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大都会のコロッケそば|パリッコの「つつまし酒」#69

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

マイソウルフード

 前回も書きましたが、僕は立ち食いそばが大好きなんですよ。決して強く香り立つようなものではない、ゆでおきの麺。どちらかといえば肉体労働者向けの、黒く濃いつゆ。そして、どかっとインパクトのある、衣厚めの天ぷら。それらが融合した、立ち食いそばならではの、どこかチープなんだけれども中毒性のある味わい。実際、会社勤めをしていた10数年間は、本当に日々飽きもせず食べ続けており、これ、もはや僕のソウルフードといえるかもしれません。
 ところが会社を辞めてフリーランスとなると、お昼にあえて外食をしなくても済むわけで、突然に食べる機会が激減してしまった。最近、すごく寂しいことのひとつがこの「立ち食いそばが気軽に食べられない」問題かもしれません。いや、勝手に食べればいいじゃん! って話なのはわかってますよ。地元駅前にも立ち食いそばの1軒や2軒はありますし。でもさ、ほら、わざわざ気合いを入れて食べに行くってほどのものじゃないじゃないですか。あれって。あくまで、ふら~っと街を歩いていたら視界に入り、「お、そういえばもう昼時か」なんていいながら入っていきたいというか。えぇ、自分でもわかってますよ。面倒なことを言っているのは。

池袋の終着駅

 ところで先日、久しぶりに池袋で取材の仕事がありました。午後2時から約1時間、営業前のとある居酒屋さんにお邪魔して、珍しくお酒も飲まず、店主さんにあれこれとお話を伺った。その取材がとどこおりなく終わり、3時。そういえば今日は、朝早くから急ぎの原稿があったりでバタバタしてたから、朝もお昼も食べそびれている。駅に向かって歩きながらそんなことを考えていると、あるお店が視界に入りました。その名も「居酒屋 大都会」。居酒屋かよ! と突っ込みたくなる気持ちもわかるんですが、いやいや、この状況、軽く飲んじゃうしかないでしょうよ。僕は瞬時に大都会に入っていったあとの自分をシミュレーションし、3秒後にはニヤついていましたね。「久々に、大都会のコロッケそばで飲んでやるか」と。
 大都会は、池袋では割と珍しくない24時間営業の大衆酒場。最大の特徴は過剰なサービスセットで、例えば「(得)3杯セット」なら、生ビール3杯にお刺身と小鉢のつまみがついて、1100円。そんなのが常連でも把握できないくらい無数にある。極めてリーズナブルな酔いを求め、朝昼晩を問わず酔っぱらいたちがワイワイガヤガヤ楽しそうに飲んでいる様子から、界隈の酒飲みからは親しみをこめて「池袋の終着駅」なんて呼ばれているお店なのです。
 実はここ、かつては立ち食い(厳密には椅子があるので、立ち食い価格の)そば屋も兼ねていて、昼どきはそばをすするサラリーマンと宴会中の酔客入り乱れる、それはそれはカオスなお店でした。場所がら、飲みの需要のほうが高かったからか、徐々に業態が変わっていったんですが、現在もその名残りとして、かけ or たぬきそばだけがメニューに残っている。つまり、立ち食いそばをつまみにしっかりと飲める貴重な酒場というわけなんですよね。

2/3コロッケそば

 というわけで、かなり久々にやってきた大都会。カウンター席には、広めに感覚をとってアクリルボードが立てられています。店内の席はかなり間引かれ、奥のテーブルが空いているように見えても、「すみません、今人数制限でいっぱいなんです」なんて断られている新規のお客さんもいる。予想以上にコロナ対策が徹底されていていて、なんだか見直しちゃいましたよね。大都会。何より、これはトラブル防止の理由により昔からなんですが、完全食券制で、店員さんとお客さんが現金をやりとりすることは、どんな場合でも固く禁止されている。基本すべてがセルフサービス。そのあたりもちょっと安心なポイントだったり。

 ではでは、前置きが長くなりましたが、まずは生ビールから。冷蔵ケースから自分でジョッキを取り出して全自動式サーバーにセットし、250円を投入してボタンを押すとあっというまにマイ生が完成。待ち時間ゼロが嬉しいですね。

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機械が注いだ生ビール

 キンキンのこいつで喉を潤していると、頼んでおいた「選べる刺身2点盛り」(450円)もやってきました。

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今日はホタテとサーモンをチョイス

 大都会、とにかく安いってイメージが先行して長年頼んだことがなかったんですが、実はお刺身系、かなりちゃんとしてるんですよね。今日のホタテとサーモンもばっちりうまい!
 さて、生ビールがなくなり、刺身の残りがサーモンひと切れになったところで、フェーズ2へ移行しましょう。大都会には、忘れてならない「タイムサービス」が存在します。なんと、朝10時から夕方6時まで(どういう時間設定なんだ)、「酎ハイ」が140円! 数種類のおつまみが120円! という文字通りのサービス価格。ここから、チューハイとコロッケを追加します。

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席番号は自分で書いて提出。合わせて260円!

 フェーズ2のドリンクはチューハイ1杯。サービスチューハイは300mlと小ぶりなサイズなので、そんなにたくさんのおつまみは必要としません。残っているサーモンと、コロッケ1/3を隔離したもの、これで飲み干す方針にしましょう。うんうん、ドボドボソースをまとった揚げたてコロッケと爽やかなチューハイが、最高に合うな~!

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僕のテンションとは裏腹に、わびしげなテーブル

 実は、頼んだサービスチューハイがなくなりそうなタイミングで、次なる注文を済ませておきました。そうです。お待ちかねの「たぬきそば」です!

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かつてはタイムサービスで100円の時代もあったが、現在は250円

 フェーズ3は、おかわりチューハイとたぬきそばでいきましょう。つゆを吸ってモロモロになった部分と、まだサクサクの揚げ玉。そのハーモニーを楽しめるのは今だけと、慌ててすすりこみます。あ~、そうだったそうだった。この味だよ。決してこだわりの高級店には出せない、ちょっとチープなんだけれどもたまらなく美味しくて、ほっとする味。やっぱりいいなぁ。
 と、1/3ほど食べ進めたら、残り2/3のそばに、残しておいた2/3コロッケをイン。名付けて「2/3コロッケそば」!

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もはやメガネなんてしてらんない

 このコロッケそばってやつもまた、立ち食いならではの味わいですよねぇ。コロッケを少しずつ突き崩しては無心ですすり、チューハイごくごく。徐々につゆと渾然一体となる衣の油と、マッシュされたジャガイモ。後半はもう、いわばポタージュ状態。あぁ、これ、日本が世界に誇れる美食のひとつだよな〜。

 あ、やばい。チューハイが先になくなった。これはフェーズ4、突入やむなしか……。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco


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