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【第23回】なぜ日本の司法では「正義」が見失われるのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

裁判官が「檻の中」に閉じ込められている理由

福井地方裁判所の樋口英明裁判長は、2014年5月21日、大飯原子力発電所の運転差止を命じる判決を下した。しかし、2018年7月4日、名古屋高等裁判所金沢支部は、この判決を取り消し、大飯原発は再稼働している。

樋口裁判長は、2015年4月14日には高浜原子力発電所の運転差止仮処分を命じた。ところが彼は、同年4月付で名古屋家庭裁判所に異動させられた。入れ替りに赴任した3人の裁判官は、2015年12月24日に関西電力の保全異議申立を認め、仮処分を取り消した。そこで高浜原発も再稼働した。

この3人の裁判官は、いずれも「最高裁判所事務総局」の勤務経験があり、「仮処分を取り消すという方向でのなりふりかまわぬ送り込み人事であることは、間違いないだろう」というのが、本書の指摘である。

本書の著者・瀬木比呂志氏は、1954年生まれ。東京大学法学部在籍中に司法試験合格、卒業後は東京地方裁判所、最高裁判所事務総局民事局、大阪高等裁判所、那覇地裁、千葉地裁、さいたま地裁などの判事を経て、現在は明治大学法科大学院教授。専門は民事訴訟法・法社会学。『絶望の裁判所』(講談社現代新書)や『黒い巨塔』(講談社文庫)など著書も多い。

さて、樋口裁判官が異動させられたのは「みせしめ・警告人事」のためだった。要するに、日本の裁判所は、最高裁の意向に従わない裁判官は左遷させられ、最高裁の意向に添った判決を出せば順調に昇進する構造になっている。その人事権を「最高裁判所事務総局」が掌握しているわけである。

日本の裁判官は、大学時代に司法試験に合格して40年間務めた場合で考えると、10年目に判事になる頃に年収1千万を超え、25年目に地裁裁判長になれば2千万円、最高裁判事で3千万円になる。定年後の天下りや公証人収入などを合算すると、生涯収入は7億円から8億円にもなるという。

本書の帯には「国家に“人事と金”を握られ良心をねじ曲げられた『囚人』」すなわち「裁判官」が「冤罪を生み出す!」とまで表現されている。実際に本書は、足利事件をはじめとする冤罪事件、原発や辺野古訴訟、死刑や夫婦別姓などに対する最高裁の「および腰」を分析し痛烈に批判している。

本書で最も驚かされたのは、自己の「良心を貫く判決を書ける裁判官」の割合について尋ねられた瀬木氏が「5ないし10パーセント」と答えると、それを尋ねた「優秀な若手弁護士」が「私もそう思います」と言ったというエピソードである。つまり、日本の裁判官の90パーセント以上は「良心を貫く判決」を書けないというのである。これは驚愕の実態ではないか!

日本の裁判官が「大事件」から逃れようと立ち回る様子も描かれている。大事件を担当すると「準備が大変で訴訟指揮も難しい」うえに、記録書類がロッカーを一杯にするほど膨大になり、それらを精査して判決を書くのに苦労する。しかも、市民感情に沿った果敢な判決は必ずしも評価に繋がらず、むしろ上層部から睨まれる「失点」になりかねない。このような裁判官の「官僚的傾向」を適切に批判し監視しない限り、改善は望めない!


本書のハイライト

残念ながら、比較法的にみても、日本の裁判所は、「あまりにも『権力チェック機構』としての性格が弱すぎ、あまりにも『権力補完機構』としての性格が強すぎる」といわざるをえないと思う。それが事実だ。日本の裁判所は、こうした意味でも、世界標準から大きく外れている…。そして、その原因の一つは、裁判官の「昇進」、「出世競争」、「異動」を当然のこととしている日本特有の年功序列型キャリアシステムなのである。(pp. 12-13)

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著者プロフィール

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高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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