サッカー好きが高じてイングランドでプロのスカウトになるまで|サッカースカウトが見る現場目線のフットボール vol.1
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サッカー少年、スカウトになる
2002年からサッカーが好きだ。日本サッカー界にとっては日韓ワールドカップが開催され、初めて日本代表がW杯ベスト16に進出した歴史的な年。自分にとっては初めてサッカーチームに加入した、初めてプロの試合をスタジアムで観戦した、初めて日本代表戦を見た、サッカー人生のスタートと言える年である。
ただ、実は一番影響が大きかったのはスポーツオーソリティで父親に買ってもらった2001-2002チャンピオンズリーグダイジェストだ。いまサッカーに対して抱く愛情や捉え方は、ここで大きく形作られたのではないかと思い返すことがある。捉え方とは、「サッカーってこういうスポーツだ」という個人的な思い込み、観念のことだ。
具体的に言えば、2001-2002チャンピオンズリーグのレバークーゼン対リバプール、マンチェスター・ユナイテッド対デポルティボ・ラ・コルーニャなどのシーソーゲームをVHSで見た自分は、「サッカーとは攻撃して得点を奪う、奪われたら奪い返すスポーツ」と感じ、リスクを冒してでも責めるべきという信条のベースが作り上げられた。「サッカーの試合においては、守備的スタイルで守り切るより、ゴリゴリ攻めて点を取ることが美しい」という観念が自分の中で芽生えたのだ。
こうした「原体験」がその後の物事の捉え方に大きな影響を与えているのはきっと自分だけじゃなく、多くのサッカー人に共通しているだろう。サッカーが好きな人と話すときには、そういった部分を掘り下げると面白い。
2002年以来、自分はこのスポーツに様々な立場で関わってきた。あるときはプレイヤーとして、あるときはサッカーカードゲームのコレクターとして、あるときはハンガリーのアマチュアサッカーグループ代表として。そして現在は、イギリスのプロクラブのスカウトとしてこのスポーツに従事している。
「スカウト」とは何者か
筆者はイングランド二部所属のストーク・シティ、そしてスコットランド一部所属のマザーウェルで働くスカウトである。スカウトとはサッカー選手の発見、情報収集、評価を担当する役職のことだ。日本では選手を探してくる人=スカウトマンと呼ばれることも多いが、イギリスではスカウトという呼び方が一般的。多くのスカウトはフットボールクラブで働いているが、イギリスではフリーランスのスカウトも存在するし、データを収集するスポーツベッティング、仲介人業を営むエージェンシー、将来の広告塔を探すスポーツブランドにもスカウトが在籍している。
また、イギリスのフットボールクラブに設置されているスカウト部門は分業化が進んでおり、年代別、ポジション別、エリア別の専任が存在する。自分の正確な役割を説明しようとするとどうしても長くなってしまうが、ここではせっかくなので自分の各クラブでの役割を明確に書いておきたい。
ストーク・シティではロンドンでプレーする15歳から19歳の選手を発掘し、情報を集め、クラブにトライアルや獲得の提案をする役割を担っている。観戦対象リーグはプレミアリーグのU16やU18、U21が中心だが、レベルは問わず良い選手の情報を聞きつければどこへでも向かう。
例えば、U18プレミアリーグのアーセナルvsトッテナムのノースロンドンダービーを視察した2時間後に、観客のほとんどが選手の家族か友人という9部リーグの試合で「南ロンドンのジェイムズ・ミルナー」と呼ばれる17歳のミッドフィールダーをスカウトしていることもある。ストーク・シティでは、自分はクラブの育成機関所属となるため、現在のパフォーマンスももちろんだが、それに加えて将来性を予測しながら選手評価を行わなければならない。ちなみに南ロンドンのジェイムズ・ミルナーは確かに本家顔負けの運動量とインテンシティは垣間見えたが、闇雲にミドルシュートを打ちまくるので見送った。
マザーウェルでは、世界中のプロリーグの試合を観戦することができるWyscoutと呼ばれるプラットフォームを使用してJリーグでプレーする若手選手をリモートで追いかけながら、ロンドンの24歳以下の有望な選手を現地のスタジアムで視察している。ロンドンの選手に関していうと、視察対象リーグの上はプレミアリーグから下は6部の地域ナショナルリーグまで。それに加えて、アカデミーに所属している21歳以下の選手たちがプレーするU21リーグも対象となる。こちらはファーストチームに入る選手を探すことが求められているので、将来的に伸びるかどうかよりも現時点でのパフォーマンスを基に選手を選別する。
ストークはロンドンから北西に電車で2時間ほど行った場所にあり、マザーウェルに至ってはイングランドではなくスコットランドのクラブである。どちらもロンドンのクラブではない。自分はロンドンに拠点を置いているので、これらのクラブとは普段はリモートでコミュニケーションを取り、年間を通して数回行われるクラブ全体の勉強会の時のみ本拠地に行く。だから、自分が働くクラブの同僚と会うよりも、同地域を担当する他のクラブのスカウトと会うことの方がよっぽど多い。イングランドではスカウトに担当地域を割り当ててリモートで雇用することが当たり前で、自分もイギリスに来て5つのクラブでスカウトとして活動してきたが、シーズンを通して上司にも同僚にも直接会ったことがないこともあった。
ちなみに、自分はキャリアのスタートから自分はスカウトを目指していたわけではない。自身の経歴を見返してみると、イタリアのエージェンシーで東欧地域専門のスカウトをしたり、サッカーゲームのデータエディターとして活動したり、サッカーコンサルティングの会社で通訳をしていたりとやっていることはバラバラだ。4年前の日記帳には「10年以内にチャンピオンズリーグに監督として出場する」という目標が書いてある。当時は指導者への憧れがあり、指導していく中で見えてくるフットボールの新しい風景が魅力的だった。この目標は、当時コーチをしていたU14の女の子たちに心をボロボロにへし折られたこと、同時並行していたイングランド4部のスカウトが楽しくて仕方なかったことなどの理由でいつの間にか消えている。
イングランドはとにかくスカウトが多い
自分がスカウトを目指すことになったのはイングランドにおけるスカウト文化の豊さと触れ合ったからだと、振り返ると思う。その規模感と文化を形容することは難しいが、アーセナルのアカデミーダイレクターであるペア・メルテザッカーの言葉を借りると、”Eyes are everywhere in London.”= 「ロンドンにはどこにだってスカウトがいる」。
まずスカウトの数が多い。とにかく多い。クラブによって多少の差異はあるが、プレミアリーグのクラブであれば大体どこもアカデミーに50人近く、トップチームに20人ぐらいはスカウトがいる。マンチェスター・シティやチェルシーなどのビッグクラブはそれ以上の規模である。プレミアリーグの一つ下のカテゴリーであるチャンピオンシップも、財政規模が大きいクラブではプレミアリーグのクラブと同等のスタッフが雇われている。
スカウトが多いのは何もこうした一部や二部のクラブだけでなく、三部と四部、そしてノンリーグと呼ばれる五部以下も同様だ。自分が2021-2022シーズンにヘッドオブリクルートメントとして所属していた八部のクラブには、ファーストチームに自分を含め7人のスカウトがいた。それぞれがエリアを担当し、毎週八部〜十部の試合を視察する。大袈裟でなく、ロンドンであれば至る所にスカウトがいる。
アカデミー年代でもU7やU8からU21までリーグ戦はくまなくカバーされ、プロの世界と同様に選手情報がやり取りされている。いま自分がイングランドフットボールの特徴はなんですか?と聞かれたら、「スカウト文化が豊かであること」とまず答える。また、日本とイングランドのフットボールの最も大きな違いは何か?と聞かれても、個人的にはやはりこのスカウト文化だと感じる。
クラブ内のスカウト部門にもポジションが乱立しており、例えばストークでの自分の正式な肩書きは「Emerging Talent Scout for London」となる。Emerging Talent Scoutは主に15歳から21歳までの年代をカバーするスカウトを指す。マザーウェルであれば「Video Scout for Japan and London」となる。
それ以外にも「Pre-academy Scout」, 「Recruitment Analyst」,「Player Insight Analyst」,「Position Scout」,「Exit Scout」,「Area Coordinator」,「Data Scout」,「Technical Scout」,「First Team Scout」,「Regional Scout」,「Video Scout」,「Non-League Scout」,「Recruitment Operation Scout」,「Chief Scout」,「Recruitment Coordinator」,「Academy Game Watcher」など、数えきれないほどのポジションが存在する。イングランドはプレミアリーグのクラブでもボランティアやパートタイムのスカウトがたくさんいるため、分業化を進めることができているのだろう。
先述したように、スカウトが活動する場所は広がりを見せている。クラブだけでなく、今ではエージェンシー、スポーツブランド、データ&テクノロジーを提供する企業、サッカーゲーム、スポーツべッティンググループ、スポーツメディア、国や地域の代表チーム、民間のスカウト団体、スカウト育成学校など様々だ。アディダスのスカウトが将来の広告塔になる選手を発掘し、FIFA23のスカウトは現実とゲームのレーティングに差異がないかを確認し、民間のスカウト団体がクラブの手の届かないエリアをカバーしている。団体やチームに属していなくてもフリーランスのスカウトとして活動している人もいる。もはや誰でもスカウトになれるのだ。
スカウトを目指す人も数えきれない。大学にはスカウト学部が設立され、スカウト養成のためのコースもある。イングランドではスカウト求人が毎月のように出るが、その競争率はとてつもなく高い。プレミアリーグであれば、ボランティアスカウトと呼ばれる無給のスカウトでも一つのポジションに500人ぐらいの応募がある。パートタイムやフルタイムとなればそれ以上だ。
「サッカー学部」からどうやってスカウトの仕事を手に入れたか
大学のスカウト学部とはなんぞやと思われる方もいるかもしれないので、ここで少しイングランドの大学のフットボールに関わる学部について触れる。
イギリスの大学は多くの学部が3年制、大学院が1年制である。またフットボールの母国らしく、法学部、経済学部、医学部、文学部と同じ並びでサッカー学部なるものが存在する。サッカーの専門学校というわけではなく、普通の大学にサッカー学部が組み込まれているのだ。最近はサッカー学部も細分化されてきており、コーチング、分析、ジャーナリズム、データサイエンス、スカウティングなどの分野で専門の学部が設立されている。自分の大学時代の友人の1人はサッカー審判学部の大学院に通っている。
もちろん、卒業すれば学士号(一般的に言われる大卒)、もしくは大学院であれば修士号が与えられる。自分は去年の夏に大学を卒業し、現在はパフォーマンス分析の修士号を大学院で取得中だ。自分が通っていた大学は授業が週2日だけで、そのうちの1日は午前中のみ。大学の講義時間外では生徒がそれぞれ所属しているクラブでの活動に時間を使ったり、提携先のクラブでインターンとして活動する。
自分は在学中に英4部のマンスフィールドタウン、英一部のチェルシー、スコットランド一部のマザーウェル、英8部のベイジングストークと四つのクラブでフリーランス、もしくはインターンのスカウトとして活動してきた。
チェルシーではビッグクラブの選手発掘の方法を身近に体感し、スカウトが強い組織とはなんなのか、ということの一端に触れることができた。また、自分が初めて呼んできた選手がコブハム(チェルシーの練習場)でチェルシーのユニフォームを着てトライアルの試合に出ている時は感動して、一緒に見ていたその子の両親よりも応援してしまったし、写真を撮ってしまった。チェルシーが大人のアマチュアの試合にもスカウトを送っているということを知ったのもこの時だ。
4部ながら当時40人のファーストチームスカウトを抱えていたマンスフィールドタウンでは、イングランドのクラブで初めてスカウトとして活動を始めただけではなく、リクルートメントアナリストと呼ばれるデータを駆使して選手にフィルターをかける技術を教えてもらった。U21リーグの選手レベルを把握することができたのもこのクラブのおかげだ。
英8部のベイジングストークでは、アマチュアクラブにおけるスカウトの立ち位置を知る機会に巡り合えた。ネットには落ちている情報が少ないので、チームのコアなサポーターと飲みに行って情報を教えてもらったり、応援に来ている家族と話して生年月日を把握したりと、人と密に接する情報収集が基本だ。背番号は毎試合変わるし、メンバー表は発表されないし、得点ランキングをネットで見つけるのに半年かかったが、これはこれで充実していた。
ようやくフリーランスではなくクラブの正式なスタッフとして仕事をもらえたのは、そこから三年たった2022年の一月。ストーク・シティの当時のヘッドオブアカデミーリクルートメントであったサイモンさんにTwitterでDMをもらって、クラブに加入することとなった。普段から自分が投稿していた、6部以下で活躍するティーンエイジャーのスカウトレポートに興味を持ってくれていたみたいだ。
いつも思うが、フットボールの仕事は思いもよらないところからやってくるし、いつなくなるかわからない。学部一年生の時にアーセナルのスカウト部門でインターンをする予定だったのだが、インターン初日の朝に、自分の担当になる予定だった人がクビになった。アーセナルのヘイルエンドと呼ばれる施設に到着して、担当のスカウトに「着いたよ!」と電話すると「ごめん、俺の籍もうそのクラブにないんだ」と、聞こえるかわからないぐらいの音量で言われた。ウエストハムのスカウト求人に応募して最終選考まで残ったのにコロナで消え去ったり、チェルシーで2年間インターンをした後、面接官が全員その時の知り合いという好条件で迎えたアカデミースカウトのポジションの最終面接も「経験が少ない」という理由で落とされた。ちなみにそのポジションには、マンチェスター・ユナイテッドとクリスタル・パレスで12年間スカウトとして活動していた人が選ばれた。いや、書類選考の時点でわかるじゃん。
スカウトの仕事を得た経験について話すと、報酬が発生するオファーや給料が出る仕事はTwitterやLinkedInなどのSNS経由が自分は多かった。初めてフットボールでフルタイムの仕事のオファーをもらったのはLinkedInだったし、FIFAのゲームのタレントスカウトもTwitterから申し込んだ。この連載のオファーもTwitterで話をいただいた。周りを見ても、フットボール界でもSNS就活は起こっている。チャンスは薄いかもしれないが、もしこれからイギリスへ行くという人がいれば試してみる価値はある。
スカウトの道しるべになるために
過去の話が長くなったが、ここで少し将来の展望も話したい。キャリアの目標としてはいずれ、スポーツダイレクターやフットボールダイレクターと呼ばれるクラブ内のフットボール部門を統率するような人間になりたい。ただ、あくまでそれは自身のキャリアの話だ。より広い意味でやりたいことは、これからスカウト業界に入ってくる人たちへ少しでもパスウェイを築くこと、そして日本でスカウトの存在をもっと広めることだ。
最近は英語と日本語どちらのアカウントでも、スカウトを目指している若者から連絡をもらうことが多くなった。「スカウトになるために何をすればいいか?」とよく質問される。答えは明確で、イングランドであればとにかく何部のクラブでもいいから、スカウトをすぐに初めて試合を見に行くことだ。スカウトとして試合を見に行くとスカウト専用のエリアに通されて、他のクラブから来ているスカウトと関わる機会ができる。そこで築いたコネクションから仕事が来るのを願うことしかないかもしれない。
一般に出ている求人に応募するのもあり。ただ、よほどの経験と実績がないと数百倍の競争率はくぐり抜けられない。自分のようなSNS就活にどれくらい再現性があるのかは、正直言ってわからない。このように、スカウトになりたい人は多いが、道の進み方はいまだに偶然や幸運に依っているところが多いと思う。
スカウトという職業に関しては今のところ、資格を取るための学校に通って、卒業時に試験を受けて、その後就職するといった確立されたルートはない。スカウトを養成するためのオンラインコースやイングランドサッカー協会が管轄するスカウトライセンスはあるが、それを取得することとスカウトの仕事を獲得することのつながりは現時点では薄い。資格や必要な技術なども明確にされていない。自分はこの部分で、クラブと新しいスカウトを繋ぐガイドのような役割をできたらと思う。
また、日本でもスカウトの注目度をもう少し高めたい。スカウトを目指す人が増えて、もっと多くの選手にスポットライトが当たり、埋もれているダイヤの原石を掘り出すことができたら幸いだ。「質」の高いスカウトを育成するためにはそもそも、その職業を目指す人の「数」が欠かせない。まずはフットボールに興味がある人にスカウトという役職の存在を知ってもらい、その業務や立ち位置、やりがいに触れてもらう機会が必要だ。
そのために、この連載では主に自分がイングランドで見ているスカウトの風景を紹介し、これまで深く触れられてこなかったスカウトの実態や選手の見方、さらにはスカウト目線でイングランドのフットボールをもっと楽しむ方法などについても掘り下げていきたい。
この連載を読んで、「おっ、スカウトの仕事って自分に結構向いているのかも?」と興味が湧いて、スカウトに関心を持ってくれたら幸いだ。欲を言えば、これを読んで将来スカウトになる人が出てきてくれたらいいなと思う。