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これぞ大人の秘密基地!「マイ酒場」を作る(つつまし酒 #57)

晩酌の幅を広げるバリエーション

 毎日家にこもって晩酌をしていると、つまみやお酒にあれこれ工夫を凝らしても、やっぱりマンネリ化の波はやってきます。そこで気分を変え、ベランダに出て飲むのが最近の定番だったのですが、あまりにもそこで過ごしすぎていたせいか、最近ベランダの特別感すら薄れ、日常の一部になりはじめている。単に「開放感のあるいつもの部屋」にしか思えなくなってきた。
 飲み食いするものに加え、シチュエーションのバリエーションもいかに増やすか。何も大げさなことじゃなく、例えば晩酌用に1枚お盆を手に入れるとか、酒場っぽい栓抜きを手に入れるとか、そういう小さな積み重ねが、圧迫感のある日常生活を少しでも豊かにするんじゃないか、なんて思いを強くする昨今です。

 スーパーへの日用品の買い出しには、相変わらず定期的に行っています。ただ、これまたいつも決まったお店になりがち。そこで気分を変え、ちょっと遠いので、普段はあんまり行かないスーパーに足をのばしてみることにしました。すると当然のことながら、行き慣れたスーパーとは品揃えがぜんぜん違う。これも晩酌の幅を広げる選択肢のひとつだなと、嬉しくなりながら買い物をした帰り道、これまで一度も入ったことのない、古い酒屋の前を通りかかりました。
 店頭に「ホッピー」のポスターが貼ってある。ホッピーか……そういえばしばらく飲んでない。あんなに好きだったのに、店でしか飲む習慣がなかったもんで、すっかりごぶさたしてしまっていたな。よし、赤黒1本ずつくださ~い! お会計をし、店内の一角にずらりと並んだビールケースを見た瞬間、突然思いました。
「あのビールケース、ひとつ欲しい!」と。
 そこで、自分としてはけっこう思いきって、その場で店主さんに聞いてみたんですね。「家にああいうビールケースが欲しい場合、どういう方法がありますか?」と。そしたらなんと、「保証金としてひとつにつき200円(税込220円)を払えば、好きなの持ってっていいよ」とのこと! ビールケースって、そんなに気軽に手に入るものだったんだ!
 ただ店主さん、「昔ながらのガンコ親父がやってる酒屋で『ケースだけなんてケチな商売ができるか!』なんて人もいるからね。うちの親父がまさにそう。だから、もしいらなくなって返しにくるときは、親父じゃなくてオレがいるときにしてね(笑)」なんて言ってたので、厳密にはお店次第ということでしょうか。

仕事場にポータブル酒場を作ろう

 そもそも、なんでビールケースなんて欲しいの!? とお思いですか? ずっと漠然と憧れてたんですよ。大衆酒場の、ビールケースで作ったテーブル&椅子のセット。あれの簡易版が作れないかなと、急に思いついたわけです。
 僕は現在、家の近所にあって、以前『酒場っ子』という著書を出してもらったこともある、「スタンド・ブックス」という出版社にデスクをひとつ借りて、仕事場とさせてもらっています。出版社といっても規模は小さく、平家の古い民家をリノベーションした建物をごく少人数で使っているという感じ。丸1日、自分以外の誰とも会わないなんて日も多く、いわゆる「三密」とは程遠い環境というわけですね。加えて、人通りの少ない裏道を通って通え、仕事の環境も整っているので、自宅でのテレワークが主流の昨今においても、ここだけは便利に使わせてもらっています。
 そこで思った。自宅のベランダもいいけど、この事務所のほうがよりビールケースが似合うんじゃないか!? そうだ、事務所の自分専用スペースに、必要な時だけ出現させられ、サッと片付けることもできる「マイ酒場」を作ろう! と。

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手に入れたビールケースをよ~く磨いて

 さっそく事務所に運びこみ、この辺かな~? なんて位置にセッティング。テーブルには、使わずに1枚だけ残っていた棚板がぴったりそうだ。頭上に、ちょうど先日手に入れたところだった、オリオンビールの提灯を吊るしてみます。わはは、世界最小単位の酒場って感じで、すごくいい。仕事がひと段落したら、駅前でお酒とつまみを買ってきて、試しに一杯やってみるしかない!

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いい酒場になる予感

久々の三冷ホッピーにしんみり

 美味しそうなのはもちろん、「酒場っぽさ」も忘れずに重視しつつ、地元の豆腐屋「板屋豆腐店」で寄せ豆腐(250円)、ローカルスーパー「まなマート」で、マグロの刺身(500円)と、ナスの揚げびたし(280円)を購入。ついでに百均でそれっぽい食器類もいくつか購入。瓶ビールもあったほうが気分が出るな……。

 いよいよ準備が整いました。瓶ビールの王冠を栓抜きでコンコンッと2回叩き(儀式)、シュポンと開栓。用意しておいたビールグラスにトクトクと注ぎます。うんうん、いい比率。では、初のマイ酒場飲みに乾杯! 小さなグラスのビールをひと息に飲み干す。くぅ~、うますぎる! 視線をテーブルに落とす。うわ、酒場だ! いや、何から何まで自分でセティングしたわけなんですが、それにしてもしばらく目にしていなかった、家飲みとはまた雰囲気の違う酒場っぽい光景。やっぱりテンションが上がりますね。

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家ではあまり作らないナスの揚げびたしが、
絵的にとてもいい仕事をしている

 まずは豆腐をひと口。しっかりとした大豆味に薬味と醤油が絡み合い、夏が来た! って感じがするな。
 ちょっと奮発しただけあって、とろりとろけるマグロがうますぎる。僕はふだん、晩酌で刺身を食べるときは、とにかく大葉をたっぷり用意して、ひと切れずつに巻いて食べるのが好きなんですが、今日は1枚しかないのが、逆に店っぽくていい。3等分くらいにちぎって大切に使うことにしましょう。
 ナスもうまいね。あっさりめの醤油味がじゅんわりと染みてて、ショウガのアクセントがいい仕事をしてて。え? これで280円? はは、安いな~この店……。

 ビールの次はもちろんホッピー。酒屋で買ったホッピーと焼酎、さらにはキンミヤ焼酎ロゴ入りのホッピー専用グラスも、もちろん冷やしてあります。つまり、由緒正しき「三冷ホッピー」を、今から飲んでしまおうというわけ。
 霜の張ったグラスの、25°の目盛りのところまで焼酎を入れたら、勢いよくホッピーを注ぐ。うやうやしく眺め、いざ、ゴクリ……あぁ、この味だ。久しぶりに飲む酒場の味。スッキリと飲みやすくて、だけどコクがあって、何より、体になじんだ味……。

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机の上がだんだんごちゃついてくるのも店っぽい

 BGMは、裏の公園で遊ぶ親子の楽しそうな声に、たまに通り過ぎるスクーターの音、心地よく通り抜ける風に乗って届く電車の音。
 あぁ、ここはまごうことなき酒場だ。自分だけのマイ酒場。楽しいけれど、これまでに行った無数の酒場のことを思い出してしまって、ちょっとだけ寂しくもあるなぁ。

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見上げた視界もなかなかの風情
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco


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