おいしさの秘密は "地形" にアリ!? 日本の食が多彩な理由とは
日本の複雑な地形が生み出す各地の逸品
地球の動きに伴う地形の変化が食に大きな影響を与えていると解説する本である。日本各地で美味しいものが生まれる場所にはそれぞれ特徴があり、相応の理由があるという指摘は興味深い。
四方からプレートがせめぎあう日本列島は地震も多いが、それゆえ多様で複雑な地形が生まれており、人々はそうした土地の特性を生かして生産活動を続けてきた長い歴史がある。
たとえば日本の河川は急流であり、平原をゆったりと流れるヨーロッパの河川とは大きく異なる。日本の急峻な地形から流れ出る水には、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル分が溶け込む十分な時間が無い。このため多くの場所で日本の水は軟水となり、昆布などの出汁のうまみを引き出せるようになったと著者は記す。
一方で硬水の食文化もある。沖縄の堅豆腐や、野田や銚子の「関東濃口醤油」などがその例である。関東の水質には利根川水系上流の秩父や葛生に分布する石灰岩が影響しているという点も興味深い。
東京・江戸川区小松川周辺の関東低地でできる野菜や、群馬県・下仁田のネギなど各地の特産物が生まれるにあたっても特有の事情がある。小松川周辺では荒川の上流から運ばれた沖積土が広がったり、下仁田では地形に恵まれて肥沃な粘土層があったりしたことなどから、その地でしか作れない作物として定着した。
このほか、瀬戸内式気候で雨が少ない香川県は乾燥に強い小麦の栽培に適しており、それゆえ讃岐うどんが成立したと著者は指摘する。本書は、讃岐地方が古くから良質な小麦の産地として知られていたことが江戸時代の記録にも残っていると紹介する。
さらに瀬戸内海では、瀬戸(海峡)と灘(海の広がり)が交互に分布しているほか、地球の潮汐現象が相まって高速潮流を生み出していることが、「天然の生簀」と呼ばれるほどの豊かな水産資源をもたらしているという。
こうした環境では筋肉質で旨みの強いマダイが育まれる。また、潮流によって内部まで酸素が行き渡ることでプランクトンが大量に発生し、これを目当てに集まったカニやエビなどの甲殻類を食べて良質の魚が育つというエコシステムが広がっている。
地形の影響を受ける点から見れば、日本酒がその最たるものである。美味しい日本酒造りには良い水が不可欠であり、良い水の第一条件は「麹菌や酵母菌の活動を促すために鉄分が少なくカリウムなどの栄養分を含むこと」であると著者は指摘する。その中でも日本の酒造りの中心地として知られる「灘五郷」を支えているのが「宮水」と呼ばれる中硬水の水である。水に含まれるカルシウムが麹菌の働きを活性化するために発酵が進み、力強い酒が生まれるという。
本書に一貫しているのは、日本列島を作り上げた地形の特徴が多彩な食文化を生み、各地の産品を逸品たらしめている事実を解明する科学的なアプローチである。
著者は地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを研究するマグマ学者であると同時に、大の食いしん坊であると自ら記す。一見直接的には結びにくい分野が合体して面白い書物に仕上がっている。地形と食物の関係はかくも深く密接であることを実感させられる一冊である。
毬谷礼実(ブックレビュアー・ジャーナリスト)
目次
プロローグ
第1章|旅立ちの前に
第2章|変動帯がもたらす日本の豊かな水
第3章|火山の恵みと試練
第4章|プレート運動が引き起こす大地変動の恵み
第5章|未来の日本列島の姿と大変動の贈りもの
第6章|日本列島の大移動がもたらした幸福を巡る旅
第7章|地球規模の大変動と和食
エピローグ
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