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『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』本文公開②

前回の大統領選の年の6月、全く無名の男性が書いたメモワール(回想録)が刊行され、大ベストセラーとなりました。J.D.ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』です。なぜこの本が注目を浴びたかといえば、トランプ大統領の主要な支持層と言われる白人貧困層=「ヒルビリー」の実態を、当事者が克明に記していたためでした。それから4年、大統領選を前に再び本書がクローズアップされています。11月24日は、ロン・ハワード監督による映画もネットフリックスで公開されます。本連載では、本書の印象的な場面を、大統領選当日まで短く紹介していきます。

民族意識の強いアメリカ社会では、往々にして、肌の色のちがいをあらわす言葉――「黒人」「アジア人」「特権的白人」――が大きな意味を持つ。

この分類は、ときには役立つこともあるが、私の人生の物語を理解するには、さらに深く掘りさげて考える必要がある。

私は白人にはちがいないが、自分がアメリカ北東部のいわゆる「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)」に属する人間だと思ったことはない。そのかわりに、「スコッツ=アイリッシュ」の家系に属し、大学を卒業せずに、労働者階層の一員として働く白人アメリカ人の一人だと見なしている。

そうした人たちにとって、貧困は、代々伝わる伝統といえる。先祖は南部の奴隷経済時代に日雇い労働者として働き、その後はシェアクロッパー(物納小作人)、続いて炭鉱労働者になった。近年では、機械工や工場労働者として生計を立てている。

アメリカ社会では、彼らは「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(首すじが赤く日焼けした白人労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」と呼ばれている。

だが私にとって、彼らは隣人であり、友人であり、家族である。

アメリカ社会において、「スコッツ=アイリッシュ」は特徴的な民族集団の一つだ。「アメリカを旅すると、スコッツ=アイリッシュが一貫して揺るぎない地域文化を維持していることに驚かされる」と、ある著述家が書き記している。ほかのほとんどの民族集団が、その伝統を完全に放棄してしまったのに対して、スコッツ=アイリッシュは、家族構成から、宗教、政治、社会生活にいたるまで、昔のままの姿を保っている。

文化的伝統をこのうえなく大切にする姿勢は、家族や地域に対する深い愛情や、いちずな献身という好ましい側面をともなう一方で、多くの好ましくない面もある。私たちスコッツ=アイリッシュは、外見にしても、行動様式にしても、話し方にしても、とにかく文化的背景が異なる人やよそ者を好まない。

これから述べる私の人生を理解するには、私が自分自身を「スコッツ=アイリッシュのヒルビリーだ」と心の底から思っていることを、知っておく必要がある。(続く)

J.D.ヴァンス著 関根光宏・山田文訳『ヒルビリー・エレジー』(光文社)より


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