押井守+最上和子『身体のリアル』|馬場紀衣の読書の森 vol.1
学生時代を踊ることに費やしてしまったから、アニメを観るようになったのは大人になってから、日本に帰国してからだった。すっかり夢中になって、新作をあらかた観てしまうと、古い作品を漁るのが楽しみになり、そうして出合ってしまった。押井守監督の作品に。新作も旧作も、手に入るものはすべて観たように思う。
といえばオタクか、と思われそうだけれど、グッズとかキャラクターにはさほど興味がなくて、作品の趣旨や演出、入り組んだプロット、アニメならではのイメージの膨らみかたを味わうのが目的だった。押井作品は観賞者を深い迷宮へと誘いこむ。マニアックな問いをこの場で追求するつもりはないけれど、わたしたちはその先で謎を突きつけられ、謎の奥には、人間存在をめぐる問題が潜んでいる。たとえば、誰にとっても身近でありながら、それゆえに語りがたい「身体」の問題が。
押井守監督が本書で対話の相手にと選んだのが、最上和子。霊性、アニミズム、生と死などのテーマを身体という物質に落としこんだ舞踏家であり、彼の実姉でもある。舞台を何度か拝見したことがあるが、まちがいなく日本を代表する現代舞踏家のひとりだ。その踊りは、原初の舞踊を想起させる。
両人の「身体」への鑑識眼の鋭さには何度も驚かされた。生と死、人生の変化、身体の社会性、自意識の問題といった、いっけん小難しく感じられる話が姉弟の明るいリズムに乗せられて愉快に展開されていく。内輪ネタからはじまった話題が姉弟のあいだで盛りあがっていくのも読んでいて面白い。
ところで、本書を手にとるまで、この二人が弟姉であることをわたしは知らなかった。べつべつに出会った「推し」が弟姉だったなんて……しかし、妙に納得してしまう。仕事の内容も生きかたも異なるふたりのすれ違いが複数の視点で語られ、やがてひとつの世界が見えてくる。アニメを観ない人も、舞踏を知らない人も、読み終わるころにはきっと二人のファンになっているにちがいない。