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哲学できないビジネスパーソンは絶対に生き残れない。『ヘーゲル哲学に学ぶ 考え抜く力』全文公開②

こんにちは。『ヘーゲル哲学に学ぶ 考え抜く力』の「はじめに」全文公開の後編記事です。本書は、混沌の時代を生きるビジネスパーソンにこそ手に取っていただきたい、実践的哲学書です。その難解さゆえに敬遠されがちなヘーゲル哲学の神髄を、新進気鋭のヘーゲル研究者・川瀬和也氏が卑近な例や平易な言い回しに還元し、哲学の基礎知識のない読者にもわかるよう軽やかに解き明かしていきます。今回は「はじめに」全文公開の後半に加え、詳細な目次を公開します。

「はじめに」全文公開前半の記事はこちら👇

◆はじめに 哲学を学んで何の役に立つのか? 後編

ヘーゲルのプロフィール

 このあたりでそろそろ、本書の主役となる十九世紀ドイツの哲学者、ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel)について、簡単に紹介しておこう。ヘーゲルは、一七七〇年、南ドイツの都市シュトゥットガルトに生まれた。一八〇七年、三十七歳のとき、彼の著作の中で最も有名な『精神現象学』を公刊する。一八一二年から一六年にかけて、知名度では『精神現象学』に劣るが、こちらも重要な『大論理学』という本を三分冊で公刊。晩年には権威あるベルリン大学で総長まで務めている。『歴史哲学講義』『美学講義』といったベルリン大学での講義録も有名だ。その後、一八三一年に当時流行していたコレラに罹患して、六十一歳で急死している。

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ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(1770~1831)
Jakob Schlesingerによる肖像画

 ヘーゲルは、紆余曲折ありながらも、激動の時代を概ね上手に渡り歩いた人、と言える。近代以後のドイツでは、どちらかというと南の方が田舎で、北の方が都会である。ヘーゲルが生まれたシュトゥットガルトは決して小さな街ではないが、現代の日本に無理になぞらえるなら、福岡あたりの地方都市から少しずつ出世して、最終的に東京に出てきて大成功を収めた、というのがヘーゲルの人生の大まかなストーリーとなろう。このサクセスストーリーにあって、それでも彼の人生が紆余曲折に満ちていたことをわかりやすく示しているのが、生涯における転地の多さである。ヘーゲルは実に八度にわたって、住む場所を変えている。職を求めて各地を転々とする様は、大学予算の削減にあえぐ現代の大学教員を彷彿とさせる。そんな中で最終的にベルリン大学総長にまで上り詰めたヘーゲルは、才能と強運の両方に恵まれていたと言えるだろう。

 もう一つ、ヘーゲルの人生を語る上で欠かすことができないのが、彼が生きた時代背景である。一七七〇年から一八三一年までの生涯における世界史上の大事件と言われれば、歴史に詳しい方ならピンとくるだろう。フランス大革命とナポレオン戦争がそれである。一七八九年のバスティーユ襲撃、それに続く国王ルイ十六世の処刑と恐怖政治、一八〇四年の皇帝ナポレオンの戴冠、ナポレオン失脚後の各国の処遇が決められた一八一四年のウィーン会議まで、フランス革命後の戦乱の時代が、ヘーゲルの生涯にすっぽり含まれている。ドイツでも、シュタインとハルデンベルクに主導された国政改革が行われた、激動の時代であった。年齢を数えてみれば、ヘーゲル十九歳の年にフランス革命が勃発し、三十代で脂ののった時期にナポレオン戦争を経験、晩年には権威ある立場で国政改革に立ち会ったということになる。

 これ以上深入りすると本書全体の主旨が変わってしまうのでこれくらいにするが、ここで強調したいのは、ヘーゲルが革命と戦乱の時代を巧みに生き抜いて成功を収めた人だ、ということだ。哲学者というと、生前には誰にも理解されず浮世離れした人生を送った、というイメージがあるかもしれないが、これはヘーゲルには全く当てはまらない。むしろヘーゲルは、猛スピードで移り変わる時代に機敏に対応する中で、思索を積み上げていった。

 最後に、哲学史や世界史の中でのヘーゲル哲学の位置にも少し触れておこう。哲学史の教科書などでは、ヘーゲルは「近代哲学の完成者」と言われることが多い。また、世界史の中では、ヘーゲルはマルクスの社会主義思想に影響を与えたことで知られる。ヘーゲルがいなければ、冷戦もソ連もなかったかもしれない。一方で、マルクス主義が大きな歴史のうねりを作り出したことには、ヘーゲル哲学の理解の仕方をゆがめてしまった側面もある。現代では、マルクス主義やその他の「手垢」を取り払って、ヘーゲル本来の姿を明らかにしようとする研究が主流となっている。

 ただし、本書の主眼は、読者の皆さんに哲学史的な知識をお伝えすることではない。そうではなくて、ヘーゲル哲学を通じて、現代を生き抜くためのヒントをつかんでいただくことが本書の目標だ。したがって、哲学史的な話題には、どうしても必要な場合を除いて、あまり深くは立ち入らない。ここではさしあたり、ヘーゲルが西洋哲学史上の、そして世界史上のビッグネームであるということを理解していただければ十分である。

本書が目指す「考え抜く力」

 本書は、ヘーゲルの哲学を通じて、読者の皆さんに「考え抜く」ことの重要性を実感していただくことと、「考え抜く」経験値を積んでいただくことを目標としている。「考え抜く」ことは、「アナロジー思考」や「アンラーン」にも通じる、哲学の基本スキルである。ヘーゲルは、考え抜くことを通じて、西洋哲学に変革をもたらし、現代に至るまで大きな影響を与えてきた。読者の皆さんには、このことを感じていただくと同時に、それを通じて社会人として一つ上をいく「考え抜く」スキルを身につけてほしいと思う。

 とはいえ、なぜヘーゲルを学ぶことが「考え抜く」という社会人スキルに結びつくのか、いぶかしく思われる読者もいるだろう。そこでまずは、哲学が得意とする「そもそも論」から始めてみよう。つまり、「考え抜く力」がそもそもなぜ重要なのかを考えてみたい。そのあとに、哲学やヘーゲルを学ぶことが皆さんを社会人として成長させてくれると説得したい。

「考え抜く力」というスキルは、私が勝手に言っているものではない。経済産業省が提唱する「人生100年時代の社会人基礎力(以下、「社会人基礎力」)」の一つにも数えられているスキルだ。経済産業省は、「考え抜く力」をさらに細分化した形で具体的に必要なスキルを列挙しているが、そこには、「問題発見能力」、「システムとして物事を考える力」、「見えないものが見える力」、「高い倫理観を持ち正しい選択をする力」、「抽象思考力」等の、哲学と深い関わりを持つスキルが含まれている。また、経済産業省が強調する「人生100年時代」においては、これらのスキルを伸ばすために「何を学ぶか」、「どのように学ぶか」という観点が重要になるとも指摘されている。

 そして、私の考えでは、哲学はまさにこれらのスキルを伸ばすために学ぶべきものであり、これらのスキルを身につけるための学びの手段を提供できるような学問である。哲学は「考え抜く」ことを最も重視する学問だからである。

 考え抜くために最も重要なことは何だろうか。科学や文化に関する知識・教養だろうか。あるいは、読解力や計算力などの学力や、アタマの回転の速さだろうか。そうではない。もちろん知識や学力はあるに越したことはないのだが、最も重要なことは別にある。それは、「結論が出ない苦しみに辛抱強く耐える」能力である。

 考え抜くことは、想像以上に苦しい。多くの人は、早く結論を出したいあまりに、少しでも正しそうに見える「結論モドキ」にすぐに飛びついてしまう。しかし、そこからは真に新しいアイディアは生まれてこない。互いに対立する様々な考え方を精査し、安易に結論に飛びつかない態度こそが、「考え抜く」ために人が身につけるべき態度である。

 こうした態度を身につけるのが難しいのは、日常生活やビジネスにおいてルーティンワークを効率よくこなすこととは正反対のやり方が求められるからでもあるだろう。通常私たちは、時間に制約がある中で、既存の選択肢の中から少しでもましなものを選んでいくことを求められている。しかし本物の創造性を発揮することが求められる場面では、こうした制約を取り払い、選択肢の外にあるかもしれない新たなアイディアを求め続けていく必要がある。通常と違うことをしなければならないのである。

 哲学やヘーゲルを学ぶことがあなたの人生に役立つのはまさにこの点においてである。哲学を学ぶことは、通常の業務を効率化するためには必ずしも役立たないかもしれない。しかし、「人生100年時代」と言われ、目まぐるしく変化する時代の中で、新たな価値を創造し続けることが求められる現代の社会人にとって、通常の業務の中では身につけることができないスキルを獲得するために、哲学を学ぶことが有効なのである。

 哲学を学ぶことで、通常業務に加えて、一歩先を行くための考え抜く力を身につけることができるのだ。

考え抜くための方法論としての弁証法

 本書がテーマとするヘーゲル哲学は「弁証法」という方法論によって知られる。弁証法はまさに「考え抜く」ための方法論である。ヘーゲルは弁証法という言葉を使って、二者択一に思えるような場面において、安易にいずれかの選択肢に飛びついてはならないということを我々に教えている。この意味で、どっちつかずの状態に耐える力を与えてくれるのが、ヘーゲル哲学である。

 本書では「生き方」「学問」「存在」「本質」「認識」「歴史」という六つのテーマに則して、ヘーゲルがいかにして「考え抜く」ことを成し遂げたかを見る。これらのテーマの中には、読者の皆さんの生活に密着しているものもあれば、普段の生活の中では考えることの少ない抽象的なものもあるだろう。そのようなテーマについて考え抜くヘーゲルの姿から、読者の皆さんには「考え抜く力」を学んでほしい。それを通じて、真に新たな価値を創造できる、人生100年時代にふさわしい社会人力を身につけることができるはずである。

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◆目次


はじめに 哲学を学んで何の役に立つのか?
     
いま、哲学がアツい?/社会の混迷と哲学/社会をよくするための哲学/哲学で磨けるビジネススキル/「アンラーン(Unlearn)」と哲学/ヘーゲルのプロフィール/本書が目指す「考え抜く力」/考え抜くための方法論としての弁証法


第一章 「生き方」を考え抜く     
一 人生の目的は幸福か?    
「生き方」を振り返る/ヘーゲルと義務の倫理学/義務・自律・自由/アイデンティティを考える/アイデンティティと自律/悪人のアイデンティティ/人間としてのアイデンティティ

二 自律の限界      
自律が抱える問題/なぜ人のものを盗んではいけないのか/人間としてのアイデンティティとは何か/ルールの正当性はどこからくるのか

三 ヘーゲルの処方箋      
ヘーゲルとカント/規範の源泉としての歴史と社会/相互承認/二つの問題の解決/「社会」という土台も危うい?/変革の可能性について/変革の可能性と生き方/私たちはどう生きるか


第二章 「学問」を考え抜く      
一 科学と哲学     
学問と社会/学問の内部構造/科学の時代と哲学/哲学における自然科学主義/哲学独立主義/自然科学主義VS.独立主義

二 ヘーゲルの科学論     
ヘーゲルと科学の時代/一八〇〇年ごろの科学/ヘーゲルの科学論は現代に通用するか/ヘーゲルと科学の方法論

三 科学と哲学の健全な関係     
ヘーゲルと自然科学主義/ヘーゲルと独立主義/科学と哲学はどう関わるべきか


第三章 「存在」を考え抜く      
一 存在論とは何か     
「存在」を問う哲学/この本は存在するか/「普遍」と「個別」

二 ヘーゲルの存在論     
ヘーゲルと存在論/消しゴムの存在論/概念的な区別/区別と存在

三 存在論を「使いこなす」     
存在論は机上の空論か?/存在論と分類/存在論とマーケティング/「アラサー」の存在論/存在と区別の関係からの教訓


第四章 「本質」を考え抜く      
一 「本質」の問い 
人とその本質/いろいろなものの本質/本質と「現れ」

二 ヘーゲルの「本質」論      
「現れ」としての存在/「アウフヘーベン」とは何か/存在のアウフヘーベン/「本質」なくして「現れ」なし/「現れ」なくして「本質」なし/本質と反照

三 本質の問いと普遍者・個別者      
塩の存在論/普遍の問題から個物の問題へ/個物の問題とヘーゲルの本質論/ヘーゲルの思考法を盗む/どっちつかず戦略の活用


第五章 「認識」を考え抜く      
一 認識論という問題圏      
映画とニュース、小説と歴史書/「対応する事実」の有無/懐疑論の問題…173/経験による成長と認識論

二 カント哲学という出発点      
「観念論者ヘーゲル」のイメージ/ヘーゲルとカント/カントが提起した問題/感じる能力と考える能力/チェック機能としての超越論的統覚/カテゴリーとは何か/ア・プリオリとア・ポステリオリ/カントの認識論のまとめ

三 ヘーゲルとカントの対決      
ヘーゲルとカントをつなぐ三つの論点/統覚の統一と点検のはたらき/感性と悟性は分けられるのか/ア・プリオリな思考様式はあるのか/ヘーゲルとカントの対決のまとめ

四 認識論から得られる思考のヒント      
認識論を役立てる/情報とどう付き合うか/変化にどう対応するか


第六章 「歴史」を考え抜く      
一 歴史をめぐる論争      
歴史の役割/事実をめぐる論争/解釈と説明をめぐる論争/歴史の客観性と主観性/歴史に法則はあるのか

二 ヘーゲルの歴史哲学      
ヘーゲル入門は『歴史哲学講義』から?/ヘーゲルは何を言ったのか/人は歴史に学ばない?/歴史と自由/民族の興亡としての世界史/アジア軽視問題と講義録研究の成果/認識論の歴史への応用/ヘーゲル歴史哲学とは何であったか

三 歴史とどう付き合うか     
私たちの自由はどこからきたのか/組織論としての興亡論/客観的な歴史記述はあり得るか/歴史を考え抜く

おわりに 考え抜く人になるために      
考え抜く人になる/考え抜くためのさらなるステップ/新たな知識を採り入れる/知識の「結びつき」を考える

あとがき

■著者プロフィール

川瀬和也/一九八六年、宮崎県生まれ。宮崎公立大学人文学部准教授。二〇〇九年、東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。二〇一四年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専門はヘーゲル哲学、行為の哲学。東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、徳島大学総合教育センター助教などを経て現職。日本ヘーゲル学会理事。著書に『全体論と一元論――ヘーゲル哲学体系の核心』(晃洋書房)、『ヘーゲルと現代思想』(同、共著)などがある。二〇一七年、論文「ヘーゲル『大論理学』における絶対的理念と哲学の方法」(『哲学』第六十八号)にて日本哲学会若手研究者奨励賞受賞。

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