若者が社会を変えられる国にするための処方箋|室橋祐樹『子ども若者抑圧社会・日本』
はじめに
このままだと、「テロ」が新しい政治参加の手段になってしまうのではないか。
2022年7月、安倍晋三元首相が銃撃され、そのように感じていたところ、嫌な予感は当たった。2023年4月15日、岸田文雄首相(当時)が衆院和歌山1区補選の応援演説会場を訪れた際、演説台に向かって爆発物が投げ込まれた。幸い、大きな事故にはつながらなかったが、危機一髪な状況であった。
報道によれば、当時24歳の容疑者は、日本の被選挙権年齢や供託金の高さに強い不満を持ち、2022年6月に訴訟も起こしていたようだ。
近代社会が手にした、非暴力的な手段で社会を変える「民主主義」ではなく、暴力的な行為で社会を変えようとする。それは民主主義の放棄を意味し、人類の叡智を捨てるようなものだ。しかし、日本において、今後こうした政治的暴力事件が続いてしまうのではないかと懸念している。なぜなら、日本の教育では、非暴力的に、民主的なやり方でどう社会を変えられるかを十分に教えていないからだ。
もちろん選挙の基本的な仕組みは教えているが、投票部分に焦点が当てられすぎており、具体性は乏しい。他の先進諸国で教えているような、政党の違い、具体的な政策決定過程、立候補者としての出馬の方法や候補者の支援の方法、ロビイング(陳情)やデモ、メディアの活用など、「社会の変え方」は教えていない。
また「子どもの権利」についての教育はほとんどなく、実践の場を用意することもないため、「自分は社会を変えることができる」という感覚が極めて乏しい。結果的に、政治に参加する人は少なく、諦め感が漂っているのが現状だ。
一般市民が政治に関わらなくても、生活が比較的安定していたこれまでの日本社会だったらそれでも問題はなかったかもしれない。しかし、今の日本が衰退しているのは誰の目から見ても明らかであり、今後生活に苦しむ人が多く出てくることは想像に容易い。
そうなってくると、「社会を変えたい」という欲求が高まってくるわけだが、その時に、民主的な形で社会を変える方法を知らなければ、暴力的な手段を行使するかもしれない。
ネット上でよく言われる「無敵の人」の誕生である。無敵の人とは、社会的に失うものが何もないために、犯罪を起こすことに何の躊躇もない人を意味する。
こうした暴力を防ぎ、日常的に変化を起こしていくために必要なのは、民主主義の強化であり、若者に権限を与えていくことである。一部の人たちだけで勝手に決めていくのではなく、対話を通して、様々な人々の課題や不満を日常的に解消していく。そして、新しい価値観を持った、これからの社会を担う若者が意思決定に参加できるよう、権限を渡していく。現状、日本の政治は高齢者が大きな権限を持っているが、若者は25歳あるいは30歳になるまで、選挙に出馬することもできない。被選挙権年齢が25歳と30歳に設定されているからである。
ジェンダーや多様性、テクノロジーなど、変化の激しい時代になっているにもかかわらず、新しい価値観や経験を持った若い世代が意思決定に関われていない。それこそが、日本の低迷の大きな理由ではないだろうか。
政治の話だけではない。学校では、理不尽な校則(以下、ブラック校則)を押し付ける、部活動に強制的に加入させる、子どもは大人の言うことを聞くだけ、といった旧態依然とした学校の姿が根強く残っている。結果的に、自分の意見を積極的に言う人は少なく、「生きる意味」がわからない、目立ちたくない、リスクを背負いたくないという空気が充満している。そんな若者にとって抑圧的な日本社会を変えることが今最も必要な日本の処方箋である。
筆者は、若者の声を政治に反映させることを目指して政策提言などを行う若者団体である日本若者協議会の代表理事として、被選挙権年齢の引き下げや子どもの権利保障、ジェンダー、気候変動など、様々な若者政策を訴え、実現に関わってきた。そうした経験から見えてきた日本の課題、そして、それを変えるための具体的なグランドデザインを、海外事例も参考にしながら、示したいと思う。
目次
著者プロフィール
室橋祐貴(むろはし・ゆうき)
1988年、神奈川県生まれ。
慶應義塾大学経済学部卒。同大学大学院政策・メディア研究科修士課程中退。大学在学中からITスタートアップの立ち上げに携わり、BUSINESS INSIDER JAPANで記者、大学院で研究等に従事。専門・関心領域は政策決定過程、民主主義、デジタルガバメント、社会保障、労働政策、若者の政治参画など。
2015年、若者の声を政治に反映させる「日本若者協議会」を設立。同団体の代表理事として活動。超党派の若者団体として、政治・政策への提言などを行う。
文部科学省「高等教育の修学支援新制度の在り方検討会議」委員。