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指揮者・伊藤玲阿奈さん『「宇宙の音楽」を聴く』「はじめに」を公開!

ニューヨークを拠点に世界で活躍している指揮者の伊藤玲阿奈さんは、このたびデビュー作となる『「宇宙の音楽」を聴く』を上梓しました。「『宇宙の音楽を聴く』って何?」と思ったそんな皆さんのために、今回は「はじめに」を公開し、次回、伊藤さんご本人による記事も配信する予定です。どうぞお楽しみに。

「宇宙の音楽」を聴く_RGB

はじめに

だれも、説得によっては人を変えることなどできない。
私たちひとりひとりは変化への門をかたく守っていて、
その門はその人の内側からしか開けられないのだから。
マリリン・ファーガソン(社会心理学者)


 私、伊藤玲阿奈(れおな)は音楽家です。
 といっても、専門はオーケストラや歌手・合唱の指揮ですから、肩書きとしては「指揮者」になります。2008年、29歳のときニューヨークでプロ指揮者としてデビューしました。現在もこの街を拠点にしています。
 もともとは福岡の出身です。高校を卒業後、国連で安全保障・平和維持にかかわる仕事を夢みてアメリカに渡り、ジョージ・ワシントン大学の国際関係学部に入学しました。
 しかし人生なにが起こるか本当に分かりません。ひょんなことから音楽家になってしまい、気がつけば日本を離れて23年以上になるのですから……。
 音楽家になると決めたのは20歳のとき。幼少からずっと訓練をすべきクラシック音楽家としては遅すぎるスタートでしたから、相当の焦りがありました。「指揮者は絶対こうあるべきだ」という強い自意識で武装し、無謀なまでに実践しようとしたものです。

図0・1

図0・1 指揮中の筆者
photo by Masao Katagami(http://masaokatagami.com)

 自分の夢や理想を実現することを「自己実現」と難しい言葉でいいますが、いま振り返ると、30代前半までの自分は〝自己実現の鬼〟だったと思います。
 しかし〝鬼〟であったからこそ、カーネギーホールの舞台から大学院の二浪まで、大統領との会見から興行詐欺の被害まで、人生の光も影も経験できたことは確かです。
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 こんな私が書いた、『「宇宙の音楽」を聴く』という奇妙なタイトルの本書を手にとられたとき、どのような本だと皆さんは思われたでしょう。
 想像すると楽しくなります。
 素直に「音楽の本」と思われた方、ここまで読んで「社会論? 人生論?」と首を傾げられた方、色々といらっしゃるはずです。しかし実のところ、どれもピタリとは当てはまりません。
 それでは、いったい何が本書のテーマなのでしょうか。
          *
 私たちは今、以前には考えられなかったようなスピードで世界が変化する時代に生きています。むかし教えられたことが通用しなくなるなど序の口で、まったく逆のことが正しいとされることさえ頻繁に起こるようになりました。
 しかもテクノロジーの力によって、そのスピードがどんどん増している状況です。わずか5年10年たっただけでも、かつての成功体験が通用しないことなど日常茶飯事になっています。インターネット関連のビジネスなど、そのサイクルがもっと短いことでしょう。
 つまり、この変化への対処にもしも失敗したら、若い世代であろうが、これまで真面目に仕事してこられた方であろうが、測り知れない困難に直面することになるのです。
 テクノロジーのみならず価値観や気候といったことまで、あらゆる変化にしなやかに対処できるかどうかは、いまや個人としても国全体としても死活問題になっています。
 特に2020年は、それにどう対処するかで明暗がはっきり分かれた年でした。
 私はこの本を、コロナウイルスによるロックダウン(都市封鎖)のさなか、ちょっと前までの日常が壊れゆくさまを目の当たりにしながら書いています。ニューヨークは東京の比ではないほど、何もかもが一変してしまいました。それゆえに、すぐ順応して対策をねった人とそうでない人との差は、時間が経過するほど開いています(図0・2)。

図0・2A

図0・2B

図0・2 コロナ禍で激変したニューヨーク。ラッシュアワーなのに人も車もまばら。グランドセントラル駅(上)と目抜き通りの42丁目(下)。(ロックダウン直前に筆者撮影)

 コロナ流行の兆しが出た頃から対応できたのはアメリカでも少数派のようでした。それができた人や企業は、ロックダウンがきても生活水準や業績をそのまま保つか、むしろ伸ばしています。
 一方、混迷しているのが多数派です。オンライン化に乗り遅れた人は生活危機、株価対策に執着して自社株買いをすぐに止めなかった企業は資金ショートの危機、といった具合に。失業率が10%をこえた時期さえあり、続々と経営破綻しています。
 このように、対処の仕方しだいで結果にひときわ差がひらく傾向は、コロナ禍が収まったあとも続くのでしょう。そしてさらに多くの人々を混迷の渦へと巻きこむのです。
 本書を手に取られた皆さんも、時代の変化にどう対処すべきか悩んでおられるかもしれません。もしかしたら、変化した状況では自分自身になかなか価値を見出せず、苦しんでおられる方さえいらっしゃるかもしれません。はたまた、変わってしまった社会や人々に対して怒りを感じる方もいらっしゃることでしょう。
 では、どのようにしたら上手に対処できるのでしょうか。そして、この変わりゆく時代に生じてくる苦しみや怒りから、どうすれば解放されるのでしょうか。
 これに対する私なりの答えを皆さんにご提案すること――それが本書のテーマです。
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 ところで、ふだん私たちは常識やら信念やらをもって生きています。たとえば次のようなものは代表的です。

「個性をのばして、自分の好きな夢をかなえるのが成功であり、幸せ」

 これを疑う人はまずいらっしゃらないはずです。私たちは小さい頃からこのように教えられてきました。まさしく私たちの常識、かつ個人の信念になっています。
 ところが江戸時代より前の日本では違ったのです。身分制度が当たり前、そのうえ職業の選択さえ制限されていた時代では、「自分の好きな夢をかなえる」など常識になるはずもありませんでした。
 われわれ現在の日本人がなぜこれを常識に思うかといえば、明治維新によって「自由」という西洋の思考回路が輸入されて、それが約150年かけて根付いたからに他なりません。すなわち「自分の人生は自分で決めるべき」という近代の西洋で主流となった思考回路が、私たちの頭にもインプットされたからなのです(第3章でくわしくご説明します)。
 つまり、ふだん疑うことなく頼っている常識やら信念やらというものは、私たちの内側でうごく思考回路があってこそ生まれてきます。
 これをスマートフォンでたとえるなら、OS(オペレーティングシステム)とアプリケーション(アプリ)の関係となるでしょうか。
 OSとは、機械を動かしているプログラムのこと。スマホそのものを動かすのですから、LINEに代表されるアプリの方はOSなしに決して稼動できません。OSの枠組みがあるからこそアプリだって動けるというわけです(図0・3)。

01 図0-3

図0・3 OSとアプリ。OSのプログラムを動かすため、OSなしにはアプリは動かない。つまり、OSが思考回路とすれば、アプリは私たちの常識や言動にたとえられる。Designed by mogmin(http://mogmin.com)

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 さて、本書とおなじテーマを扱った類書やセミナーはごまんとあります。そしてその道の専門家の方々がさまざまな知識やテクニックを教えてくれます。おそらく皆さんも、それらを学び、実践することでご自身を高めようとされてきたのではないでしょうか。
 しかしながら考えてみて下さい。
 知識やテクニックとはスマホでいうアプリにあたり、それらを生み出したり、適切に処理しようとする思考回路にあたるのがOSです。
 ということは、いくら知識が増えてテクニックを駆使したところで、それらのアプリを裏から支配している自分の思考OSが修正されないかぎり、結果はそんなに期待できません。スマホ自体のOSをアップデートしなければ、LINEをいくらアップデートしようが効率的に動かなくなるように(以下、本書では「思考回路」のことを「思考OS」とも呼びます。「思考習慣」「思考法」なども同様です)。
 これをもうちょっと掘り下げてみます。
 日々刻々と変わりゆく時代の状況にうまく対処するには、言うまでもなく思考の柔軟さが必要です。もっと具体的な言葉にするならば、思考している本体である自分自身を変える、それも、竹のようにしなやかな思考回路をもった自分へと変革させることを意味しています。
 もし、このような思考回路に自分をもっていくことができれば、苦しみや怒りだって少しは収まってくれるはずです。
 どんな暴風が吹いたとしても、竹は曲がれど折れることはまずありません。うまく受け流すでしょう。しかも「竹を割った性格」というように、割ろうと思えばスパッと気持ちよく割れてくれます。

図0・4

図0・4 呉鎮『墨竹譜』(部分)

要するに、自分の思考回路そのものをフレキシビリティあふれる回路へと変革することが、本書のテーマを達成するための根本的な解決法なのです。変化にうまく対処したいなら自分の内側から変えよ、ということになります。
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 したがって本書は、根本的な解決へと皆さんを導くことを目標として、次のような流れになっています。
「はじめに」「序章」は、本書を読むうえで前提となることをお伝えする部分です。そしてその後の本編は3つの部分にわけて構成されています。
 そのうち第1部(第1・2章)と第2部(第3・4章)は、私たちの日常的な言動をつくり出している思考回路そのものを自覚するパートです。
 先ほど「夢をかなえる」の例から察せられるとおり、なにげない言動にも、かならず頭の内側にある思考OSが反映されていますから、それを知ることは自分自身の(そして他者の)思考や行動のパターンを解明することにつながります。くわえて、それ自体をフレキシブルなものに変えたいのであるなら、現在の自分を縛っているOSをまず知っておくのは当然でしょう。
 つまり、私たちが四六時中サングラスをかけていたことに気付いて、その色や性能を確かめようとするのが第2部までです。ただし現在の日本人がかけているサングラスは、(「夢」の例もそうだったように)大半が西洋原産のものに取って代わられています。
 ですから本書でフォーカスされるのも、私たちが明治維新になって輸入した西洋の思考回路です。それについて、第1部では起源(第1章)と近代における発展(第2章)を説明し、第2部では長所(第3章)と短所(第4章)を整理します。
 第2部までを読まれると、西洋OSがいかに私たちの日常的な言動を生みだしているのか、しっかりと理解できることでしょう。
 そのうえで第3部では、西洋の思考回路に支配され過ぎることの問題点をいかに克服して、苦しみや怒りに引っ張られることなく、変化にうまく対処できる自分となるかを探ります。
 西洋とのバランスを適切にとってくれるものとして東洋の思考回路――なかでも古代中国のタオイズム(老荘思想)と、古代インドにおける宇宙との一体化思想――をご紹介して(第5章)、それをもとに私なりのご提案をお伝えすることになるでしょう(終章・おわりに)。
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 この本は、予備知識がなくても読めるよう工夫して書かれてあります。
「リーダーシップ」「SDGs」「アート思考」といった、現在のビジネスパーソンに求められている素養を、本書のテーマを理解するための手助けとなる形で散りばめました。
 また、各章の後にはコラムを用意して、その章にかかわる内容をクラシックの楽曲からも理解できるように配慮しています。選曲にあたっては、ふだんクラシックを敬遠されておられる方でも楽しんで頂ける小品ばかりにしました(これらの曲は、私のYouTubeチャンネルにてお聴きになれます)。

『「宇宙の音楽」を聴く』章末コラムに対応した再生リストの1本目の動画より。再生リストへはこちらをクリック。

 それでも人によっては退屈な部分もあるかもしれません。その場合、興味がわかない部分を斜め読みしていくか、思いきって第3章第3節へ飛んでも結構です。なお、小さい番号がふられた注釈は専門的なので、初回は無視して読み進めるほうが良いでしょう。
 ただ、やわらかい色のサングラスへとかけ替えられたい方は、ぜひ全体を何度か読まれてください。半年や数年たってから読み返すと、さらに効果的です。
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 とはいえ、エピグラフ(冒頭に置いた引用句)に掲げたファーガソンの言葉がいみじくも示すとおり、知識やテクニックを与えられれば自分が変われると私たちは錯覚しがちですが、実のところ変化への門は内側からしか開きません。
 音楽家になると決心してから20年――私自身もある時点までは知識やテクニックばかりに偏っていました。それで自分の人生もよい方向へ変化すると思っていましたから。
 しかし内側から、思考回路の次元から自分を変えていくことが真の解決法だと悟ってからは、その努力をつづけてきました。自意識が強すぎて自分も他者も苦しめるばかりか、自分のやり方しか受け付けられない器の小さな自分が、我ながら情けなかったのです。
 そして本編でもふれるように、失敗やスランプをくり返しながらも、ニューヨークの中で働けるだけのリーダーシップやコミュニケーション能力を獲得しました。もちろん変化への対処にも慣れましたし、苦しみや怒りに振り回されることも少なくなっています。
 ゆえに本書は、私自身が半生をかけてやってきたことを、経験談をまじえながら整理したものです。この時代の激しい変化に立ち向かうべく、自らも内側から変わらんとする方々にとって有益の書となれば幸いです。
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 それにしても、どうして本書は『「宇宙の音楽」を聴く』、なのでしょうか。
 いったい「宇宙の音楽」とは何のことで、それと本書のテーマがどう関係するのか。まずはそこから始めねばなりません。
 それでは、序章へとお進みください。

〈「はじめに」エピグラフの出典〉
Marilyn Ferguson “The Aquarian Conspiracy: Personal and Social Transformation in Our Time”(Routledge & Kegan Paul, 1981)、第4章112ページより。拙訳。
*松尾弌之氏による邦訳『アクエリアン革命』(実業之日本社)もあるが未確認。原著をもとに私が訳したもの。

著者プロフィール

伊藤玲阿奈(いとうれおな)
1979年、福岡県生まれ。指揮者。ジョージ・ワシントン大学国際関係学部を卒業するも、音楽家になることを決意。ジュリアード音楽院とマネス音楽院の夜間課程にて学び、アーロン・コープランド音楽院で修士号を取得。2008年、ニューヨークにてプロデビュー。以後、カーネギーホールなど世界各地で指揮しつつ、政府や国際組織との音楽イベントもプロデュース。14年、「アメリカ賞」(プロオーケストラ指揮部門)を日本人初の受賞。武蔵野学院大学スペシャル・アカデミック・フェロー。タトル・モリ エイジェンシーの note「翻訳書ときどき洋書」にて「ニューヨークの書斎から」を連載中。ニューヨーク在住。本書が初の著書。

『「宇宙の音楽」を聴く』目次

はじめに
【序章】大いなる宇宙は奏でる

【第1章】言葉は神とともに
第1節・古代ギリシャ・ローマ人が〝聴いた〟「宇宙の音楽」
第2節・古代中世のクリスチャンが〝聴いた〟「宇宙の音楽」
第3節・西洋の思考回路 ~その基本

【第2章】思考するは我にあり
第1節・自意識から出発するようになった西洋人の思考
第2節・人類最大のイノベーションはこうして生まれた
第3節・〝モチはモチ屋〟を徹底する近代西洋OS

【第3章】近代世界をおおう光
第1節・近代西洋OSが世界標準となった理由
第2節・もうひとつの欠かせない思考回路 ~「自由」
第3節・合理的に実現できるようになった私たちの夢

【第4章】光の影にひそむもの
第1節・リーダーシップの限界から分かったこと
第2節・成功を求めつづける生き方の限界から分かったこと

【第5章】〝自分〟は存在しない
第1節・「美人でも動物は逃げる」~理性と知性の盲点をつくタオイズム(老荘思想)
第2節・「我は宇宙かつ神なり」~科学的思考の盲点をつくインド思想

【終章】「宇宙の音楽」を聴く
第1節・〝ゾーン〟に入ってもらえるリーダーシップを目指して
第2節・この時代にふさわしい生き方を目指して
おわりに

著者の連載「ニューヨークの書斎から」はこちら



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