アップルはGAFAMのなかで最もメタバースから遠い企業
4章⑦ GAFAMのメタバースへの取り組み
光文社新書編集部の三宅です。
岡嶋裕史さんのメタバース連載の27回目。「1章 フォートナイトの衝撃」「2章 仮想現実の歴史」「3章 なぜ今メタバースなのか?」に続き、「4章 GAFAMのメタバースへの取り組み」を数回に分けて掲載していきます。今回はその7回目です。
ウェブ、SNS、情報端末などの覇者であるGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)はメタバースにどう取り組んでいくのか? 果たしてその勝者は? 各社の強み・弱みの分析に基づいて予想します。
本記事ではアップルの動向に焦点を当てます。
※下記マガジンで、連載をプロローグから順に読めます。
4章⑦ GAFAMのメタバースへの取り組み
アップル――日本企業とは異なる「ものづくり」の思想
アップルはGAFAMのなかで、最もメタバースから遠い企業である。年間売上高2600億ドル、純利益600億ドルは、GAFAMのなかでも一際高い頂点にいる。だが、その収益構造は異質で、iPhone、iPad、Mac、周辺機器の売り上げで85%ほどを占める。純然たるものづくり企業なのである。
ただし、日本が考える「ものづくり企業」とも少し異なる。過去に「メイドインジャパン」という言葉があった。日本でつくられた製品は精度が高いというブランド、もしくは幻想のことだ。
それに対してアップルの価値は、「デザインバイアップル」にある。消費者はアップルがデザインしたことにお金を払うのであって、その製造をアップルが行っている必要はない。アセンブリは台湾のフォックスコンでいいのである。
なお、ここでいうデザインは見てくれだけを意味しない。その製品にぶっ込まれた思想も含めた言葉である。
たとえば、ソニーがネットワークウォークマンで採用した「利用者はCDを違法コピーする。だから、とても厳しいガードをかける」や、アップルの「利用者のフェアネスを信じる」もデザインである。利用者はそれを通して製品を体験し、企業の思想に触れる。だから、「デザインがピンとこない」は、「形がかっこ悪い」のではなく「企業の考え方が自分と合わない」のである。
端末を介さないアップルのビジネスは弱い
言うまでもなく、アップルは端末を通して企業としての思想を浸透させ、利用者の共感を勝ち取ってきた企業である。アップルの製品を持つことで、ふだんの生活が輝き、何の変哲もない1日がストーリーを持ち始める。利用者にそうした期待を抱かせるのがとても上手だ。
違う言い方をすれば、端末を介さないアップルのビジネスは弱い。iPhoneやMacといった圧倒的な製品を軸に垂直、水平のビジネスが構成されていて、良くも悪くも端末が結節点にある。
だから、iPhoneの絶妙なアルミ削り出しや、艶やかなゴリラガラスの質感が伝わりにくいメタバースでは企業価値が半減してしまう。アップルはおそらくメタバースでもブランドであり続けるポテンシャルを持っているだろう。だが、リアルであれば生半可な覚悟と資源では模倣が難しかったそれが、サイバー空間では簡単にコピー可能なものになる。
したがって、アップルが自分からアドバンテージを捨てて積極的にメタバースに移行することはない。近い将来、人々のリアルの暮らしがサイバー空間への融合を余儀なくされたとしても、アップルのそこに対するアプローチはメタバースではなくARを志向することになるだろう。
スマートグラス
今までアップル周辺からリークされた情報も、それを裏書きする。何度となく予想され、その予想が外れることで消費者を失望させてきたアップルの次世代ガジェットはスマートグラスだ。
どのスマートフォンメーカーも、次のブレイクスルーでは更に利用者にとって身近な、身体とのつながりが深い端末が脚光を浴びると読んでいる。もちろん、iPhoneを擁するアップルも例外ではない。
アップルは「スマホの次」の端末として、一時は本命視されたこともあるスマートウォッチの分野でも、アップルウォッチで確固たるブランドを築いている。しかし、スマートウォッチはスマートフォンを代替するには至らなかった。
極めて限定されたサイズ環境下での処理速度や排熱、そして何よりも表示装置の狭隘が大きな原因である。表示装置は「そこから情報を読み取る」観点からは、大きければ大きいほどよい。
スマートフォンであれば6インチクラスであっても利用者は許容してくれるだろうが、「時計」でそれは無理だ。したがって、スマホを母艦にした便利な子機の域を出ない。今後、表示装置の劇的な技術的飛躍があれば状況は変わるが、それよりメタバースやARが一般化する未来の方が先に到達するだろう。
スマホよりも人に寄り添う端末で、広範囲の表示装置を持ちうるものは、今のところスマートグラスが最有力である。アップルが次の主力製品としてスマートグラスに投資するのは自明と言えば自明なのだ。
これまでに発表されてきたアップルの要素技術を見渡しても、スマートグラスを作りたいのだろうと思う。グーグルの節で触れた脳波センサはもとより、指輪型のセンサを使ってジェスチャを読み取り各種の端末を操作する特許や、表情の変化で端末を操作する特許なども持っている。
AR機能はすでにiPhoneやiPadで利用可能になっている。試したことがある人も多いだろう。モーションキャプチャで体の動きを可視化したり、カメラが映し出すリアルの視野にデジタル画像をブレンドすること、実写の自宅に購入予定の家具を仮想的に配置してサイズや色合いを確認することなどができる。
そのための開発者用ツールも積極的に配布しており、スマートグラスをはじめとするAR端末市場が急速に勃興しても、そのときにはアプリケーション市場におけるアップルの影響力が確立されている筋書きになっている。
iPhoneを母艦に
アップルのスマートグラスは概ね、グーグルグラスを追ったものになると考えられるが、端末市場であまりにも強力なiPhoneを擁するので、初期世代ではiPhoneを母艦とした周辺機器として投入されるかもしれない。処理能力も記憶能力も(少なくとも初期段階では)iPhoneのほうが高度であることが予想されるので、上質な利用者体験を求めるならその方が理に適っている。
また、スマートグラスの体験にはiPhoneが必須であると利用者に納得させることができれば、生活空間がARへ移行して以降もiPhoneのプレゼンスを保ち続けることができる。(続く)
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