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「適材適所」ではなく「適所適財」。いま日本企業に必要な考え方|髙倉千春

昨今、「ジョブ型雇用」「人的資本経営」「ウェルビーイング経営」など、主に人事関係の話題が世を賑わせています。しかし、言葉だけが独り歩きし、単に流行として取り入れるだけになっていないでしょうか。約四半世紀にわたって外資企業と日本企業で人事の仕事に従事してきた髙倉千春さんは、「人事課題が注目されることは喜ばしいことですが、表面的に解決するだけでは意味がありません」と語ります。個人が主役となる組織とは一体何なのか。髙倉さん初の著書『人事変革ストーリー』発売を機に本書の「はじめに」を公開いたします。

自己紹介の代わりに、私のキャリアについて少しお話ししたいと思います。

40年前、大学を卒業したときは男女雇用機会均等法施行の前でした。当時、女性の就職先は限られていて、サポート業務ではなく本格的に働きたいと考えていた私は、「せっかく働くのであれば、国のために働きたい」と思い、短期間働いた民間企業を辞め、公務員の道を選びました。

農林水産省に入省したのは1983年のことです。当初は経済局の国際部という部署に配属されたのですが、しばらくしてチャンスが訪れました。それは、牛肉・オレンジの輸入自由化をめぐる日米の交渉。所管の国際経済課に異動して日米交渉の場を間近で見ることができたのが、私の視野を大きく広げてくれました。

詳しくは本文に譲りますが、私はその後の自分のキャリアのことも考え、MBAを取得するためにアメリカ留学を決意しました。そしてMBAを取得した後、コンサルティング会社を経て、複数の外資企業で人事の仕事に携わり、その後は一転して日本企業でグローバル戦略や新規事業の推進を踏まえた人事制度の改定を推進する役割を担わせていただきました。

そして、キャリアの最終フェーズに入り、自ら独立して起業したいと考え、新たなスタートを切ったところです。

自分自身のキャリアを振り返ると、まず、20代の農林水産省勤務時代は、当時成長ステージにあった日本が貿易不均衡から農産物輸入を迫られた日米通商交渉の事務方を経験することで、貴重なマクロ視点を蓄積できたと考えています。その後の留学を経て、30代になってからは、戦略コンサルティング会社でビジネス全体を俯瞰する思考を得ました。

40代が見えてきた頃、どんなに素晴らしい戦略も「それを推進するには人材が重要だ」と考えて人事領域にキャリアを転じ、思い切って飛び込んだ外資企業では、外資特有の考え方を体得しました。さらに50代に入ってからは、将来のグローバル化と新規事業を模索する日本企業に入り、人事変革が持つ重要な役割についての深い考察とその実践をする経験を得ました。

私は約四半世紀にわたって外資企業と日本企業で人事の仕事に従事してきたのですが、自分自身の歩みを今振り返って思うのは、変化の激しいこれからの時代には、私たち一人ひとりが主役になり、学びと挑戦を繰り返し、互いに連携しながら事業や社会の課題に取り組んでいく必要があるということです。

最近、「適所適財」という言葉を耳にしたり目にしたりはしないでしょうか。適材適所ではなく、「適所適財」。実はこの人事のキーワードをつくったのは、私が理事・グローバル人事部長を務めていた味の素の人事チームのメンバーでした。

これも本文に詳しく書いているのでお読みいただきたいのですが、2010年代後半、世界的にビジネス展開する味の素は、グローバル人事制度において「適所適財」へのパラダイムシフトを打ち出しました。簡単に言えば、戦略上必要なポジション(適所)に最適なタレント(適財)を任用、登用していく、そういう動的な人財マネジメントへの転換を図ったのです。国内外合わせて約1200のグローバル・キー・ポジションについてのジョブディスクリプションを作成し、そこに適財を割り当てていく方針を定めました。その結果、世界中から優秀な人財を探し出せるようになり、ダイバーシティの強さを出せるようになったのです。

従来は、「適所」をつくり、そこに入れられた「人」が自らそこに当てはまるように努力するのが常でした。しかし、これでは本人の能力や資質がマッチしなかったとき、求められるパフォーマンスを発揮することができません。変革のスピードが求められる中で、必要なポジション要件を特定し、その「適所」に対していかに適した「人財」を任用、登用するか。グローバル規模で「所」と「人」をマッチさせる必要があり、そのためには「所」を明確にするだけでなく「人」が自ら輝くように各自のキャリア上の志と強みとなる特性を明示していくことも重要となります。

では、多くの組織、特に日本の組織はどうでしょうか。よく見られるのは、「適所」が明確になっていても、「適財」が明確になっていなかったり、「人」も自ら自分を明確にしようとしなかったりするところです。正直に言うと、日本の組織風土にはまだまだ多くの課題があると感じています。

たとえば、私たちは仕事の場で自己主張がきちんとできているでしょうか。服装や働く場所に関する個人の選択の自由度は増しましたが、肝心な、自分の考えをきちんと発信できているでしょうか。私から見ると、やはりどこかで場の空気を妙に読んでいるように思います。それはリスクテイクを減らすための行動のように見え、日本の組織の危うさを感じます。組織でも、私を含めた人事のリーダーたちは今、個人が主役の時代であること、個人と企業は「選ぶ・選ばれる」関係であること、個人と社員はともに成長する存在であることを語り始めています。

ここで、経営学者として著名なピーター・ドラッカー氏の言葉を紹介したいと思います。

The purpose of an organization is to enable common people to do uncommon things.

普通の人が普通でないことをやり遂げることを可能にするのが組織の狙い、それが組織の醍醐味だということです。

最近のメディアを見ると、「ジョブ型雇用」「人的資本経営」「リスキリング」「キャリアオーナーシップ」「パーパス経営」「ウェルビーイング経営」など、主に人事関係の話題で毎日のように賑わっていますが、私は単なる流行で終わっていないか心配です。人事課題が注目されることは喜ばしいことですが、表面的に解決するだけでは意味がありません。個人が主役となる組織とは一体何なのか。その最重要観点を見失ってはならないのです。

天候の予測が難しい航海の中で、会社という船を持続可能な状態で運行し、乗組員である社員一人ひとりのやる気を引き出すためには、これまでと違う知恵が求められます。

私はこれまで、船が誤った方向に向かないように、そして乗組員である社員一人ひとりが活き活きと活躍できるように、紆余曲折を経ながらも人事制度の策定に邁進してきました。この私の経験が、これからを生きる人たちに少しでも役に立てば、あるいは人事や人材といったテーマを考えるうえで参考になればと思って本書の執筆を決意しました。

人事担当者だけでなく、将来に向けて新しい価値をつくり出そうと挑戦する気持ちを持った多くの方々の参考になれば幸いです。

人事は「旅(ジャーニー)」にたとえられるように、人の生き方に直結する深い内容をともなっています。本書で、変革のジャーニーにご一緒できれば幸いです。

それでは、出発しましょう。

目次


序 章 いま、企業人事は何を問われているのか
第 1 章 霞が関からMBA、そしてコンサルタントに
第 2 章 グローバルHRプロフェッショナルへの道
第 3 章 適材適所から適所適財へ
第 4 章 ジョブ創出型企業の挑戦
第 5 章 組織変革への道のり
第 6 章 今後の人事はどうあるべきか
終 章 私の「転職論」

著者プロフィール

髙倉千春(たかくらちはる)
高倉&Company合同会社共同代表。津田塾大学(国際関係学科)卒業。1983年、農林水産省入省。90年にフルブライト奨学生として米国ジョージタウン大学へ留学しMBAを取得。帰国後、コンサルティング会社で新規事業、組織開発に関するプロジェクトを担当。その後、九九年、ファイザー、2004年、ベクトン・ディッキンソン、06年、ノバルティスファーマで人事部門の要職を歴任。14年より味の素理事グローバル人事部長としてグローバル人事制度を構築、展開。20年よりロート製薬取締役、22年、同社CHRO(最高人事責任者)に就任。23年現在、ロート製薬戦略アドバイザー、日本特殊陶業、野村不動産ホールディングス、三井住友海上火災で社外取締役を務める。

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