首相官邸や財務省も恐れる謎の最強官庁「内閣法制局」の正体|倉山満
突然ですが、問題です
突然ですが、問題です。
もちろん正解は「(1)あ (2)い (3)う」です。小学生でも答えられます。しかし、実態は「(1)え (2)お (3)か」です。日本は官僚国家と言われますが、その中でも財務省主計局と検察庁、そして内閣法制局は別格です。
霞が関で最強の官庁は財務省、特に予算を握る主計局は「我ら富士山、他は並びの山」と豪語します。今や財務省は「増税省」と名前を変えた方が良さそうですが、本来の財務省は経済を豊かにし、国を運営するのが仕事。増税や統制経済は旧大蔵省の伝統に反する。こうした財務官僚自身が忘れてしまっているであろう歴史を、『検証 財務省の近現代史』(光文社、2012年)で描きました。日本の行政は財務省、特に主計局が切り盛りしています。
平時の最強官庁が主計局なら、有事の最強官庁は検察庁です。検察の権限は警察を軽く凌駕し、警察が逮捕した容疑者を起訴するかどうかは、検察の匙加減次第。起訴後の有罪率は99・9%。事実上の司法権は検察が握っていると言っても過言ではありません。そして、政治の表舞台に出てくる時は政局が動く時です。こうした検察の実像を、『検証 検察庁の近現代史』(光文社、2018年)で描きました。
そして「三部作」の完結編が本書です。
内閣法制局は、とらえどころのない役所です。名前を知っている人の多くも実態はよくわかっていない。圧倒的多数の人は名前すら知らない。そんな内閣法制局が財務省や首相官邸を抑え込む謎の力を持っている。彼らは、いったいどういう人たちなのでしょうか。
竹下登も村山富市も小泉純一郎も
内閣法制局に屈した
いくつかエピソードを並べてみます。
かつて竹下登が自民党幹事長代理だったときに公務員給与引き上げ勧告を凍結し、景気対策として公共事業の追加を行おうとしました。法律が通り、予算もついています。ところが内閣法制局から「人事院の公務員給与引き上げ勧告を凍結する一方で公共事業費を追加するのは憲法違反」の疑義があると指摘され、大慌てで対応しました(竹下登『証言保守政権』読売新聞社、1991年、135~136頁)。
竹下登はのちに首相となり、退陣しても闇将軍として君臨し、絶大な権力を握っていた人です。その竹下が総理就任前の話とはいえ、この内閣法制局からのイチャモンを露ほども疑問視しませんでした。首相在任時の法制局への対応も似たようなものですが。
また1994(平成6)年6月、社会党党首の村山富市を総理大臣とする内閣が成立したときの出来事です。それまで頑なに「自衛隊は違憲」としてきた社会党から陸海空自衛隊の最高指揮官である総理大臣が出てしまいました。ところが、村山は首相になったとたんに手のひらを返したように自衛隊が合憲であることを認めました。
この首相答弁は与野党から驚きで迎えられ、議場が拍手や野次で騒然となるなか、自民党からは拍手喝采の一方、社会党議員の間には重苦しい沈黙が漂っていたとか。
答弁の原案を作成したのは内閣法制局。曰く、「内閣が交代しても、憲法解釈を変更する余地はない。法律解釈とはそういうものです。政権が代わるたびに憲法解釈を変更したら、内閣法制局は組織としての信頼性を失う」と。従来の社会党の主張を押し通せばどうなるか、コンコンと説明を受けた首相は、内閣法制局の説得を全面的に受け入れました。村山さんは後日、「九条解釈をめぐり内閣法制局と対立したら、内閣はもたない」と側近に漏らしたそうです(中村明『戦後政治にゆれた憲法九条 内閣法制局の自信と強さ』中央経済社、1996年〈第二版は2001年〉。28~31頁)。
さらに時代が下って、強い首相の印象のある小泉純一郎も、内閣法制局に屈しています。2002年2月、ブッシュ米大統領の訪日にあたって、当初、靖国神社への参拝を申し出てくれたのに、日本側が政治的配慮から明治神宮への参拝に変更。さらに、その明治神宮ですら「政教分離に抵触する可能性がある」との懸念から、首相自身は参拝しませんでした。ブッシュ大統領に同行して参拝すれば「首相の公式参拝」と受け取られかねないと内閣法制局が判断したためです。ブッシュ大統領が明治神宮に参拝している10分間、小泉首相は車の中で待たなければならず、敷地内の流鏑馬会場で大統領と合流し、一緒に見物しました(西川伸一『これでわかった! 内閣法制局 法の番人か? 権力の侍女か?』五月書房、2013年、108頁)。
このように、内閣法制局は得体が知れない組織であり、とてつもない権威を持っています。ふだんの最強官庁・財務省も内閣法制局を頼りにしています。住所は両者同じで東京都千代田区霞が関3丁目1-1。何かコトがあればいつでも飛んでいけるように渡り廊下でつながっています。
最強官庁・財務省ですら、内閣法制局のことを「あいつらを敵に回すとめんどくさい」と思っています。あえて言うなら、表の最強官庁が財務省主計局、裏の最強官庁が内閣法制局でしょうか。
戦後の日本を「支配」してきた謎の官庁
とにかく内閣法制局はあの財務省をも凌ぐ、別格の存在として君臨する謎の最強官庁なのです。謎の詳細は追々お話ししますが、簡単に言うと、その力の源は「法制局」の名の通り、法を制するところにあります。
閣議が毎週火曜・金曜にあるために、前日の月曜・木曜に事務次官会議が行われます。そこで決まった法案や案件が翌日の閣議にまわされ、大臣が署名する。閣議で実質的な法律の議論がなされることは、まずありません。お習字大会よろしく、花押を書いていくだけ。花押とは文書の末尾などに書く署名の一種で、実名の一部などを取って図案化したものです。
それはさておき、政府提出法案を何%成立させられるか、それが時の内閣の成績と目されます。学校では国会は立法機関と教わりますが、「議員立法」などせいぜい2割程度しかありません。議員●●提出▲▲法案は数では政府提出法案に引けを取りませんが、成立する法案の約八割は政府提出法案なのです(内閣法制局HP「過去の法律案の提出・成立件数一覧」〈平成25年より令和3年までのデータ〉より計算)。
この政府提出法案は、内閣法制局長官が許可の判を押さないと出せない代物なのです。日本の立法を牛耳り、すでにある法律の解釈を一手に引き受けているのが内閣法制局です。
国会でも裁判所でも総理大臣でも法務大臣でもなく、なぜ内閣法制局がそんな権限を持っているのか、不思議と言えば不思議です。
その謎は本書を読み進めていくうちにだんだんと解けていきます。
戦後の日本を支配してきた裏の最強官庁・内閣法制局について、これだけは知っておきたい。そんな話を詰め込んだのが本書です。
目次
著者プロフィール
【余談】
制作に関わってくださった倉山氏のアシスタントさんが素敵な紹介記事を書いてくださいました。