ふらり酒の喜び|パリッコの「つつまし酒」#116
お酒が悪いのではないはず
つい最近、延長が続いた3回目の緊急事態宣言が解除され、条件つきではあるけれど、酒場で飲む楽しみが僕たちの生活についに戻ってきました。と、思ったのもつかの間、どうやら数日後にはまた、東京は4回目の緊急事態宣言に突入するようですね。そうなればまたしばらくの間、たとえひとり静かにであろうと、お店で飲むことはできなくなるでしょう。さらに先ほど、政府がアルコールの販売業者に対して「酒類提供を続ける店との取引停止要請」をするなんてニュースまで耳にしました。ちょっと信じがたい。で、そんな大変な状況のなかにあって、なんとオリンピックは開催する方向なんだって。
なんというかもう、我々庶民、そして世の飲食店経営の方々は、なんらかの精神攻撃でも受けているとしか思えません。がまんにがまんを重ね、ほんの少しだけ状況が良くなったと思ったら、直後にさらなるがまんを強いられる。いいかげんそろそろ心がぺしゃっとつぶれ、明日を生きる気力すらも持てなくなってしまうんじゃないか……。
どちらかといえば能天気な僕ですら、本気でもう、お酒=悪なのかな? これから本気で廃れていってしまう文化なのかな? と、あきらめのような気持ちが湧いてきてしまいます。
が、いやいやそんなはずはない! 僕の愛するお酒、そしてすべての酒場には、確かに希望の光が宿っているはずだ! そして僕が今できることは、そんなお酒の素晴らしさをここ、世界の片隅から訴え続けることだけだ!
というわけで今日もまた、日常における幸せなお酒の楽しみについて、みみっちく綴っていけたらと思います。
自分の感覚だけを頼りに
さて先日、新橋にある某出版社で取材を受けるという仕事がありました。すっかり地元中心の生活になり、久しぶりにやってきた酒の街。午後3時に取材が終わり、駅へ向かう道すがらの飲み屋街には、すでにちらほらと灯りのついている店が。こりゃ〜吸い込まれないほうが失礼ってやつでしょう。お酒の神様に対して。
この感じ、ものすごく久しぶりだな。コロナ以降、ついにお店で酒が飲めるぞ! という状況になっても、行くのは地元の店か、もしくはすでに知っている好きな店ばかりだった。都会の飲み屋街をこんなふうに歩いて、「どの店に飛びこんでみようかな〜?」ってわくわくするようなシチュエーションはほぼなかった。こういう飲みかたこそがいちばん好きだったんだよな、自分。ということすら、ちょっと忘れかけてましたよ。あぶないあぶない。
よし、今日はものすごく久しぶりに、自分の感覚だけを頼りに店を決め、その店にすべてをゆだねる、いわば「ふらり酒」。これをやってみることにしよう!
「立呑屋 新橋店」
ここも良さそうだな、あそこも良さそうだな、なんてニヤニヤしながら飲み屋街を徘徊すること数分。言葉では説明できないさまざまな条件が重なり、僕が「なんとなく今日はここに入ってみたい」と決めたのは「立呑屋 新橋店」というお店。
黄色地に黒のシンプルな看板、赤ちょうちんに縄のれん。まずはその佇まいが完璧。そして「立呑屋」という愚直にもほどがある店名! これで入ったら座り飲み屋だったらおもしろすぎますが、きっと素直に立ち飲み屋さんなのでしょう。「新橋店」とあるから他にも店舗があるのかな? ま、とりあえず入ってみますか!
時間が早かったこともあり、どうやら僕が口開けの客だったようです。お酒メニューにホッピーセットがあることを確認し、何はともあれ注文。すると、ホッピーと一緒に空のお皿が届きましたよ。どうやら、カウンター上のラップのかかった大皿に入った生野菜。それを好きにとってみそダレをかけるのが、この店のお通しスタイルのよう。いいじゃないですか、生野菜から始める飲み。しかもこのふとっぱらなお通し、なんと180円ですって!
それではいただきます
初めて入る酒場のカウンター。その新鮮な風景を眺めながら、今日食べることを想像もしていなかったつまみで飲んでいる。なんだろうこの、心身がリセットされる感じ。ふらり酒の楽しみってこれにつきるんだよな。あ〜生きかえる。
これぞ酒場の良さ
壁の短冊、日替わりメニューともに気になるものが多く、どれも驚くほど安い。迷うな〜。とはいえ、僕は肉豆腐類に目がなく、初めての酒場で見つければ頼まないわけにはいかない性分。まずは「煮込豆腐」をお願いしましょうかね。
「煮込豆腐」(350円)
ほうほう、いいじゃないですか。透明感あるスープの豚もつ煮込み、そこにカットされた絹豆腐がたっぷり。さらに輪切りのネギ。
まずはズズズとその汁をすすってみると、ほんのりと野性味ある香りがしつつも、ものすご〜く旨味が濃い! いや、これは僕が今まで出会ってきたなかでもかなり、個人的好き度で上位に入る煮込みですよ。そこになるほど、あんまり煮込まれすぎてないパターンの豆腐ね。やっぱりいいじゃないですか。
またこの煮込豆腐が量もたっぷりなもんで、ひと皿でホッピーのソト1ナカ2がきれいに空いちゃいまいた。ただ、せっかくだからもう1品くらいこの店のおつまみを味わってみたい。今日の気分は……よし、「油あげおろしぽん」だ!
「油あげおろしぽん」(230円)
はぁ〜、いい。家であぶらあげをつまもうと思っても、僕なら単に炙って醤油をかけるだけですよ。百歩譲って、もしどうしてもそういう気分だったら、おろしポン酢を用意するまではやぶさかではない。けれど絶対にその先はない。ところがですよ。目の前の「油あげおろしぽん」には、そこにおじゃこがたっぷりふりかけてある。さらに刻みネギまであしらわれている。このおもてなし精神こそ、酒場の良さ!
熱々のあげとじゅわっと冷たいおろしポン酢、そしてじゃこネギのアクセント。一見なんてことのないおつまみではあるんですが、油断するとわけもなく涙がこぼれてきそうな美味しさです。
梅干しチューハイ(290円)
最後に梅干しチューハイをおかわりし、じっくりとその組み合わせを堪能したら、ごちそうさまでした。
いやはや、ほんの30分ほどでしたが、なんともいい時間だった。そしてあらためて実感しました。僕たち酒飲みは、日々のなかにこういう時間があるからこそ、明日からまたがんばれるんだと。人からやっかまれるような贅沢も、誰かの迷惑になることも、なんにもしていない。今はただ、こうしてつつましくお酒を飲めるだけのことが幸せなんだと。
早くまた、そんな自由な世界が戻ってきてほしいと祈るばかりです。
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco