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"不時着女優”のもう一つの代表作は女の自立全力応援ドラマ【後編】

こんばんは。ジャーナリスト・治部れんげさんによる連載「ジェンダーで見るヒットドラマ」。今回は、韓国ドラマ「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」の記事・後編です。※以下の記事はネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。

記事前編はこちら ↓

”年下男子との胸キュンラブストーリー”の顔をしたフェミニズムドラマ

話をジナに戻しましょう。彼女は大企業を定年退職した父親と専業主婦の母親、ジナと理系大学院生の弟の4人家族。弟はふだん大学の寮に住んでいますが、ちょくちょく自宅に帰ってきます。温厚な性格の父親と対照的に、母親がくせもので、ジナを良い家柄の男性と結婚させようと必死です。

ちなみに、ジナの元カレは弁護士で学歴も家柄も申し分ありませんが、不誠実で甘えた最低な男です。自分が浮気してジナを振った上に、彼女に年下の彼氏ができると未練たらたらでつきまといます。私だったら、こんな奴は一発ひっぱたいた上に蹴りを入れ、SNSのフォローや友達は切り、電話番号を着信拒否にするでしょう。

ジナが煮え切らない態度を取り続けた結果、この男はジナの職場にあらわれて抱きつこうとし、拒否したジナにケガを負わせ、付き合っていた頃に撮影した2人でベッドに入った写真を印刷して花束と一緒に会社に送り付けたりするなど、ストーカー行為をはたらきます。さらにその後、ジナを車で誘拐した上、無理心中をチラつかせるような狂気に走っていくのです。

警察に通報し、被害届を出した上で縁を切るべき人間ですし、刑務所に入るとか弁護士資格を剥奪されるなど、法的・社会的制裁を受けるのが妥当です。それなのにジナは彼との関係をきっぱり絶つことができません。

加えて、ジナ母は、娘が幼なじみのジュニ(チョン・へイン)と付き合っていることを知ると、何度も繰り返し、別れるように求めます。ジナの家は普通のサラリーマン家庭であり、必死になって守るべき家柄や財産もないのに、いったい、何を守りたいのか、と思ってしまいます。

◆暴走する毒母は家父長制の産物

ジナ母が気にしているのは、ジュニに両親がいないことと、彼が大学を中退していることです。ジュニと姉のギョンソンを前に、ジナ母がこのように言い放つシーンがあります。

「ジュニ、私の(ジナと別れろ、という)言いつけを守って。親が育てないと生意気になるわね」

これに対し、ジュニを親代わりに育ててきたギョンソンが反論しようとしますが、ジュニはそれを制止して、ジナ母に謝ります。ジナ母は「謝るくらいなら、最初から踏みとどまりなさいよ」「あんな父親の子ですもの。同類に決まっている」「この家に一歩も入れたくない」とたたみかけます。

ジュニとギョンソンは約10年前、母を病気で亡くしており、薄情な父はすぐに再婚して家を出て行ってしまいました。ジュニ父の行動は親として無責任ですが、それを理由に子どもを責めるのは筋違いです。

私自身も、母親です。ジナ母が酷いことを言うシーン見るたび、自分がドラマの世界に入って行って、文句を言いたくなりました。

治部アンタの行動が、娘を不幸にしているのに、どうして分からないの!

ジナ母(治部の髪を引っ張りながら)「はぁ⁉ アンタ誰よ! うるさいな。早く帰れ!

治部(ジナ母の髪を引っ張り返して)「アンタがやっていることは、ただの虐待だ! そんなに学歴が大事なら、自分が勉強して好きな大学に行けばいいだろ! 弁護士でも裁判官でも、好きなものに自分がなれ!

……と、こんな想像をするくらい感情移入して見ていたわけですが、それはさておき、ジナ母の行動原理は「子どものためを思って」です。人権侵害としか言いようがない言動の背景には「女性の幸せは、夫の社会的成功で決まる」という強い思い込みがあります。

ドラマの中で、ジナ母は、何度か夫に苦言を呈します。そこでは現役時代、あなたがもっと昇進していたら、娘が良い結婚をできたのに、といった趣旨のことを言っています。ここには、家長の社会的地位が妻子の地位も規定するという家父長制の残滓を見て取ることができます。毒母とは、社会の産物なのです。

ところで、このドラマのベースはラブストーリーです。これまで、職場のセクハラを受け流してきたジナは、ジュニとの恋愛を機に変わっていきます。ジュニのまっすぐな愛情は、ジナの自尊心を回復し、間違ったことにノーを言う勇気をもたらし、セクハラ告発に踏み切らせます。同時に、ジナの自尊心を回復させたジュニとの恋愛は、母が暴走するトリガーになってしまうのです。

 ジュニを演じるチョン・へインは、姉のようだった「綺麗なお姉さん」に対する愛情をとても上手に表現しています。交際が始まった頃、ジナに自分の「好きなところを10個あげて」と言われると「1つしかないからな」「ただ、ジナだから。ほかに理由はない」と言った上で「かわいいから」「美人な上に純粋だし」「とにかくかわいい」と笑顔で答えます。

シンプルな言葉にジュニのジナに対する無条件の愛情がよく表現されています。また、嬉しい時に上を向くしぐさは特徴的です。また、ジナに乱暴を働いた元彼氏に対しては容赦なく殴りかかっていく正義感の強さと血気盛んなところもあります。

ゲームデザイナーとしての腕を買われ、中国勤務を打診されますが、ジナと離れたくないジュニは迷わず断ります。彼の職場での振る舞いに遠慮はなく、技能さえあれば学歴や年齢に関係なく登用される、実力主義の新しい業界で自由に生きる様子が描かれています。

このドラマで描かれる恋愛は単なる甘い関係ではありません。本当の愛は人の存在を根本から肯定するようなものだ、というメッセージは『愛の不時着』にも通じます。「恋」はいつか終わるけれど「愛」はずっと続くこともあり得る、というメッセージが伝わってきます。

そして、私がこのドラマをとても好きな理由は「愛がすべてを救う」というありがちな価値観では終わらないところです。物語の終盤、勤務先から米国駐在を打診されたジュニはジナに「一緒にアメリカへ行こう」と誘います。ジナにとって、今の職場に残る意味はなく「毒」を振りまく母親から逃れるため、1人暮らしを始めたばかりでした。職場と家族の問題から距離をおいて、アメリカでジュニと新しい生活を始めるのは、合理的な選択に思えます。

「ジナ、行け!」「イエスと言え!」と多くの視聴者同様、私も考えていました。ところが、ジナはジュニの申し出を断ってしまいます。ジュニが渡米した後、ジナは物流管理部門に左遷され、下がった給料で払える家賃のアパートを借りて一人暮らしをします。それがいかに孤独な闘いだったか、想像するに難くありません。

◆「彼女の決定」を全力で肯定する

その後、彼女が選んだのは済州島への移住でした。職場からも母からも離れることを、ようやく決意したジナを見ていて「遅すぎるよ……」と思ったのは私だけではないはずです。もっと早く、自分を不幸にする職場と母を捨てることができていたら、ジュニとアメリカで笑って暮らしていたはずなのに。ちょっと、このヒロインは愚かではないか……。

しかし、この遅すぎるジナの決断を、あくまで肯定的に描くところに、このドラマの素晴らしさの本質があります。いつのいかなる決断であっても、それがたとえ、他人から見て非合理的で愚かなものであっても、それが彼女自身の決断であるからこそ、意義があるし尊重される。

かつてセクハラを受容してしまうほど心が弱っていた女性が、自尊心を回復し、嫌なことにノーを言い、正攻法で闘い、母に別れを告げられる力を蓄えることができた。きっかけはジュニとの恋愛ですが、ジナは本来持っていた強さを取り戻したのです。

つまり『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』は、年下の可愛い男の子とのラブストーリーのふりをした社会派ドラマです。韓国社会の#MeToo最前線や家父長制的価値観を内面化した母親の加害性を描きつつ、働く女性の自己決定を応援することが真の主題と言えるでしょう。

このような深い示唆に富む作品を「胸キュン」とか「美しい恋愛」といった紋切り型の表現で紹介しないでほしいなあ、というのが私の願いです。このドラマを配信しているNetflixの作品紹介文を、私に書き直しさせてほしい!

素敵な音楽と年下の可愛い恋人からの愛情という表層で、職場と家庭におけるジェンダー課題を描き、女性のエンパワーメントと自己決定の尊重を核に据えた、非常によくできたフェミニズムドラマなのです。

◆「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」(2018年、韓国)
脚本:キム・ウン。全16話。出演・ソン・イェジン、チョン・へイン、チャン・ソヨン ネットフリックス他で配信中。

愛の不時着のドラマ論はこちら ↓

この連載はこちら ↓↓

治部れんげ/ジャーナリスト、昭和女子大学研究員、東大情報学環客員研究員  1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。取材分野は、働く女性、男性の育児参加、子育て支援政策、グローバル教育、メディアとダイバーシティなど。東京都男女平等参画審議会委員(第5期)。財団法人ジョイセフ理事。財団法人女性労働協会評議員。豊島区男女共同参画推進会議会長。


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