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『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』本文公開④

前回の大統領選の年の6月、全く無名の男性が書いたメモワール(回想録)が刊行され、大ベストセラーとなりました。J.D.ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』です。なぜこの本が注目を浴びたかといえば、トランプ大統領の主要な支持層と言われる白人貧困層=「ヒルビリー」の実態を、当事者が克明に記していたためでした。それから4年、大統領選を前に再び本書がクローズアップされています。11月24日には、ロン・ハワード監督による映画もネットフリックスで公開されます。本連載では、本書の印象的な場面を、大統領選当日まで短く紹介していきます。

私は、成功する人間には2種類しかないと思っていた。いまもそう考えている。第1は、運がいい人間。コネのある裕福な家庭出身で、生まれた瞬間から成功が約束されているような人だ。2番目は能力のある人間で、生まれつき賢く、挑戦さえすれば失敗するはずのない人だ。ミドルタウン(注:著者が育った、ヒルビリーが多く住む町)には第1のタイプはほとんどいないから、成功するのは本当に賢い人だけだと誰もが思いこんでいた。ミドルタウンの人間にとっては、生まれつきの才能のほうが、一生懸命努力することよりも重要なのである。

もちろん、努力することがいかに必要か、親や教師が話すこともある。それに、自分の子どもがろくな人間にならないに決まっているなどと触れ回る人もいない。そういう考えは、水面下に潜んでいるからだ。口に出して語られることこそないが、行動にはしっかり組みこまれている。

近所に、ずっと生活保護を受けている女性がいたが、彼女は私の祖母の車を借りたり、フードスタンプ(注:低所得者に向け食料支援サービス)を高値で売りつけたりするためにやってきては、勤勉の大切さをくどくどと語っていた。「制度を悪用する人が多すぎるから、一生懸命働いている人が必要な援助を受けられないのよ」。

その女性の頭のなかではそういうことになっているらしい。「生活保護受給者のほとんどは、いわばぜいたく者のたかり屋なのだが、自分は――生まれてこのかた一度も働いたことがないにもかかわらず――あきらかに例外だ」といわんばかりだった。

ミドルタウンのようなところでは、誰もが口々に、「一生懸命働く」ことの大切さを説く。30パーセントの若者が、週に20時間以下しか働いていない地区に行っても、誰一人として自分のことを怠け者だとは思ってはいないのだ。

2012年の選挙期間中、左翼系のシンクタンク、公共宗教研究所が、白人労働者階層に関する報告書を発表した。それによると、労働者階層の白人は、大学教育を受けた白人よりも、長時間働いているという。しかし、平均的な白人労働者階層のほうが、大卒の白人より長時間働いているというのは、すでに論じられているように、あきらかにまちがった情報だ。公共宗教研究所の報告は、電話調査によるデータに基づいている。電話で回答者の考えを聞いたのだ。報告書が証明しているのは、実際よりも長時間働いていると答えた人がたくさんいるということだけだ。(続く)

J.D.ヴァンス著 関根光宏・山田文訳『ヒルビリー・エレジー』(光文社)より



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