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らっきょう漬け2020|パリッコの「つつまし酒」#67

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

運命のらっきょう

 昨年、生まれて初めて「らっきょう漬け」に挑戦したことは、「本がすき。」時代の当連載にも書かせてもらいました。その後しばらくは充実したマイらっきょうライフを満喫していたのですが、漬けた量が500グラムと少なめだったこともあり、昨年のうちに食べきってしまいました。そしてまた、泥つきのらっきょうがスーパーに並ぶ季節がやってきた。さて今年はどうしようか。また同じレシピでもいいけど、何か新しい漬けかたにも挑戦してみたいし……。そんなことを思っていたある日、僕は、運命のらっきょうと出会ってしまったのです。

 あれは仕事が早めに終わり、なじみの角打ちである、地元石神井公園の「伊勢屋鈴木商店」で軽く飲んでいた時のこと。ここの女将のあけみさんは本当に博識で、お酒のことはもちろん、それに合う食材全般に関する知識がものすごく豊富。運がいいと「そういえばこんなものがあるんだけど、試しにめしあがってみません?」と、珍しいおつまみを試食させてくれたりするんですよね。
 その日は、らっきょう漬けの季節ということもあり、自家製のらっきょうを2粒ほど出していただいた。ただし、これが見た目からしてただものじゃない。野生味あふれ、なんだか妙に艶めかしく、いやもはや、どこか禍々しくすらあるような。しかも約2年ものだという。あけみさんいわく、本当に良い素材を使えば、僕が昨年一生懸命苦労してハサミでチョキチョキ切りとった根っこや芽は、取り除かずに漬けてしまっていいんだそう。むしろそのほうが、らっきょう本来の味わいを余すことなく楽しめるんだそうです。
 ワクワク7割、ドキドキ3割で、根っこつきのらっきょうをひとかじりしてみる。すると、今まで食べてきたらっきょうはなんだったんだってくらいに力強く、奥深く、濃厚な味がします。また特筆すべきはその根っこで、なぜだかものすご~く香ばしくて美味しい。僕は、こんならっきょう、食べたことない! と、心の底から感動しました。

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僕の知ってるらっきょうじゃない!

いったれ!

 その夜僕は、ものすご~く悩んでいました。というのも、その場であけみさんに「こういうらっきょうを自分でも漬けてみたいんですけど」とご相談すると、同じ農園で今年穫れたらっきょうを取り寄せてもらうことができるそうなんですね。それは、50年以上も農薬、除草剤、化学肥料を使わない自然農法による農作物づくりを続ける、練馬区の「野瀬自然農園」で作られている。そのくらいこだわった素材でないと、こういう本来の味にはならないらしい。ただ、当然のことながらスーパーに並ぶらっきょうよりはずっと高級品で、1kg2500円とのこと。去年僕が買ったのが、1kg1000円くらいのものなので、2.5倍。さらに、どうせ漬けるならば長く楽しみたいので、せめて2kgは漬けたい。つまり、らっきょうに5000円。誰だって躊躇するでしょう?
 1週間ほど悩みに悩んだけれども、やっぱりあの味が忘れられない。自宅でも思うぞんぶんあのらっきょうを食べたい。え~い、どうせ2年は楽しむつもりだ! 決して高い買い物じゃない! いったれいったれ! と、ついに決意したわけなんですね。
 令和2年6月19日金曜日。お店に届いたというらっきょう2kgと、合わせてお願いしていた、漬ける際におすすめだという塩とお酢をいせやで受け取りました。ご親切に、以前あけみさんが作ったという、詳細ならっきょうの漬けかたを書いたペーパーもいただきました。よし、今すぐ帰って漬けるぞ!

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あけみさんコーディネートのらっきょう漬けセット一式

マイらっきょうの成長と歩みをともに

 ペーパーによると、漬けかたはいたってシンプル。葉つきらっきょうの葉っぱ部分をハサミでカットし、根っこの周囲を特に入念に、よ~く水洗いする。それを清潔に消毒したビンに入れたら、かさの半分くらいまでお酢を注ぐ。らっきょうが浸るくらいまで水を足す。2kgに対し、好みで100~120gの塩を足して、全体が混ざるように振る。これを冷暗所に置いておけば、約10日後くらいには食べられるようになるそうなんですね。前回の方法もお手軽でしたが、今回はさらに手間が少なかったな。

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頼もしい量のらっきょう漬けができました

 切り取ったらっきょうの葉っぱは醤油漬けなどにすると美味しく食べられるそうなのでそれも作ってみたんですが、茶色く変色してしまった部分を1本1本カットして取り除く作業のほうが、むしろ時間がかかったかもしれない。が、翌日、これを試しに冷奴の上に乗せて食べてみたところ、ニラや小ネギよりもシャキシャキとした食感と、ほんのりと香るらっきょうの風味と辛味。確かにものすごく美味しい! 葉っぱの一夜漬けがこんなに美味しいんじゃ、よけいらっきょう漬けの完成が楽しみになっちゃうな~!

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白いご飯にもものすごく合いました

 と、ここまでを書いているのが、らっきょうを漬けた翌々日である6月21日の日曜日。続きは10日後の自分にまかせて、今日はそろそろ晩酌を始めたいと思います~。

 ……はい! タイムワープをしてきまして、僕は現在、7月1日水曜日、スーパーやコンビニのレジ袋が有料化された世界におります。ちょっとバタバタと過ごしていたら、10日を超えて12日後になってしまったんですが、らっきょうにとってはむしろ好都合でしょう。正真正銘、12日前からいじりもしていないらっきょう漬けを、今から試食してみたいと思います! ではでは、ここでまた少々お待ちくださいね。

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12日後、このような感じに漬かってます

 ではお待ちかねの感想を。まず、瓶のフタを開けた瞬間、穏やかなお酢の香りとともに、プーンと広がるらっきょうの香気。清潔な箸で、3粒ほどを小皿にとってみる。まだまだ、いせやの怪しい魅力にはおよばず、初々しい純白の見た目をしていますね。
 ひとつかじってみる。おー、うまい! もちろん若々しさと若干の辛みは残っているけれど、それを補って余りあるらっきょうならではの風味。これが力強い! ツーンと角が立っていたり、妙に甘酸っぱくもない。もはやどんなお店で出てきても、「このらっきょうの作りかた、教えてください!」と興奮してしまうくらいのレベル。自分でこれが漬けられたことが感動だ。根っこはどうだろう? あ~、まだまだ硬く、苦味もあって、何よりあの香ばしさが生まれていない。でもぜんぜん美味しくは食べられますよ。ここは今後の楽しみ。いや~しかし、本当に思いきって良かった!

 というわけで、これからしばらくの間、ゆっくりゆっくり、マイらっきょうの成長と歩みをともにしつつ、お酒を飲んでいきたいと思います。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco



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