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テクノロジーは人間の自律性を奪うのだろうか――斎藤哲也氏書評(『データ管理は私たちを幸福にするか?』)

光文社新書

光文社新書より6月15日に発売された政治社会学者・堀内進之介さんの著書『データ管理は私たちを幸福にするか?』。スマートフォンなどのデバイスで個々のデータを測定・管理する「自己追跡(セルフトラッキング)」という行為を入り口にした丁寧かつ大胆な論考は、多くの識者から好評をいただいております。
この度は本書を読者の皆様により深く読み解いていただくために、人文思想・社会科学系の書籍を多く手掛けるライター・編集者の斎藤哲也さんに書評を寄稿いただきました。ぜひご一読ください。
(光文社新書編集部 高橋)

我らはみな「ダメ人間」

 私たちの生活を振り返ると、「わかっちゃいるけどやめられない」ことがわんさとある。このままドラマを見続けたら、明日の仕事に差し障りがあると思ってもやめられない。それほどお酒に強くないことはわかっているのに、飲み会に行くと、雰囲気に任せて痛飲してしまう。
 古代ギリシアでは、こうした自制心の欠如を「アクラシア」と呼んだ。はるか古代から、「わかっちゃいるけど、やめられない」は大問題だったのである。
 アクラシア以上に厄介なのが、「自己欺瞞」だ。私たちは、愚かな行為をしたときに、言い訳をつくりやすい。「みんなが見ているドラマだから、見ないと話題に置いていかれる」などと自分に言い聞かせ、行為の自己正当化を図る。
 わかっていてもできない。やらかしてしまったら、言い訳をする。この「ダメさ」を認めるところから、本書は出発する。
 では、このダメっぷりを改善するにはどうすればいいだろう。さいわい、現代では悪しき習慣を改善するための情報技術やサービスが次々と生まれている。その多くは、自己の状態や行為をデータとして可視化する。たとえばスマートウォッチを身に着けて、自分の健康状態が、さまざまな観点で可視化されていれば、人はもっと健康に気遣うようになるだろう。

セルフトラッキング技術は個人のためのみにあらず

 本書は、上記のような問題意識にもとづいて、データ化によって自己の状態や行動を記録する「セルフトラッキング(自己追跡)」技術が、「私たちを幸福にするか」を考察したものだ。ここで「私」ではなく「私たち」としていることは、重要な意味を持っている。著者は「まえがき」で次のように述べている。

……本書では、セルフトラッキングを単に個人主義的ないし利己的な実践として捉えるのではなく、他者にも、そして社会にも裨益(ひえき)するという意味で、関係主義的で利他的な実践として別様に理解してみようと提案する

 もちろん一人ひとりの個人は、「他者のため」「社会のため」と考えて、セルフトラッキングの技術やアプリを使うわけではない。しかしそうであっても、セルフトラッキングは、他者や社会の問題を解決するサポートになりえるのではないか。その説得に成功しているかどうかが、本書の生命線であろう。
 私は、成功していると思う。以下、駆け足でその理路をたどっていこう。本書前半では、セルフトラッキングが、自己の定量化から関係性の定量化へとフィールドを拡げていることが説明されている。なんと今では、セックスライフを記録するアプリまであるそうだ。
 セックスライフの記録アプリでは、セックスの時間や行為の種類、場所、満足度などを記録できる。本書に登場するある夫婦は、そのデータを共有して、データについて話し合いを重ねていくことで、夫婦関係が良好になったという。
 セックスライフの記録は極端かもしれないが、記録やデータが気づきを促したり、行動改善の動機づけになったりする経験は、誰しも思い当たるところだろう。
 一方で、関係性をデータで可視化することに対する懸念や批判も根強く存在する。監視社会化はその典型だ。
 著者は、本書第四章でトラッキング技術に関する懸念点を五つにまとめ、丁寧に検討を進めていく。五つの懸念点とは、①新自由主義化、②測定-管理化、③交換-互酬化、④市場-商品化、⑤依存-能力退化である。
 これらの懸念や批判は煎じ詰めれば、自律性や主体的な自由が技術によって毀損されるという憂慮に帰着する。トラッキング技術が普及すればするほど、私たちはデータあるいはデータ資本主義の奴隷になってしまうのではないかという批判である。

技術は自律性を奪うだけなのか?

 こうした批判に応答する第五章が本書の肝だ。
 著者は、晩年のミシェル・フーコーやオランダの哲学者フェルベークの議論を参照しながら、主体と技術の関係にポジティブな可能性を見いだしていく。私たちの自律性は、他者との関係のなかで育まれていく。ならば、技術もまた他者として捉えればよい。このような「関係的自律性」という観点に立てば、技術が自律性を脅かすという批判は、視野狭窄的な見方であることがわかるだろう。
 むろん著者も、セルフトラッキング技術の推進を手放しで唱えているわけではない。技術は使い方しだいで、私たちの道徳性を補完するパートナーにもなりえるし、自律性を奪うこともできる。だが、それは技術単独の特徴ではない。あくまでも人間と技術がどのような関係を切り結ぶかにかかっている。著者がいうように、人間と技術は互いに補完し合うことで、ともに「マトモなものになる」のだ。
 ならば、人間と技術の望ましい補完関係をどのように構想すべきだろうか。著者は、設計も含めた技術の自治や民主化、あるいは経済的弱者が優先的に利用できるようにする分配的正義に配慮することが必要だという。
 これらが簡単なことではないのは、著者は百も承知である。だが、だからこそ私たちは、トラッキング技術も含めて、現にある技術を道徳性の向上に結びつける努力を続けねばならない、というのが著者の主張だ。
 本書の射程や論点は、トラッキング技術を超えて、技術一般にまで広がっている。「21世紀の技術倫理」を考え、実践するための格好の入門書としておすすめしたい。

評者プロフィール

斎藤哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。ライター・編集者。東京大学文学部哲学科卒業。人文思想系、社会科学系の編集・取材・構成を数多く手がける。著書に『読解 評論文キーワード』(筑摩書房)、『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』(NHK出版新書)など。編集・監修に『哲学用語図鑑』『続・哲学用語図鑑──中国・日本・英米(分析哲学)編』(田中正人著、プレジデント社)、構成に『10分で名著』(古市憲寿著・講談社現代新書)、『言語が消滅する前に』(國分功一郎、千葉雅也・幻冬舎新書)ほか多数。「文化系トークラジオ Life」(TBSラジオ)サブパーソナリティとして出演中。

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