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面倒な「マスク会食」も人生の思い出の1ページに!?|辛酸なめ子#04

不思議な新マナー

「マスク会食」……不思議な新マナーがパンデミックの世の中で始まりつつあります。

神奈川県の黒岩祐治知事が夏頃から提唱している「マスク会食」は、飲食時はマスクの耳のひもを持ってマスクを外して耳からぶら下げて、会話する時はまたマスクをはめる、という風習。報道番組などで知事は「うっとうしいと思われるかもしれませんがやってみると必ず安心が生まれます」「マスクをして会食を徹底すればなんとか踏みとどまれる」などとおっしゃっていました。

たしかに最近は会食や接待など食事会での感染拡大が続いています。そこでマスクを徹底すれば、無症状感染者からの飛沫を防ぐことができます(マスクで口元をガードしても目から入ったらどうするのかという気もしますが……)。

黒岩知事の影響を受けて、菅首相や新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長も「マスク会食」を国民に普及させようとしています。小池都知事も、会食をする際の新たな感染予防策としたて「5つの小」というフレーズを提案。「小人数」「小一時間程度」「小声で」「小皿に取り分け」「小まめにマスク・換気・消毒」だそうです。田村厚生労働大臣は、透明のフェイスシールドを食事中に上げ下げする新しいやり方を提案。ただフェイスシールドを上げ下げする時、指が外側に触れてしまっていました……。ボタンで自動で上下するフェイスシールドや、真ん中の部分が自動で開閉するハイテクマスクがあったら良いかもしれません。食べる時だけとはいえ、マスクを片耳からぶら下げる姿はかっこいいとは言えません。男女の食事の時に、お互い片耳からマスクをぶら下げたらそれだけでちょっと萎えそうな……。「5つの小」も、小声で小一時間、こまめにマスクということで会話に集中できなさそうです。ニュースでは「カンパーイ!」と言った瞬間に飛沫が飛ぶので注意とか、黙って取り分けるように、とか感染症の専門家が語っていました。会食が盛り下がりそうな要素ばかりですが、その方が安全かもしれません。

「マスク片耳かけ」はルックス格差をあぶり出す!?

世の中的にはどのくらいマスク会食が浸透しているのか、たびたびカフェなどでチェックしていたのですが、30席くらいテーブルがあるとして、そのうち2席くらいがマスク会食しているような感じです。マスク会食しているのは、慎重そうな年配の男女だったり、もし万一感染したら人間関係にわだかまりが生まれそうなママ友同士など。若い女子グループはたいていマスクを外してガールズトークしていました。私たち若いし体力あるから大丈夫、という自信を漂わせています。

先日は日比谷のおしゃれカフェで、外国人グループがマスク会食していて、途中からは外し気味になっていたのですが、イタリア系イケメンが例のマスク片耳かけをやっているのを目撃。するとルックスがモデル級だからか、不思議とそんなに貧乏臭く見えません。和柄のマスクを片耳にかけていて十分さまになっていました。マスク片耳かけはルックス格差をあぶり出すことに……。

私にはとても片耳がけする勇気はありません。以前、サイゼリヤで提唱されていた「食事用マスク」(マスクと紙ナプキンを重ねて付けて口の前を覆う)をやっていたら、一緒に食事している人に「やめた方がいいんじゃない……」とげんなりした表情で言われたこともあります。

「雅(みやび)に飛沫防止」は可能!?

気を取り直して「マスク会食」の風習を少しずつでも取り入れていこうと思います。先日、知人との食事会が赤坂であったので、マスクと扇子両方を準備して参加。このところ、口元を扇子で隠して飛沫感染を防止する方法も提唱されています。平安時代の人々もマスクを口元で隠して食事していたとか……。雅に飛沫防止したいです。

食事会の場所は知人が憧れていたという、高級ホテルのラウンジの個室。最初は扇子でカバーして静かにしていたのですが、メニューを見た瞬間、扇子どころではなくなりました。「ナシゴレン2200円」「カレーライス2400円」といったランチにしてはお高い価格帯で、「ビーフストロガノフ 3600円+1500円」「金目鯛のブイヤベースとガーリックトースト 4100円+1700円」と、価格に謎の追加料金が表記されているメニューも多々ありました。最初から合算で書くとショックが大きいからでしょうか……。さらにこの個室の室料が5500円かかってきます……。冷や汗という別の飛沫が出てきそうです。首相官邸が見える個室で、高いランチ(2700円のブイヤベースセット)をいただいたら、さすがのおいしさでした。

私以外は全員3900円のランチコースをオーダー。政治家がよく利用する個室で食事していたら、アグレッシブな残留思念に影響されたのか、知人(占い系)が、来年紅白に出たい、声優にも挑戦したいと野望を語っていました。そのような夢を忘れてしまっていたので同年代として応援したいです。気が大きくなるシチュエーションだと声も大きくなりがちです。私は逆に、政治家御用達の個室で批判精神が高まり、口元を覆うのも忘れて「Go To キャンペーンはおかしい!」などと語ってしまいました。結局飛沫防止はできてなかった気がします。

マスクよりも周りを安心させるパワーワードとは!?

また、別の日にも6人で会食する機会があり、マスクをつけなければと意気込んで参加。場所は茶室で、和食のコースを食べながら、伝統工芸やアートや織物などに関わる方々と会談。ろうそくで照らされた薄暗い茶室に入ってマスクをつけると……「みんなつけてないんで」と言われて、外す流れに……。そこでの会話はレベルが高すぎでした。

「古い伝統技術をよみがえらせることはテクノロジーへのアンチテーゼですよね」「今はアッパーにはノイジーなものが求められる」「アブリシエートされるんですね」「文化はハングリーからではなく安定から生まれるものです」といった会話が飛び交っていて、私は入っていけず、この場では飛沫を飛ばさなかったと自負しています。これだけ意識が高い空間だとウイルスも生存できないのでは、と勝手なことを夢想。

その数日後、年上の女性2人とのランチでは、扇子を使用。「平安時代が見える」「前世いたでしょう?」と笑われました。扇子が合う合わないで前世が判明するかもしれない、という利点が。この日の話題は主に世紀末や隠謀、悪魔について。ある漫画が予言していた来年の日本は、富士山が噴火したり大地震が発生したりと大変なことになる、という話に震えました。

ヒートアップしすぎて友人が咳き込みはじめ、周りのテーブルもざわざわしてきたところ、「ごめんね誤嚥だから!!」と友人は叫んでその場をおさめました。マスクよりも周りを安心させるパワーワード「誤嚥だから!!」。年とともに誤嚥しがちな私も、咳き込んだらアピールしていきたいです。

来年の今頃はどうなっているんでしょう?

また別の日は、3人で打ち合わせのあとランチを会食するという流れで、打ち合わせ時は出版社のミーティングルームで、マスクを着用し、アクリル板ごしに会話するという徹底した対策が取られていました。緊張感を持って打ち合わせを終えて、ランチのイタリアンに行ったら普通に皆マスクを外して会話。話題は眞子様のご結婚についてで、自然と声が大きくなれます。結構飛沫を飛ばしてしまったような……。もうお互い信じ合うしかありません。

結局、中途半端な形になってしまった「マスク会食」。徹底させるのは難しいことを実感しました。これからも感染症対策と免疫力向上につとめながら、マスク会食をできる機会を探していきたいです。今までになかった珍しい風習を体験できるのはある意味貴重です。来年の今頃、「1年前はマスク会食なんて変な風習あったな」なんて笑えるような平和な世界が訪れていることを願って……。

今月の教訓
面倒くさいマスク会食も、何年か後にはきっと人生の思い出の1ページに……。

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辛酸なめ子(しんさん なめこ)
1974年東京都生まれ、埼玉県育ち。 漫画家、コラムニスト。女子学院中学校・高等学校を経て、武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。恋愛からアイドル・スピリチュアルまで幅広く執筆。著書に『大人のコミュニケーション術』(光文社新書)、『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)、『辛酸なめ子の現代社会学』(幻冬舎文庫)、『霊道紀行』(角川文庫)、『辛酸なめ子と寺井広樹の「あの世の歩き方」』(マキノ出版)、最新刊に『女子校礼讃』(中公新書ラクレ)がある。

#01 「飛沫を避ける仮想コミュニケーション」はこちら

#02 「謝罪の流儀」はこちら

#03 『コロナ禍で「人との疎遠度」が高まる日々』はこちら


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