ふたたび飲めなくなる前の……|パリッコの「つつまし酒」#117
やるせない日々
僕の愛するお酒がとことん悪者にされてしまっている昨今の現状について、これまでにももうさんざん書いてきましたし、ともすると同じ話のくり返しになってしまうので、こう言う場では、なるべく楽しいことを書いていきたいと思っています。
が、さすがに東京都における4回目の緊急事態宣言が、飲食店に関わる人たちにとって、タイミング、内容ともに、心が折れかねないほどに辛いものであることは明確。実際、SNSでつながっている大好きな酒場の店主さんたちからもちらほらと、「もう疲れました」「今後どうしようかな」なんて声が聞こえてきたりもします。
何よりこれから夏本番。ごほうびの生ビールだけを楽しみに、1日汗水たらして働く人々、また、そんな人々のために、うまいつまみとキンキンに冷えたビールを用意して待ってくれている酒場の人々、そこに生まれる、つつましいながらも無上の喜びを、またしばらくの間がまんしなくてはいけない。
なんとも、やるせない毎日です。
恵理子ママとばったり
前回の緊急事態宣言が解除されて、まん延防止等重点措置に移行し、ひとまず飲食店でお酒が飲めるようになったのが、今年の6月21でした。そうして我々酒飲みや飲食店経営の方々の心に少しだけ希望が戻ってきたのも束の間、7月12日から、東京都はふたたび緊急事態宣言下に突入。その間、わずか3週間ですよ……。
ところで、石神井在住歴も長くなり、あちこちで飲み歩いてもきたので、昼間に酒場の店主さんと街で偶然お会いすることも珍しくありません。
先日も地元商店街を歩いていたら、大好きな沖縄料理屋「みさき」の恵理子ママとばったり遭遇。
「やっとお酒が出せるようになりましたね」
「ほんとに。うちも今、特別に4時から開けてるんですよ。ほら、夜が早いでしょ?」
「あ、じゃあ近々伺います!」
なんて話をさせてもらいました。その直後にニュースでふたたび緊急事態宣言が発出されることを知ったので、よけいに愕然としてしまったわけなんですが。
で、ママからしたら単なる挨拶程度の会話だったんだろうけど、この約束は絶対に守りたい! と感じた僕。宣言前最後の平日に、なんとか時間を作り、みさきへ行くことができました。
どうかご無事で……
2021年7月9日金曜日、午後4時半。緊急事態宣言突入前最後の平日。人気店、みさきの店内を覗くと、時間が早いからかまだまだ空席あり。無事、アクリル板で仕切られたカウンターの一席につくことができました。
ママや女性店員のみなさんはいつもと変わらぬ明るさで迎えてくれ、ちらほらといる先客の常連さんたちもみんな笑顔で幸せそう。だけど、状況を考えれば誰もが心中スッキリと晴れやかなわけはない。それが切ない。
それでも生ビールを注文すると、今日のお通し、さっぱり味のこんにゃくとところてんの小鉢とともにやってきて、ごくごくっとやれば文句なくうまい。あぁ、乾いた喉に染みわたる清涼感。これがまたしばらく、味わえなくなっちゃうのか……。
大好きな景色
今日は平日で、これから家に帰れば家族との時間が待っている。よって、無念ながらあまりのんびりしているヒマはない。30分1本勝負、日替わりの「ニラ玉」1本勝負でいきましょう。
「ニラ玉」(550円)
厨房からジャーっと威勢のいい音が聞こえ、すぐにやってきたのは、玉子よりもニラのほうが多いんじゃないの? っていう、贅沢なニラ玉。シャキシャキのニラを噛みしめると、独特の香りと甘さが口いっぱいに広がって、も〜本当に、なんだってこう美味しいんでしょうかね。みさきの料理は。
ママに「ニラ玉って前から出してましたっけ?」と聞くと、「いえ、今が旬で安いから」とのこと。あぁ、これだよ、酒場で飲む、嬉しさ楽しさ。また、チャンプルー風の味つけなので、自家製のコーレーグースがばっちり合うんですよね。たまらず「シークワーサーサワー」をおかわり!
みさきの名誉のために過去の写真を載せておきますが
本格的な沖縄料理も最高に美味しいお店です!
絶品のニラ玉をしみじみ味わいながら、いつもどおりたまに混ざる恵理子ママの下ネタに笑い、「再開はやっぱり8月ですか?」「そうなりますねぇ」なんて、する意味があるのかわからないけれども、せずにはおれない会話をかわし、本来ならもっといたかったけど、今日はこのへんでお会計をお願いしましょう。営業が再開したら、またたっぷり飲み食いにくるぞ! と心に誓いつつ。
そういえば、ママには「アキラ兄ぃ」という親戚のおじいさんがいて、これがなかなか強烈なキャラクター。この店か、ママのお姉さんが近くでやっている「カルチェ」というパブのどちらかに、夕方には必ず飲みに来るんだそうです。なんだか「酒場の妖精」って感じで、見かけるとすごく嬉しくなってしまうんですが、この日はお会いすることができました。
そのアキラ兄ぃ、ママと僕の「お子さん、もう大きくなったでしょ?」「えぇ、もう4歳ですよ」なんて会話を聞くと、むこうのカウンターから、心底驚いたという表情で、「なに? 子供に子供がいるのか?」と話しかけてきました。
ははは、そうだったそうだった。僕、今月でもう43歳になるんですけどね。いつだって酒場ではまだまだひよっこ。ふたりとも貫禄不足ということもありますが、僕とスズキナオさんで飲み屋に入り、何度「学生さん?」と聞かれたことか。そんな感覚も久しぶりで、なんだかよけいにしんみりしちゃいましたよね。
世の飲食店の方々、今、本当に大変な時期だと思いますが、我々は酒場で飲める喜びを決して忘れません。無理のない範囲で、どうか無事にお過ごしください。
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco