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一杯のラーメンと本気で向き合う。|パリッコの「つつまし酒」#68

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

ラーメンに興味が出てきたお年頃

 これまでにもコラムなどに何度か書いてきましたが、僕は長いこと、ラーメンとは縁の薄い人生を歩んできました。
 はっきりとした理由はわからないのですが、お昼ご飯に食べるなら、ラーメンよりカレーを選んできた。そういう男だった。サラリーマンを15年以上はやったけど、お昼の選択肢は、立ち食いそば、うどん、そして松屋のカレーでローテーションが組まれていた。長い長い期間をふりかえっても、たぶん自分から進んでラーメンを選んだことって、20回もないんじゃないでしょうか。
 また、シメのラーメンは一部の酒飲みの定番ともいえますが、これも僕は、締めるくらいならちびちびと酒を飲み続けていたいという方針から、ほとんどやったことがない。結果、嫌いというわけではないんだけれども、そもそもラーメンのことを思い浮かべることが極端に少ない人生を送ってきたというわけなんです。

 ところが、ラーメン。みんな基本的には大好きですよね。例えば妻がそうで、お店の美味しいラーメンも、家で作るインスタントラーメンも大好物。たまに「行ってみたい」というラーメン屋なんかに付きあうと、「なるほど、うまいもんだな」なんて思う。また、ともに「酒の穴」という酒飲みユニットをやらせてもらっているライターのスズキナオさんも大のラーメン好き。記事にも著書にも頻繁に登場するし、WEBに書いている日記を読んでも、ふだん一緒に飲み歩いているときなどはかなり食が細いのに、ラーメンだけは別腹といった感じで、日々すすりまくっている。
 あ、大きなターニングポイントがもうひとつありました。数年前のある時期、とある週刊誌の連載で、月に2~3回のペースでラーメン店を取材していたことがあります。合計で50軒くらいは行ったかな? 珍しくお酒以外のライター仕事ではあったのですが、お世話になってる編集さんから頼まれ「いっちょやってみっか」と始めてみたら、どの店も創意工夫と研鑚努力に富んだ、ものすご~くハイクオリティーな渾身の1杯を出してくれる。それに感動した。そりゃあそうですよね。そのラーメンに人生をかけ、お店まで出してるわけですから。

「町中華飲み」ではなくて

 そんな風に長い年月をかけ、最近はもはや、ラーメンにすごく興味を持っている僕なわけですが、とはいえ初心者に近いので、あちこちのラーメン屋に行きまくるというモードでもない。慣れぬ世界なので、なんだか少し気恥ずかしい。見知らぬ街の場末の酒場ののれんなら、いくらでもふら~っとくぐれますが、そんな気軽さではまだ行けない。
 よし、ここはいったん、あらためてラーメンと真剣に向き合ってみよう。しかも、誰の力も借りず、ひとりで!
 いえいえ、「ぎょうざの満洲」やそこらの町中華で、ちょっとした小皿をつまみに飲んで、シメに醤油ラーメンをすする、みたいなことじゃありません。あくまで本格的なラーメン専門店にひとりで入っていって、1杯のラーメンと真っ向から対峙する。もちろん、心細いのでビールの力は借りようと思っているわけですが、それでも厳密にいえば、ひとりということになりますよね?

 実はですね、最近地元、石神井公園の商店街を歩いていたら、新しいラーメン屋さんがオープンしているのを見かけたんですよ。こりゃおあつらえ向き。新店ならばそこまでハードルも高くないし、とはいえどこにでもあるチェーン店というわけではなさそう。その名も「らぁ麺 和来」。ラーメンじゃなくて「らぁ麺」なところも、漢字2文字の店名も、いかにも気合いが入ってそうじゃないですか。

いざ、ラーメンと向き合う

 向き合い当日。混雑が予想される昼時を避けた午後2時過ぎ。何度か店の前を往復したのち、意を決して入店。
 券売機の前に立つと、大別して「醤油らぁ麺」「煮干しそば」「つけ麺」「まぜそば」の4種類のメニューがあります。今日はオーソドックスな醤油らぁ麺にしてみよう。ビールを飲むつもりだから、おつまみ要素は多いに越したことはない。焼豚や味玉が乗る「特製醤油らぁ麺」980円をチョイス。それからスーパードライの中瓶500円も。が、緊張感からか、誤ってビールの食券を2枚買ってしまいました。どうしよう。ラーメン1杯で、ビールの中瓶2本って飲めるもんだろうか……? ちょっと自信がないので、お店の方にカウンターに誘導されながら「すいません……これ、返金お願いできますでしょうか?」と、いきなりの恥ずかしいスタートになってしまいました。

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 5分もかからずラーメンとビール到着。まずはビールをグラスに注ぎ、ひと息に飲み干します。これで落ち着き、どんぶりのなかをまじまじと見つめる。すると、あら、今気づいたけれども、なんて美しい世界が広がっているんでしょうか。黒く濃いんだけど透明感のあるスープ。なんだか妙に長いメンマ。薄切りの焼豚4枚に、味玉。それらが、まるで名画家の筆さばきのようなタッチで、円のなかにぴたりと収まっています。
 スープを一口すする。驚きましたね。この透明感のなかによくも詰めこんだり! といった感じで、旨味が飽和している。ガツンとくる。そこらの醤油ラーメンを想像していると、足をすくわれる。説明書きによると「国産ブランド鶏、大山どりの丸鶏を惜しげもなく使用した極上の鶏スープ」であるとのこと。こんなにも惜しげもなさが伝わってくるスープってあるもんなんですね。スープだけでものすごくビールのつまみになる!
 パツパツと歯切れの良いストレート麺。黒いつぶつぶは全粒粉でしょうか(連載やってる時に覚えた)。歯切れと喉ごしだけでなく、ぷりんと心地よい弾力まで感じられるのがすごいですね。小麦の香りで飲めます。
 先っちょのほうはふわふわで、根元のほうはシャキシャキのメンマも、風味が強くていいつまみになる。割ってみるとものすご~く黄身の色の濃い、半熟の味玉も酒が進む。何より、ぎゅっと旨味の詰まった焼豚なんかもう、いよっ、ビール泥棒! って感じ。

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 ……けっきょく美味しいラーメンも、いつのまにやら酒のつまみとして見てしまっている自分には呆れつつ、大満足で、あっという間に完食してしまいました。
 さて、次はどんなラーメンと対峙してやろうかな。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco


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