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はじめての投資信託…老後の「お金の心配」で四苦八苦|辛酸なめ子 #19

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米国株の投資信託をはじめて白髪が増えた

米国株の投資信託をはじめてから、めっきり老け込んだ気がします。

「これが今月の資産の状況です」

と、証券会社の人に手渡されるA4の紙に書かれた数字を直視するのが恐ろしく、目が自動的にピントを合わせないようにかすんできます。フォトショップのぼかしフィルターがかかったように。数字を読まないようにしているのに、「約20%の下落です」と告げられ、またさらに視界にもやがかかりました。

米国株が手堅くて利益率も高いと聞かされていたのに、オミクロン株で下がり、メタ株暴落の影響でIT系の株も引き下がって『メタり人』の心境に。ロシアのウクライナ侵攻でまたさらに下落してしまうとは。今後バイデンの発言や米軍の動き、原油価格の高騰、インフレ、ロシアの核兵器の使用などでさらに下がる危険性をはらんでいます。米国株の投資信託をはじめてから、白髪も増えた気がします。

「株には手を出すな」祖母の言葉をスルー

はじまりは21年の10月頃。証券会社から電話がかかってきて、軽い気持ちで話を聞くことに。そこで、いろいろな円グラフや表を見せていただき、低金利だし、このまま普通預金に置いておいてもインフレになった場合、貯金は目減りしている、という話を聞いて老後が心配になってきました。そして、海外では資産のうち、すぐに必要なお金以外のほとんどを投資や国債などの財テクに回している人が多いという円グラフを見せられ、さらに心が動きました。

例えば2021年3月の時点での、米国の個人の金融資産構成は、現金・預金がわずか13.3%。株式は37.8%で投資信託は13.2%、保険や年金が29%という攻めている内容です。日本人の資産構成は現金と預金が54.3%。保険・年金が27.4%で株式が10%、投資信託は4.3%、という守りの姿勢で対照的でした。狩猟民族と農耕民族の違いでしょうか?

また、アメリカの有名な資産運用会社の資料を見ると、1973年の第一次オイルショックから2020年の新型コロナウイルス感染拡大まで、全世界の株式がどのように推移していったのか、グラフで表されていました。ブラックマンデーやイラクのクウェート侵攻、リーマン・ショックなどで大きく下げた局面はあっても、長い目で見れば右肩上がりです。証券会社の人が「時間を味方につける」と言っていましたが、持ち続ければ上がっていく、と考えても良いのでしょうか。S&P500という、アメリカの代表的な500社の株価も、長期的に見れば上がり続けているそうです。

小刻みに鋭く上下しながらも上昇していく線グラフを見ていたら、世界経済は人間のエネルギーや血や涙を吸って成長していくモンスターのように思えてきました。そして、その世界の株式のうち大部分を占めるのが米国株、とのことで投資信託の内訳も米国株が多くを占めています。

契約する直前にふと、心をよぎったのは、祖母の「株には手を出さないように」という遺言的な言葉。昔、祖母の生家は六義園の近くの大和郷という地域にあったそうなのですが、親族が株で財産を失い、その家を手放すことになってしまったと聞きました。でも、便利な投資信託なら熟練のプロが運用してくれるから大丈夫だろう、と思えてきて、インナー祖母の言葉をスルーして契約することに。一応、一粒万倍日にスタートするように手はずを整えました。

開始して1ヶ月ほどは好調でした。投資信託をはじめて、世界でお金を回すことでお金のエネルギーが活性化し、金運も高まるのでは?と期待していました。株価に影響がありそうな海外のニュースなどもチェックするように。他人事ではなく世界が身近に感じられます。

ただ、12月にアメリカのケンタッキー州を猛烈な竜巻が襲ったとき、すぐ株に影響がないか調べてしまった自分は、人間の心を失いかけているかもしれない、と反省。結局竜巻は米国株には影響なかったのですが、変異ウイルスの「オミクロン株」が拡大した時は、株価が急落してしまいました。「オミクロンショック」と呼ばれる状況です。このとき、焦ってロト6を購入。気功のセッションを受けた人が、この数字が来ると教えてくれて、その数字で買ったのですが、かすりもせず……。お金の問題はお金で解決しようとしても、ドツボにハマる、と学びました。

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「資産運用EXPO」に足を運んでみると……

オミクロンショックで資産が減って不安が増大しはじめた頃、「資産運用EXPO」というイベントを発見。株式、不動産、保険など投資商品が一堂に会する見本市です。会場は東京ビックサイト。行ってみたらわりと混雑していて、コロナ感染が心配になりました。

通路に並んでいる、資産運用商品を扱う会社の方々が、「こんにちは〜不動産投資です」などと言いながら積極的にパンフを渡してくれます。投資というと、株式とか不動産くらいしか知らなかったのですが、会場を回っているといろいろな商品があることがわかりました。

たとえばカンボジアに2024年にオープンする大型商業施設に投資する案件。好きな国なので興味を引かれました。「蓄電池投資」というのもはじめて知ったジャンルです。自動車メーカーの蓄電池を再利用する投資のようです。チラシには「実質利回り6%」と書かれていました。

気になったのはコンテナ温室でしいたけを育てて販売する,という投資です。「農業投資 しいたけで実利周り10.8%」という景気のいい貼り紙が。そこまで需要があるのでしょうか?かなりの利率ですが、個人的にしいたけが苦手という問題が……。

他にもフィリピンやドバイの不動産投資や、株やFXを学べる投資スクールに誘導する、というビジネスも。副業についてのスクールのブースに立ち寄ったら、「自分に合った副業を見つけよう」という散布図がモニターに表示されていました。「勇気大」「資産多」なのが「不動産投資」「FX投資」などで、「勇気小」「資産少」が「ライティング」など……。自分の仕事がそのように位置づけられているとは。さらに敗北感を高めたのは、入り口で配られた「無料ドリンク引換券」です。地図を見て配布場所を探したのですが何回回っても見つからず……。これだけで少し損した気分です。

会場で最も熱気を感じたのはNFT(暗号化された非代替性トークン)や仮想通貨のコーナー。若くて億万長者になったらしい男性たちがトークしていました。ロレックスらしき金時計をギラギラさせた茶髪の男性は、寿司屋で月収15万円で働いていたのが、ある仮想通貨を購入したら「一撃で2億円以上」の利益を出し、寿司屋を辞めたそうです。やりがい的には寿司屋の仕事も良かった気がするのですが……

「仮想通貨は運です。一発当てれば何とかなってしまう」

とのこと。

市場はこれからも伸びていくことが予想されるそうです。今は投資についてのスクールを運営しているそうで、LINE登録したらNFTについての本がもらえると宣伝。人々が群がって本を受け取っていました。

そのスクールのブースでは

「これからはメタバースで世界が変わります!」
「NFTで個人が証明できるんです!」

など、希望にあふれた言葉が聞こえてきました。NFTの本をもらったおじさんがひとり笑顔で読んでいました。不労所得への夢が広がります。しかし、オミクロン・ショックで資産が減っている今、リスキーな投資に手を出す気力はなく、何も登録せず帰宅。

「ウクライナ危機」が追い打ちをかける

そして2月、今度は世界的に緊急事態な、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発。原油高騰や利上げへの懸念も重なって、またもや株価が急落。

もう怖くて今の資金を確認できません。

有形資産よりも無形資産を大切にしたい……とかつぶやいて心の平静を保とうとしています。株をやっている知人に「銃声が聞こえたら株を買え」という怖い格言を聞きました。そこまでの、松居一代さんのようなメンタルにはなかなかなれません。また、「 VIX(恐怖)指数」という投資家の警戒心を表しているような指数が上昇すると、株の買い時という説もあり、通常は10くらいなのが、今は30くらいまで上がっているそうです。

やはり株式市場は人々の恐怖を吸収して成長している魔物なのでしょうか。

株式市場は悪魔が作ったのではないかと思います。本格的な戦争が始まってしまったり、プーチンが核兵器を発動でもしたら、さらに暴落、というか人類の危機で株価どころではなくなってしまいます。

今は本気で世界平和を祈る日々です。

世界の有事に一喜一憂して共感できるようになったのは、投資のおかげかもしれません。同じく米国株を保有している人々と共に,苦境を乗り越えていきたいです。

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今月の教訓

海外の株式を購入するとグローバル意識が高まり、世界のニュースを対岸のできごとと思えなくなります。多少損しても、学びの機会に……。

著者プロフィール

辛酸なめ子(しんさん なめこ)
1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『大人のコミュニケーション術』『新・人間関係のルール』(光文社新書)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『霊道紀行』(角川文庫)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、最新刊に『女子校礼讃』(中公新書ラクレ)がある。

好評既刊『新・人間関係のルール』

好評既刊『大人のコミュニケーション術』

『新・大人のマナー術』バックナンバー


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