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「極端な人」はとにかく発信する―『正義を振りかざす「極端な人」の正体』本文公開

光文社三宅です。本日9月17日に山口真一先生の新刊『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)が刊行されました。コロナ禍で顕著となった「SNSでの誹謗中傷」「不謹慎狩り」「自粛警察」といった主にネット上での負の現象を分析し、その解決策を提示した内容です。本記事では、本書第1章を何回かに分けて公開中です。

第1章の第1回目はこちらです。

はじめに、目次はこちらで読めます。

※第1章の第1回目より続く。

「極端な人」が多く見える理由

 しかし考えてみると、これはちょっとおかしい。なぜなら、現代社会ではネットを利用していない人はほとんどいない。「ネットユーザ≒社会にいる人」のはずで、ネットだけに怖い人が多いというのは実に奇妙だ。

 なぜネットでは、このような奇妙な現象が起こるのだろうか。そのメカニズムを、最新の統計学や科学は解き明かしつつある。そしてその背景には、次の4つの「ネットが持ってしまっている根源的な特徴」が存在しているのだ。

①「極端な人」はとにかく発信する
②ネット自身が「極端な人」を生み出す
③非対面だと攻撃してしまう
④攻撃的で極端な意見ほど拡散される

ネットは人類が初めて経験する「能動的発信だけの言論空間」

 最も大きい要因が、ネットの言論空間とは、極端で声の大きい人ほど、誰にも止められることなく、大量に発信できる場ということである。先ほど選挙の事例で、極左と極右のユーザのツイート頻度が高いということを説明したが、まさにあの現象の背景にあることだ。

「極端な人」は、当該問題について強い関心を抱いていたり、想いを持っていたりすることが多い。例えば、極右の人は政治というテーマについて確固たる考えを持っており、自分の政治信条について強い想いを持っている。往々にして、政治に全然詳しくなくて極端になったというよりは、かなり調べており、そのうえで極端になっていることが多い。これはもちろん、反対の極左にもいえることだ。

 一方、中庸な意見を持っている人は、それほど強い想いを持っていない。自分の考えを多くの人に伝えなきゃという使命感にかられるようなことはないし、そもそも当該問題に関心の薄い人も多いだろう。

 さて、ここまでは社会もネットも変わらない。しかしここから、ネットのある特徴が、ネットを「極端な人ばかり」にするのである。それは、ネットには「発信したい人しかいない」という特徴である。

 例えば、よくテレビや新聞でやられるような世論調査では、電話を使って質問をして意見を収集する。この時、回答者は無作為に選ばれた人が、聞かれたから答えている状態である。つまり、受動的な発信だ。近年では回答者の選択方法に課題を指摘されることも多いが、ある程度社会の意見を反映した結果にはなっているだろう。

 また、通常の会話においても、発信は能動的なものと受動的なものが入り混じる。もちろん、強い想いを持って発言をすることもあるが、話し相手がその話題に関心がなければ空を切るだけで、やがてその会話は終わる。また、会議やディスカッションの場であれば、あまりに話し過ぎていたら司会に止められる。そのうえ、時には相手から質問を受けることもあるため、受動的に発信することもあるわけだ。

 しかし、ネット空間ではそういうことはない。ネットはとにかく発信したい人が発信したいことを言う場である。仮に極端な意見や誹謗中傷的な発言をしたところで、それを止めるような司会者もいない。強い想いを持ったら、その強い想いのままに、何の気兼ねもなく次から次へと発信していくことが可能なのである。

 そう、とどのつまりは、ネットとは「能動的な発信」だけで構成された、極めて特殊な言論空間なのである。

 いつまでも同じ話をしていたり、特定の批判や誹謗中傷ばかりをリアルの会話でしていたりしたら、その相手は嫌な顔をするか、その会話をいずれ遮るだろう。あるいは、自分の周囲から離れていくかもしれない。そうやって、言論空間の「社会性」というのは、リアルでは常に保たれるようになっているのだ。

 しかし、SNSの自分のアカウントで好き勝手に極端な意見や誹謗中傷を垂れ流しても、それで嫌な顔をする人はいないし、遮る人もほとんどいない。たまに遮られても、今度はその遮ってきた見ず知らずの他人を攻撃すればいいのだ。ネットニュースやブログへのコメントも同様である。

 実は、この「万人による能動的な発信だけで構成された言論空間」がここまで普及したというのは、有史以来初めてのことである。ネットが普及して情報革命が起こり、人類は未だかつてないコミュニケーション環境に晒されたのだ。

「極端な人」はとにかく発信する

 能動的な発信だけで構成されている言論空間というのは、「極端な人」にとっては天国のような空間である。誰も自分の歩みを止める者はおらず、ひたすら自分の意見を世界中に、時には嫌な人に直接、書き込み続けられるのだ。

 しかも、この特徴はもう1つ、さらにネットで「極端な人」ばかりが元気になる現象を生み出す。それは、中庸的で強い心を持っていない人は、ネットの言論空間から退出してしまうということである。

 もしかしたらあなたも、ネット上で政治的な話題や、宗教やジェンダーの話題、あるいはファンの多い芸能人の話題などは、ある程度避けるようにしているかもしれない。なぜ避けるか。その理由の1つに、他人からの批判や心無い誹謗中傷が怖い・揉めるのが怖い、といったことはないだろうか。

 そう、センシティブな話題ほど、ネットで発信をするとどこからともなく「極端な人」が現れ、攻撃を仕掛けてくるかもしれないのだ。だったら、発信しないで平穏に暮らしていた方がいい。こうやって、中庸的な意見の人ほどネットでの「極端な人」による攻撃が怖くて、言論空間から撤退していく。

 しかし、「極端な人」はそうではない。自分の意見に確固たる自信があるし、相手を攻撃するのに迷いがない。もし反論されようと、「お前は何も分かっていない」「そんなことを言うなんて売国奴に違いない」などと取り合わず、上から意見をかぶせるだけである。何を言われてもくじけない強い人たちだ。

 その結果何が起こるか。「極端な人」は多く発信を続け、それは留まることを知らない。その一方で、中庸な人はもともと発信のインセンティブが弱いうえ、「極端な人」が怖くて発信をやめてしまう。

 そうすると、社会に大多数いるであろう中庸な人――他人の意見に耳を傾けられる人・ある物事や人について弱く支持している人・ある物事や人について不快に感じたり反対に思ったりしたが直接攻撃しようとまでは思わない人など――は、ネットの言論空間にはほとんどいなくなってしまい、代わって少数であるはずの極端な意見の持ち主が、ネットのマジョリティを占めるようになる。

 これを図にすると図2のようになる。この図で、横軸は意見の違いを表しており、左に行くほど反対・不支持であり、右に行くほど賛成・支持である。つまり、真ん中は中庸的な意見で、両端は極端な意見となっている。また、縦軸は人数を表している。

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 一般的に、極端な意見の人より中庸の意見の人が多いので、社会における意見の分布は中央に集まる形になり、破線の分布がそれを表している。つまり、社会の意見分布はたいていの場合山型を形成する。

 しかし、ネットではこうならない。①「極端な人」ほど発信する。②中庸な人ほど「極端な人」を恐れネットで発信しない。という2つの特徴から、ネットでは実線の谷型の意見分布となるのである。

 この谷型の意見分布こそが、今我々がまさに目の当たりにしており、「ネットは怖いところだ」と思っている言論空間そのものなのである。

14%が46%の意見を作る

 もっとも、これらの考察はあくまでも「理論」である。そこで、実際にこうしたことが起きているのかどうかを裏付けるため、調査を行うことにした。

 私は20~60代の男女3000名を対象としたアンケート調査を実施し、この現象の分析を行った。具体的には、ある1つの話題――ここでは憲法改正――に対する「意見」と、「その話題についてSNSに書き込んだ回数」を聞き、分析したのだ。憲法改正は、長い間日本で大きな注目を集めているトピックである。

 簡単にこのトピックについて説明すると、憲法が制定されてから70年以上経ち、国内外の環境が大きく変化する中で、今日の状況に対応するための改正が必要だという意見が出ている。特に2020年6月現在の政権(安倍晋三内閣)は、その方針を明確に打ち出している。

 一方、それに反対する政治家や国民も多い。主に議論の争点となっているのが、「戦力の不保持」と「交戦権の否認」を規定している日本国憲法において、自衛隊を明記することと、集団的自衛権の行使を認めるかどうかという点である。

 さて、まず、このような憲法改正について、「非常に賛成である」~「絶対に反対である」の選択肢を用意し、回答者の意見分布を集める。選択肢には「どちらかといえば賛成である」なども用意し、7段階に細かく分け答えられるようにしている。これは、「聞かれたから答えている」という受動的な意見の発信であり、声を発さない人も含めた社会の意見分布といっていいだろう。

 続けて、同じ回答者について、ツイッターやフェイスブックなどの、不特定多数に発信できるSNSに、それぞれの意見の持ち主が憲法改正という話題について投稿した回数を調査し、人数と掛け合わせることによってSNS上の意見分布も調査する。これはSNSで発信した回数なので、能動的な意見の発信だけで構成される。

 この2つを描いたものが図3である。この図を見ると、驚くべきことが分かる。なんと、最も人数が少なかったはずの両極端な意見であるが、ネット上での投稿された総回数では1位、2位となっているのだ。

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 具体的に言うと、「非常に賛成である」「絶対に反対である」という人は社会には7%ずつしかいないのに対し、ネット上では29%と17%の意見を占める。合計すると46%と、約半分の意見を「少数の極端な人」が占めているのだ。まさに、社会の意見分布と異なる谷型の意見分布となってしまっている。

関心の高いテーマほど意見分布は歪む

 私は、さらにこれを日韓米において調査することにした。ただし、三国に共通のトピックが必要だったため、話題は「外国人が(それぞれの国に)増えること」とした。

 外国人が増えることについては、国際交流や労働力不足の補てんなど良い面を評価する意見もあれば、犯罪の増加や、それぞれの国の人の雇用を奪うなど、悪い面を心配する意見もあり、賛成と反対が分かれている状態だ。

 これについて、「良い面ばかりである」~「悪い面ばかりである」を、やはり7段階にして調査した。その回答結果について、今度は意見別のSNSへの投稿回数の平均値を表したのが図4である。つまり、各意見を持っている人1人当たりの、平均的な投稿回数である。

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 図を見ると、おおむね強い意見になるほどSNSへの投稿回数が増える傾向が見られる。もちろん、完全に谷型とは言い難いが、多くの場合「どちらともいえない」人の投稿回数は少なく、「良い面ばかりである」「悪い面ばかりである」といった人の投稿回数は多い。やはりここでも、極端な意見の持ち主ほどネット上で多く発信している現象が確認される。

 そしてもう1つ、この図は重要なことを我々に教えてくれる。図を見ると、米国ではこの偏り(極端な人ほど発信する)が強い一方で、日本と韓国は相対的に偏りが小さいことが分かる。

 このような違いが出る要因としては、トピックに対する人々の関心度が考えられる。国連のデータによると、米国の移民比率は約15・4%(5066万人)と高く、なおかつ移民国家であるという特徴から、米国国籍であっても多くの民族が共存しているのが米国の特徴である。その一方で、韓国の移民比率は2・3%と米国に比べてかなり低く、日本はさらに低い2・0%となっている。

 偏りの傾向は、この国民の関心度順になっている。SNSへの投稿回数について統計学的な手法を使って定量分析をした結果、意見が1ポイント極端になるにしたがって、米国ではSNSへの投稿回数が79%増加するのに対し、韓国・日本では45%の増加であった。

 この結果は、「関心の高いトピックほど社会の意見分布とSNS上の投稿数分布が大きく異なってしまう」ということを示唆している。そして、この示唆は、我々にネット言論の難しさを突き付けてくる。

 例えば、先ほど例に挙げた木村花さんの事件については、もともと日本人は芸能ニュースに対して関心が高いうえに、「テラスハウス」という人気番組の話題であり、「極端で攻撃的な意見ばかり」が「大量に書き込まれる」条件が整っていたのである。ファンや応援している人、あるいは強く支持も不支持も考えていないような人が、社会には多くいたにもかかわらず、極端な批判・誹謗中傷がSNSには多く書かれる結果となってしまった。

 より一般的に、ネット炎上を考えても同様だ。ネット炎上のように批判・誹謗中傷が多く集まるようなトピックは、人々の関心が高い。そのため、極端な意見ばかりが表出するというネットの偏りがより一層強くなっており、ネットには極端で否定的な意見があふれるのである。

 そしてそのような状況にあっては、よほど強い想いを持って支持していないと、支持の声を上げるだけで「極端な人」に攻撃されてしまい、やがて表現が萎縮してネットから撤退してしまうのである。

(続く)


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