教養としてのロック名曲ベスト100【第8回】93位はあの曲だ! by 川崎大助
「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」ボブ・ディラン(1965年3月/Columbia/米)
Genre: Folk Rock, Talking Blues
Subterranean Homesick Blues - Bob Dylan (Mar. 65) Columbia, US
(Bob Dylan) Produced by Tom Wilson
(RS 340 / NME 186) 161+ 315 = 476
2016年度のノーベル文学賞をディランが受賞した理由、そのかなりのところまでを、この1曲を聴くだけで理解できる――かもしれない。ビート文学に触発されていたディランが、その影響を軽々と越え、新たな時代の最もパワフルかつ幻惑的な詩人として名乗りを上げた、そんな重要な瞬間の記録とも言える、記念碑的な1曲がこれだ。
まさに立て板に水、一切淀まずあふれ出る言葉群が、随所で自由自在に「韻」を踏む。脚韻も頭韻もあれば、あちこちで母音や子音が「響き合い」グルーヴを高めていく。普通なら関連しようもない文脈どうしが、衝突しながら「新しい固有の意味」を得ていく……というのが基本構造だ。だから「聴いて初めて」感得できる詩の典型例だ。つまりノーベル賞委員会の言うとおり、古代ギリシャの詩人、ホメロス以来の伝統芸がここにある。
たとえば、僕のお気に入りの「音のつらなり」のひとつが「Girl by the whirlpool / Lookin' for a new fool / Don't follow leaders / Watch the parkin' meters」という下り。「プール」と「フール」、「リーダーズ」と「メーターズ」という、これらの韻と韻のあいだに茫洋と広がるシュールな詩的宇宙の巨大さには、目眩すら覚える。
さらに、こうした言葉群は「速射砲のように」とよく評されるスピード感で放たれていく。「エレクトリック」期に突入したあとの彼らしい、ギターのバッキングもにぎやかに印象的だ。トーキング・ブルースのスタイルに立脚しつつ、ロック音楽の世界に、まったく清新なる歌と言葉のありかたを提示したナンバーとして、当曲は大きな人気を得た。
ところで、この曲もディランらしい「引用」に満ちている。まずこのタイトルは、ジャック・ケルアックの中篇小説『地下街の人びと(The Subterraneans)』(58年)からのイタダキだ。そしてウディ・ガスリーとピート・シーガーの「テイキング・イット・イージー」およびチャック・ベリー「トゥー・マッチ・モンキー・ビジネス」からの借用もある。今日のMVの元祖的存在として人気が高い本作の映像クリップには、ディランの背後にアレン・ギンズバーグが映り込んでいる。
このナンバーは、ディラン初の全米トップ40シングルとなった(ビルボードHOT100で39位)。全英では9位を記録した。この曲で幕を開ける第5作アルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』(65年、『教養としてのロック名盤ベスト100』第25位)も大ヒットして、ここから「奇跡の季節」が始まっていくことになる。
(次回は92位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)
※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki