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人の孤独を癒やせるのは人だけか。英の104歳女性が「逮捕してもらって」感謝した理由

2018年1月、テリーザ・メイ首相(当時)は、世界で初めて「孤独担当大臣(Minister for Loneliness)」を設けました。孤独という捉え方に個人差が大きい概念に政府が担当大臣を置いたとのニュースは世界を駆け巡りました。孤独は、退職や離婚、配偶者の死亡など大きな転機に意識されやすく、適切なタイミングで支援が受けられない場合は、健康にも悪影響をもたらすとされています。
国内外の子育てや教育事情、女性の生き方などをテーマに取材・執筆をされているジャーナリストの多賀幹子さんは、このたび『孤独は社会問題――孤独対策先進国イギリスの取り組み』を上梓しました。欧州連合(EU)離脱後も混乱が続くイギリス社会で、いま何が起きているのでしょうか。孤独担当相の設立経緯から、社会に根付く弱者への思いやり、チャリティー団体の細やかな目配り、そして英王室の役割まで、イギリス社会を見続けてきた多賀さんによる現地からレポートです。本書の刊行を機に、 本文の一部を公開いたします。

珍しくない、「友人はテレビとペット」と語る人々

孤独は年齢と無関係といわれているが、やはり高齢者は孤独に陥りやすいようだ。仕事を引退して日中の居場所を失い、気軽におしゃべりしていた同僚らは周囲から姿を消す。配偶者を失ったり、子どもたちは遠くに移ってそれぞれの生活に忙しかったりする。テレビとペットだけが友人という高齢者も珍しくない。

それだけに、イギリスのボランティア団体の中には、高齢者向けのものが目立つ。病院への送り迎え、家事の手伝いなど、体を助けるものがあるが、精神的なつながりを重視する活動も少なくない。それも、「かわいそうだから」「気の毒だから」といった上から目線ではなく、高齢者の知恵や経験を引き出して現在の生活に生かそうとしたり、高齢者のひそかに抱く夢を実現しようとしたりする。また、一方で、高齢者が工夫と努力で孤独から自力で抜け出す例も目立っている。

ポイントは、自分の人生を肯定できるかどうか

高齢者のためのチャリティー団体には、ユニークな活動を行うものがある。慈善団体「Alive Activities(アライブ・アクティビティーズ)」(本部ブリストル、2009年設立)は、「老人ホームに暮らす高齢者が外部の社会と密接につながり、個人として価値ある存在であることを認識してもらう。ダイナミックな行動を促し、創造性を養ってもらう」がモットーだ。高齢者には楽しくて、機会に恵まれた意味ある毎日を過ごしてほしいという。つまり、高齢者にとって現在の暮らしをもっと幸せにするのが目的だ。

とにかくアイディアがユニークだ。たとえば、地区で行われる文化、スポーツなどのクラブや同好会などに、可能な限り老人ホームの高齢者に参加してもらう。子どもたちが帽子をこしらえ、老人ホームを訪問して高齢者にプレゼントする企画も人気があった。また、ゆるやかな坂に厚手のビニールを敷いて、その上に大きくて厚手のクッションを重ね、高齢者を乗せて坂くだりをしてもらう。

あまりに大胆な企画に、「高齢者がけがをするのではないか」「怖くて尻込みするのではないか」と心配する声も少なからず上がった。しかし、やってみると高齢者に大変な人気だった。坂くだりを一度で止めてしまう人はめったになく、二度三度とすべりたがった。事前にボランティアのスタッフが何度も実際に坂をすべり下りて、「これなら絶対に大丈夫」というところまで改良を重ねた努力が実った。「あんな、高齢者のはじけるような笑顔は見たことがない。頑張ったかいがあった。すべて報われました」と話したという。

また、古い台所道具や家具などを地域の家庭から借りてきて図書館に並べ、高齢者の記憶をよみがえらせ、同世代の人たちと思い出を分かち合う企画も人気だった。懐かしさのあまり高齢者の目はきらきらと輝き、話に花が咲く。それは自分の生きた時代を肯定することなのだ。つまりは自分の人生の肯定に通じるという。

「あなたを逮捕します。あなたは善良な市民でした。それが容疑です」

圧巻なのは慈善団体「アライブ・アクティビティーズ」の「Wishing Washing Line(ウィッシング・ウォッシング・ライン)」というプロジェクトだ。イギリス西部、ブリストルの町で実施された。ある日、地元のスーパーマーケットに一つの箱が設置された。この箱には、高齢者なら誰でも願い事を書いて投函できる。締切日を過ぎると、箱から出された願い事リストが、店内の洗濯物干し用ロープにズラリと吊るされるのだ。けっこう壮観ではないか。これだけでもかなりユニークだが、リストを見た買い物客らが、願い事をかなえてあげようと協力するというのだ。

プロジェクトは最初、イギリスのエセックスで行われたが、「高齢者の願いをかなえた」と評判になり、このたびはブリストルに場を移して実施された。今回、多くの願い事の中から取り上げられたのは、104歳のアン・ブロークンブロウさんの「逮捕されてみたい」という希望だった。

彼女はブリストルの老人ホーム、ストークリーレジデンシャルホームに長く暮らしている。願い事に目を留めた地元警察が立ち上がり、彼女の逮捕に向かった。数人の警官はアンさんに向かい合うと、「あなたを逮捕します。あなたは104年間、善良な市民でした。それが、容疑です」と話しかけた。認知症を患っていたアンさんだが、この時ばかりははっきりと「わかりました」と返事をしたという。すると警官は彼女に手錠をかけ、パトカーへ連行した。

たちまちパトカーは赤いランプを点滅させサイレンを音高く鳴らした。アンさんを乗せると、周囲を軽くドライブしたという。アンさんは104歳の初体験に興奮気味で、「とてもすてきだったわ。ちゃんと手錠もかけられたのよ。私はこれまで犯罪などに手を染めたことはなかったけれど、今日は犯罪者の気持ちをたっぷりと味わいました。警察官たちはとても親切でしたけれど、それでも逮捕は逮捕という厳しさを持って私に向かい合ったわ。それが最高でした。これまでまじめな人生を送ってきたけれど、今日はまったく違う一日で、なんてエキサイティングだったでしょう」と話している。

「気持ちのつながり」が孤独を癒やす

プロジェクトの発案者は、「アライブ・アクティビティーズ」の最高責任者サイモン・バーンステインさんだ。彼は25年以上、いくつかの慈善団体で働いてきた。

この団体に入ったのは、2016年だ。彼は話す。

「老人ホームなど施設で暮らすお年寄りたちは、一見恵まれていて幸せそうです。しかし実際は、退屈で孤独な毎日を送っていることが多いのです。ホームの職員らは多忙のために気持ちはあっても、残念ながら高齢者一人一人の希望に合わせて活動をする時間を持てないことが多い。そこで私たちは、高齢者の願いをかなえるために立ち上がりました。願い事は、パブで一杯やりたいとか、編み物をしたいとか、その人の心からの希望ならば、何でもよいのです。中には、アメリカの歌手、故エルヴィス・プレスリーに会って握手したいとか、故マリリン・モンローとハグしたいという実現不可能な願いもあって、すべてをかなえることはもちろん無理です。でも、できるだけかなえるように努めています。その際は、地元住民の方々の協力が欠かせません。これまでいずれの時も近隣の皆さんにたくさん手助けをしていただいているので、感謝しています。今回は、地元のスーパーマーケットや警察の皆さんに多大な協力をいただきました。私たちは、高齢者にこそ刺激に満ち創造性豊かな意味のある毎日を送ってもらいたい。コミュニティーがほんの少し協力しただけで、それは可能になることがほとんどです」。

ニュースを知った人たちからの反響は予想以上だった。「子どものころに〝おまわりさんごっこ〟とか、〝泥棒ごっこ〟をしたことを思い出した。あれはとても楽しかったから、高齢になって、ぜひもう一度やってみたいと願う気持ちはよくわかる」「104歳の初逮捕って、なんてユニークな発想でしょう。ユーモアがあって、温かい気持ちになりました」「夢を上手にかなえてあげた警察官など皆さんのやさしさが伝わってきて、こちらも幸せな気持ちになります」などがあった。いくつになっても、夢を持つこと。それをかなえてあげたいと願う人がいること。そんな気持ちのつながりが、人を孤独から救うのかもしれない。

「私には話し相手が誰もいないのです」

ロンドンに住むトニー・ウィリアムズさんは88歳。数か月前に愛妻ジョーさんをがんで亡くした。トニーさんは物理学者として長く大学で教えたが、ずっと前に引退した。子どもはいないが、兄弟はいる。しかし皆遠くに住んでいて、それぞれの生活がある。トニーさんには、耐え難い寂しさが襲ってきた。

トニーさんは、孤独から抜け出さなくてはいけないと考えた。まずは、自宅の道路に向いた窓に一枚の大きなポスターを貼り出した。そこには、こう記した。

「私は、先日愛する妻でありソウルメイトだったジョーを失いました。私には家族も友人もいません。話す相手が誰もいないのです。私にとって、一日24時間家が静まり返っている状況は、まるで拷問のようで苦痛です。どなたか助けてくださいませんか」

さらに地元の新聞に同様の広告を出した。

それから数日がたった。反響は予想以上で、すっかり圧倒されてしまった。電話が鳴りやまず、食事をとる時間もないほどだった。夜も遅くまで話し込んだ。最初に電話をくれたのは、著名なテレビのパーソナリティーの女性だった。「彼女は私の話をよく聞いてくれました。思わず話し込み、20分があっという間でした。彼女は、また必ず電話を入れると約束してくれましたよ」。久しぶりに話をして楽しかったという。

電話とメールはその後も続いた。電話はおよそ100本に対応して、散歩に出た。帰ると30本ほどの留守番電話が入っていた。Eメールの数は1000を超えていて、アメリカ、カナダ、オーストラリア、スイスなどからも来た。多くの人が、トニーさんの孤独な状況がよく理解できるという。自分もまた配偶者などの愛する家族を失った経験があるが、その悲しみ、寂しさはたとえようもないと共感してくれた。

アメリカの女性は、住んでいるフロリダから電話をしてきた。そしてぜひアメリカに遊びにいらっしゃいと誘った。フロリダの空港まで迎えに行くので、我が家に好きなだけ泊まってほしいと具体的だ。アメリカを私の運転でご案内しましょう、という親切なお誘いだった。

その中でトニーさんが最も心を動かされたのは、コミュニティー内の小学校の先生からのメールだった。小学校は近所にあったので、トニーさんも承知していた。しかし、先生とのやり取りは初めてだった。先生は、クラスの子どもたちにトニーさん宛ての手紙を書かせたいと提案した。トニーさんは、大喜びで承諾した。そして、子どもたちの手紙を受け取った後は、ぜひ小学校を訪問したいと申し出たのだった。先生は快諾して、子どもたちの手紙を近くまとめて送りたいと言ってきた。トニーさんは手紙が届くのをワクワクして待っている。学校を訪問した際には、子どもたちに何の話をしようか、それを考えると自然に笑顔になる。

勇気を出して声を出せば、誰かが応えてくれる

トニーさんは、孤独から自分を救い出すために自宅の窓にポスターを貼り新聞広告を出した。「孤独な人間がここにいる」と広く知らせたかったのだ。これは、同じように孤独で苦しむ人への励ましでもある。勇気を出して声を出せば、必ず誰かが応えてくれる。まず第一歩を踏み出すことがすべてなのだ、と教えている。

「健康被害、早死、そして…『孤独』による経済損失は約4・8兆円!?」はこちら

著者プロフィール

多賀幹子(たがみきこ)
東京都生まれ。お茶の水女子大学文教育学部卒業。企業広報誌の編集長を経てフリーのジャーナリストに。元・お茶の水女子大学講師。1983年よりニューヨークに5年、’95年よりロンドンに6年ほど住む。女性、教育、社会問題、異文化、王室をテーマに取材。執筆活動のほか、テレビ出演・講演活動などを行う。著書に、『ソニーな女たち』(柏書房)、『親たちの暴走』『うまくいく婚活、いかない婚活』(以上、朝日新書)などがある。

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『孤独は社会問題』◎目次

はじめに
第一章 孤独担当大臣の創設
1・1     イギリスの「孤独」事情
1・2     世界の孤独対策
1・3     コスタの取り組み
1・4     オープン・マイク
1・5     ウォーキングサッカー

第二章 孤独を救う一歩
2・1     age UKの誕生
2・2     高齢者の夢をかなえる

第三章 英王室の役割
3・1     女王の仕事
3・2     チャールズ皇太子の公務
3・3     ダイアナ妃
3・4     カミラ夫人
3・5     キャサリン妃
3・6     メーガン妃
3・7     王室離脱

第四章 ノブレス・オブリージュ
4・1     世界最低レベル
4・2     オックスフォード大学の精神
4・3     高貴さは義務を強制する
4・4     ギャップイヤー

第五章 ロンドンを歩けば
5・1     人をつなぐ花の力
5・2     心遣いの形

第六章 弱者を切り捨てない社会

6・1     弱者と暮らす日常
6・2     高齢者の味方「フリーダムパス」
6・3     寄付社会の弊害
6・4     マークス&スペンサーの取り組み
6・5     アルツハイマー協会
6・6     マギーズセンター
おわりに
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