【第56回】どこまでアンドロイドが進化するのか?
■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!
ロボット研究から見えてくる人間の本質
「エリカ(ERICA)」という「アンドロイド(人間酷似型ロボット)」が存在する。顔は、左右対称で、鼻と口と顎が一直線上に並ぶ「ビーナス・ラインの法則」をはじめ、多くの美人顔に共通するといわれる特徴を満たしている。設計の段階では「日本人とヨーロッパ人のハーフ」を想定したそうだ。鼻の高さや彫りの深さなどを調整し、全体的にバランスの取れた顔をコンピュータ・グラフィックスで合成して、シリコン樹脂で作製したという。実在の人物をモデルにすると「肖像権」が発生するが、エリカには、その心配はない。
エリカの声は「合成音声」であるにもかかわらず、英語にしても日本語にしても、ほとんど人間の発声と区別できないレベルに聞こえる。そのために、エリカのイメージに合った声優の声を20時間以上も収録し、膨大な数の単語を「音素」に分解して再合成して、完成度の高い発声に到達したという。
エリカは、身長166cmである。「空気圧アクチュエーター」によって、能動関節19カ所及び受動関節30カ所や、頭部・腕・顔面の唇などの滑らかな動きを実現する。左右の眼球にCMOSカメラ、耳内にマイクロフォンが埋め込まれ、「2次元レーザー距離センサー」で相手の位置を計測し、相手の音声を「大語彙連続音声認識エンジン」で識別し、適切な返答を検索して対話を続ける。
要するに、エリカは、人間と「違和感のない自然な対話」を行うために開発された最先端の「自律対話型アンドロイド」なのである。つまり、遠隔操作などの人為的介入を一切経ずに、完全に「自律的」に人間と対話ができる。しかも、単に会話を続けるという「言語的側面」ばかりでなく、視線、唇の動き、表情や動作などの「非言語的側面」の機能も満たしているわけである。
本書の著者・石黒浩氏は、1963年生まれ。山梨大学工学部卒業後、大阪大学大学院基礎工学研究科修了。大阪大学助手・京都大学助教授・和歌山大学教授・大阪大学教授などを経て、現在は大阪大学栄誉教授。専門はロボット工学・知能情報学。著書に『ロボットとは何か』(講談社現代新書)や『どうすれば「人」を創れるか』(新潮文庫)など多数がある。
石黒氏は、2004年に「遠隔操作型アンドロイド」を開発し、2005年の愛知万国博覧会に展示して世界から注目を浴びた。2007年のCNNニュースは「未来の世界を変える天才」の8人の中の1人として、石黒氏を取り上げている。その石黒氏が2014年から開発してきたのが自律対話型アンドロイドである。
現在、エリカは「国際電気通信基礎技術研究所(ATR)」の1階ロビーに座っている。誰かが近づくと「よかったら、お話ししていきませんか?」と声を掛け、自分の目の前のソファーに座らせる。相手の状態を観察して、初対面の人同士が話す150以上の話題から適切なものを選び対話を始める。さらに、①自分の気分、②相手への好感度、③自己開示、④わがまま度合い、⑤相手との関係性の「内部パラメータ」によって、対話にバラエティを生み出す。
本書で最も驚かされたのは、石黒氏のアンドロイドに対する研究意識の原点が人間にあることだ。「ロボット研究から学ぶ人間の本質」に始まり「自律性」・「心」・「進化」などの議論が続く本書の主題は「人とは何か」でもある!
本書のハイライト
肉体が人間の要件にないなら、人間は未来においてさらに多様性を拡げる可能性がある。人間の肉体という制約に縛られずに、自由に身体や感覚器や脳の機能を拡張することができる。……どのような人間に進化したいのか、人間一人ひとりが思い描く未来のすべてが可能性としてある。多様性を生み出す科学技術を発展させながら、それぞれがなりたい未来の人間を思い描きながら、人間の可能性を探究し、人間を理解しようとしている。いまのところ、これが人間として生きることの意味だと思う(p. 278)。
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著者プロフィール
高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。