるわけないし、大きくやっているところと同じ機械を使って勝負していくインセンティブは何もないのである意味明確ですね。それにしても、乗用の生産性の高い刈り取り機か、その下のスペックは急にヒューマンなものになるんでしょ?

出典:写真AC

佐藤 そう、2人でガーッとやる機械です。効率的にやるには、なんなら袋を持つ人も必要なので、3人いないと。

久松 うわー、なるほど。収穫の時期以外はワンオペで、極端に多く仕事が発生する時に人を頼むみたいな感じですね。収穫は期間は短いですか?

佐藤 トータルすると、工場の稼働って年間で1ヶ月ぐらいなんですよ。4月末から5月半ばの3週間と、7月に紅茶で1週間、あとは10月に1週間くらい。なので年間で1ヶ月くらいしか工場の稼働や収穫がありません。

久松 それは異常に重いアセットだね。ROA(註:総資産利益率、自己資本と他人資産を含めたすべての資本を、いかに効率的に運用できているかを表す指標)が異常に低い経営。収穫の時以外はワンオペである程度できていますか。

佐藤 そうですね。草取りとかは大変ですけど、1人で回せないかっていうと、まあ、できるといえばできます。収穫は難しい。施肥も全部バケツに入れて手でまくのでしんどいです。

久松 さすがにその面積だと、まあ、サンパーを使わないと施肥はそこそこ大変で、負荷はありますね。ただ、栽培的にはある程度の体系ができていますね。4年目でそれだけ整理されていて、作業もこなしているってのはすごいね。

見つけるべきは労働力でなく事業パートナー

写真提供:かわばた園

久松 お父さんたちができなくなるとお茶栽培は難しいと思っているんですか?

佐藤 はい、今の売上のままだと雇用ができないので…。ただ、同年代を1人雇用して、30代男性2人の労働力があれば、やれることが一気に増えるし、成立すると思っています。ただ、今の売上では雇用が無理なので、お茶以外の作目を増やして、売上を作って雇用を目指したいと考えています。今年始めたイチジクは、お茶請けとしてセットでドーンやりたいので、その矢をどう放つかなのですが、まあいかんせん僕の仕事がかなりつめつめで…。消費者への直販は厄介なところを引き受けているからこそ、ちゃんと高く売れることは認識しているのですが、注文も単発的に入ってきますし、なかなか悩ましいところです。

久松 よくわかる。読めないオーダーに効率的な販売管理とオペレーションで対応するのはいくらでもできる。せっかくお茶という在庫ができるアイテムで、基本的にシステムで販売管理ができているので、要件を整理して、ネックになる部分を効率的に回して…。たとえばパートさんに週に何回か数時間来てもらう形に落とし込むことはいくらでもできます。ただ、重要だと感じたのは、もし佐藤さんと気が合って、ある程度動ける人が入ってくれたら、佐藤さんはやりたいことがいっぱいあるでしょう?

佐藤 ありますね。今はできないことが多いので。

久松 うん、足りていないのは、経営資源、労働力ですね。労働力といっても手足となるような人ではなくて、一緒にやっていく人ですね。その人に何かの機能を限定で渡して、こなしてもらいたいってことじゃないのなら、ギッチギチに計画しなくても、当人に素直に話してしまえばいいんじゃない?事業のパートナーにやりたいことを聞いて、どんな形であれば一緒にできるかを相談することは出来る。佐藤さんはそのようにパートナーを探すのもいいんじゃないかと思う。

「本当は全部自分で売りたい」その気持ちは大きな武器に

写真提供:かわばた園

――お茶の販売先はどのようなところなのでしょうか。

佐藤 50年前に有機農産物を購入したい当時30〜40代の主婦層が組織した消費者団体への出荷がほとんどです。父の代は、その会への販売が100%だったんですけど、僕の代になってから、常総生協さんだとか、色々な販路の拡大をこの4年間やってきて、今は消費者団体への販売は7割ぐらいです。今年、有機JASも取得予定です。

久松 がんばっていますね!すると、300、400万円くらいは佐藤さんご自身が開拓した販売先なんですね。営業してみてどう感じていますか?全体の1割、また違うところにもう1割みたいな感じで卸で広げていくことにある程度のポテンシャルを見ているのか、もっと細かく売っていかないといけないんじゃないかと思っているのか。

佐藤 基本的には消費者へ直売しながらリピーターを増やしながら、ポイントで展示会で業者さんとの取引を始めるというのをやっています。月に1、2回ほど首都圏のマルシェに出て、消費者に直接説明しながら販売しています。

ただ、消費者一人ひとりにアプローチをしていくと、明らかにスピードが遅いので、年間で50万から100万ぐらいの売上が獲得できる規模のECサイトや卸売業者などいくつかと取引したいと考えています。でも、多くの業者ではお茶はすでに取り扱っているので、その状況でどのように新規取引を始めてもらうかはすごく大きな課題です。現在、常総生協さんと取引をしていますが、タイミングがよかったんです。

久松さんは、ほとんどが消費者への宅配やレストランへの出荷だと思いますが、どのように広げていくのが一つのやり方なんでしょうか。

久松 おっしゃることはよくわかります。特に、今ある程度売り上げが立っていて、しかも、一つの消費者団体で7割くらいの売上が立っているわけなんで、それと比べちゃうとね…。B to Cは顧客数を増やし、トランザクション(取引の数)を増やすことで売上をあげるやり方なので、それは膨大ですよ。一軒ずつの取引先に対しての業務コストが一番高いやり方です。

野菜でいうと、うちみたいな直接個人の顧客相手にB to Cをしている人って、ほとんどが知り合いに売るレベルで、親戚や知り合いに商品を販売する生命保険のセールスと似た構造なんです。だから1,000万円くらいが上限で、そこから先の営業ができる人っていうのはほとんどいないと思っています。だって無理じゃん。

佐藤さんの顧客を増やしていくやり方は正しいし、小さい農業のあるべき姿としてまったく間違っていない。ただ、それでどれだけの顧客数を集められるのか、どれだけ時間がかかるのかについては、極めてスローですよ。もし、10年くらい時間を使えるなら、B to Cを地道に進めながらも、ロットが合う卸と組んでいくってことは全く非現実的じゃないと思います。

――B to Cでは顧客の定着も重要だと思いますが、どのような方法があるのでしょうか。

写真提供:かわばた園

久松 うちも含めたうちみたいなやり方は、“モノ”じゃないんですよ。もちろんある程度おいしいこととか、ある程度クオリティがいい、ある程度サービスがいいことは当たり前だけれども、ブラインドテストで1,000個の中から1個選ばれるようなものではない。機能価値で売っているものではないから比較の土俵に乗ったら選ばれる理由がない。

佐藤 著書の中で「差別化しないで、自分が好きだと相手の目を見て言い切れることがはるかに重要だ」という文章が、僕には一番印象的でした。マルシェなど消費者に直接販売して、この感覚はすごく共感できるところなんですけれど、同じことを業者さん相手にやっていいのかっていうのが悩ましいと思っていて…。卸先の業者さんは、他とどう違うのかを気にするような気がしています。展示会で業者さんに対してもこの姿勢を貫いていくべきなのでしょうか。

久松 展示会や相手によりますよ、色々な人がいるじゃないですか。その中でも担当者が熱意を持っているとか、話したらわかるでしょ?会ってみないとわからないから、貫くべきかどうかよりも相手のスタンスを見るかな。ただ、僕は貫いていますね。誰に対しても同じ夢を語るのですが、ポカーンとされることが多いですよ(笑)。でも、中にはわかってくれる人もいる。そういう大事なファンを増やしていくのはすごく大事なことで、僕はそれをやっぱり一貫してやっているかな。卸先に対しても応援してくれる人を増やしていかなきゃいけない。ただ、佐藤さんが「もっとビジネスライクに広げたい!」と思うようになるかもしれなくて、それもまた大事な発見!

――同じ取引先でも担当者が変わることによる変化はあるんですか。

佐藤 ありますね。先日、卸先のお茶の担当が変わったんですけれど、「佐藤さんのお茶をどうにかしてもっと売りたいんです」って言って、うちに来てくれたんです。うちのお茶を飲んでくれていて、明らかにおいしいのにあまり売れていないと問題意識を持ってくださって。「佐藤さんのお茶はここを目指すべきだと思う」と、価格や量など諸々調整してくださいました。急に数が出るようになりましたね。

久松 今の話を聞くと、佐藤さんは担当者の熱意で売ってくれるようなところとやりたいのかな。

佐藤 そうですね。本当は全員に僕が直接売りたいんです。「こういうお茶ですよ」っていうのを全部伝えたいんですけど、それは物理的に無理なので、ハブになってくれる方々と一緒に、僕の思いを乗せて、向こう側にさらに広げてくれる方と一緒にやっていきたいです。この話はかなり長くなるので、僕から夢をどんどん語るというより、向こうからこう一歩踏み込んできてくれた人にはしっかり話します。その担当者には話しましたが、なかなかすべての人に話すことはまだしていないですね。

久松 ノウハウ的な話をすると、アンバサダーマーケティングですね。アンバサダーといわれる商品や会社のファンが、ツールを使って商品のPRを本当に喜んでわが事として周囲に勧めてもらう方法がありますよね。かわばた園のファンが、ほかの人に薦めやすいような、熱意を書いたパンフレットやデジタルツールなどのグッズを作るのはいいと思いますね。

もちろんマルシェや直販体制で地道に増やしていくことは無理ない範囲でやったらいいと思うけれど、規模にあったB to Bをいくつか持つことが非常に性格に合っているように見えますね。その中でも、佐藤さんの自分が伝えたいという気持ちを武器にすべきだし、そこに喜びがあるなら徹底していくのがいいかな。

マルシェでの出会いを増やし、手法の活用でリピーターへ

出典:Pixabay

――さらに具体的な話になりますが、顧客獲得や顧客とのコミュニケーションについてはいかがでしょうか。

久松 CRM(註:顧客の購買活動から嗜好やニーズを収集・記録・管理し、それを有効活用するツール)を丁寧にやって、顧客をもう少し広げていくことはできそうですね。マルシェで購入してくれた人とか、知り合い経由の販売をもう少し太くして行くことは、大して手間なく出来そう。そこに喜びがあるなら。僕は丁寧にやっていないですが(笑)

――私が久松農園の野菜の購入した経緯は、お仕事でご一緒させていただいて、一回買ったらいいタイミングで「次どうですか?」みたいなメールが来て。初めは単発で購入していましたが、確認していただいたら月に一回くらい購入していたので、定期購入にしちゃいましたね。

久松 そうか、そう聞くとできている人みたいですね。自動送信メールだけど、そういうリマインドが結構大事なんです。

佐藤 僕は、今そこが一番の課題だと思っています。今は、藤沢駅北口のマルシェで月に2回出店しています。毎回20名ほどに購入いただき、何万円か売上がありますが、リピーターが少ないです。一度お茶を飲んでもらった人にどうやって2回目の接触するかというところですね。その具体的な手段はどうしたらいいのかなと。このあたりの外注も考えています。

久松 リピーターであることの確認には何年もかかります。外注への投資は、経験則としてだいたい売上の1%くらいが目安です。マルシェの顧客が1回20名なので、SNSをフォローしてもらうとかオンラインショップに誘導する仕組みづくりなど自前でもできそうではありますね。

――顧客のお茶の購入頻度や購入額はどのくらいなんですか。

写真提供:かわばた園

佐藤 昔からご購入いただいている人は平均で年間25,000円くらいの購入額ですが、新しいリピーターで、毎日飲む人だと1か月で100gぐらいで年間の購入額は10,000円程度です。なので、1,000人いれば売上1,000万のようなイメージですね。

久松 アイテムの性質として野菜みたいな日配品を同じ顧客に送っていくというより、お茶はたまに買う人に対して広く販売していくものなので顧客数が必要ですね。CRMの基本的な手法をいくつか勉強したり、専門知識がある人に相談乗ったりしてもらうのもいいかも。そもそも今やっているような売り方で顧客数が十分に増えていくのかどうかってことを掘り下げる必要もありそうです。藤沢のマルシェだけではややもったいないかな?

佐藤 本当は週に一回どこかのマルシェに出店するのが理想なんですけど、いかんせん畑のことを永遠にやってしまって。以前は、月に青山のマルシェ2日間と藤沢のマルシェに2日間出ていたんですけど。ちょっと何とかしたいなというところですね。

久松 畑の作業をもう少し効率化していくことが、実は販売の近道なのかも。売上が変わらず単にコストダウンのために投資していくのだと弱いけれど、投資で時間を節約することによって、売上を伸ばすことに時間を使えるなら、省力化へ投資をするインセンティブがありますよね。具体的な業務と出荷オペレーションの効率化はもっとできる。

個として動くか、地域で動くか

写真提供:かわばた園

久松 B to Cと小さなB to Bの組み合わせで売上をもう少し直販型に変えていく形はありだと思いますよ。

例えば、秋田の大潟村に黒瀬農舎の黒瀬友基さんという産直の米農家がいます。自社だけじゃなく地域内でグループを組んでいて、黒瀬さんのところへ納品する農家がいます。自社サイトも持っていて、お米にまつわる加工品などのアイテムを充実させているのですが、色々やっていくと、黒瀬農舎ブランドから外れる文脈のものも出ているわけ。そういう時は別ブランドでやっているんだって。

お茶に関してもちゃんとした単価で中長期的にわたる顧客の確保もできるんだけど、それに加えて生産物を違う形で売っていくことも出来る。B to Cとか、小さなB to Bをやっているところは、販売管理のノウハウとシステムがあるからそういうのはお手の物なんですよね。必ずしもかわばた園ブランドのアイテムだけではなくて、違う形で売っていくことも視野に入れることも考えると、なんか投資の方向性に広がりや膨らみがあるでしょ?

――佐藤さんは地域のほかの生産者のものも集めて一緒に販売していきたいのか、佐藤さんが作ったものだけを販売したい思いをお持ちなのかどうなのでしょうか。

佐藤 地域のお茶を集めて売りたいと思っています。今、市況が悪く、茶農家が苦しいのですが、僕はお茶の未来はそんなに暗くないと思っています。全部おいしいお茶のはずで、みなさんポテンシャルがあるけれど、販売より生産に注力しています。一方、今、僕が管理できる畑は、せいぜい2haです。お茶の産地として生き残るためには、地域で有機栽培でお茶を作っていて、僕が「すげえ」って思うお茶をを集めて、仕立てて一緒に売りたいんです。ドイツではそれがやれそうだと思っていて、来年の年明けにドイツの卸先へ営業に行きます。1トンくらい集められそうです。

久松 それは夢も可能性もあるね!千曲川ワインバレー構想(註:オススメ本『千曲川ワインバレー 新しい農業への視点』)のようにゆるやかな連携としてやっていくのがすごくいい例。小さい酒蔵とか醤油蔵はヨーロッパに輸出しているので、話を聞きにいってもいいと思う。

佐藤 来年1月には、ドイツでお茶の販売もしてきます!狙う顧客は店舗のファンです。せまいところですね。

久松 楽しみだね。日本でお茶を飲んでいる人より、ドイツでお茶を飲んでいる人はお茶好きでしょうね。顧客の属性情報を聞く準備をしていくといいですね。

佐藤 僕はお茶を売っているなかで、急須で淹れる葉っぱのお茶を飲む人がちゃんといる実感があります。お茶は絶望的だという話を聞きますが、僕は全然そう思っていないです。うちの規模の農家が、製品として販売していくやり方のマーケットには消費者はいます。見つけ出せていない、つながれていないだけという認識は僕の中にもしっかりあります。

久松 山間地という地理的条件もあって佐藤さんがこのような発想を持ったというのももちろんあるだろうけれど、やりたいことができる場所とできない場所があるんですよね。佐藤さんのやりたいことと、地理的条件がピッタリ合っている。基本的に話がロジカルで、色々なパーツに矛盾がないように聞こえます。

ドイツから帰ってきたら、ドイツ編をまたやりましょう!ありがとうございました。

佐藤 ありがとうございました。

(まとめ・紀平真理子)

佐藤さんの『農家はもっと減っていい』感想

もやもやと考えつづけていたことが、今回の久松さんの本で次々と言葉になる感覚というのは、読書体験として非常に楽しいものでした。2の矢、3の矢の話はまさしく今考えていることだったので、非常に腑に落ちるところが多かったです。

久松さんから佐藤さんへの推薦書籍

『ファンベース−支持され、愛され、長く売れ続けるために』佐藤尚之(ちくま新書)2018
『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります くだらないけど面白い戦略で社員もファンもチームになった話』井出直行(東洋経済新報社)2016
『千曲川ワインバレー 新しい農業への視点』玉村豊男(集英社新書)2013


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