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喫茶店のナポリタンとホッピーセット|パリッコの「つつまし酒」#72

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

「大将、いつものね」

 時間は昼時と夕方の間くらい。地元のなじみの店へふらりと入る。飴色の木製カウンターに着き、「大将、いつものね」と注文。すぐに目の前に、ナカミたっぷりのホッピーセットがやってくる。
 ジョッキにホッピーをトクトクトクと注ぐと、シュワーっと爽快な音がして、いよいよ夏本番に突入した蒸し暑さも、ほんの少しだけ和らぐ気がする。そいつを喉へと流しこむ。っくぅ~、やっぱり効くね、ここのホッピーは。
 お、今日のお通しはタケノコの煮物ですか。いいじゃないですか。ピリ辛で、酒のつまみとしては極上だ。

 続けて、「大将、なんか夏らしい、軽いつまみはない?」と聞くと、無言でトンと、目の前に小鉢がやってくる。ゴーヤのおひたしか。いいねいいね。そういえば今年初だな、ゴーヤ。ポリポリポリ。お、爽やかで苦味もほどよくて、ん? ほんのりとニンニクが効かせてある? あ、薄切りのニンニクが入ってるや。いいなぁこのアクセント。またまたホッピーが進んじゃうなぁ。

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目にも涼しげなひと皿

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「『からあげ代行』なんて始めたの? 
あいかわらずおもしろいこと思いつくねぇ」

 お次はそうだな、日替わりから「ほたて貝ひもバターしょうゆ」いってみよう。

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またまた無言で、トン

 え? 確か200円だったよね、これ。ずいぶん気前のいい量だね。どれどれ……あちゃ~、いけないよこれは。貝の旨味に濃いめのバターしょうゆが絡んで、シャキシャキの食感も小気味よくて、酒が進んで進んでいけないよ。「大将、ホッピーセット、おかわり」。

 あぁ、ずいぶんいい心持ちになってきた。そろそろシメをお願いしようかな。今日のシメは、えーとそうだな……。

すいませんウソでした

 って、ここで何を頼むかはタイトルで完全にネタバレしてますよね。そう、「ナポリタン」です。そして、こざかしい茶番劇を大変失礼しました。ここまでの内容、ぜんぶウソ! 今僕がいるのは街のすすけた大衆酒場じゃあないし、目の前にいるのも白髪頭の渋~い大将じゃあありません。若きイケメン店主です。
 あ、ぜんぶって言っても、いただいたお酒やつまみは本物ですよ。実はこちら、僕の住んでる石神井公園のお隣、大泉学園という駅の近くに約3年前にオープンした、「大森喫茶酒店」というお店なんです。

 どういうお店かを具体的に説明しましょう。店主の大森さんは、かつて銀座の名門喫茶店で修行をされた方。やがて独り立ちし、自分のお店を始めることになった際、「お酒が好きだから」というシンプルな理由で、喫茶店と飲み屋のハイブリットスタイルを思いついたんだそう。
 ここ、僕の出た小学校の目と鼻の先にあって、実家に帰るときなんかは毎回通る道なんですね。そこに突然、なんだか不思議な名前のお店ができたもんだから、当初はよくわからなかった。しばらく様子を見ていた。なんとなく、昼は喫茶店、夜はお洒落なバーになるような、こまっしゃくれた店なのかな~? なんて思っていた。ところが、やがて地元の酒飲みたちがにわかに騒ぎだしました。「あの店、やばいぞ」と。
 で、実際に行ってみたところ、本格ドリップコーヒーや喫茶店的フードメニューやスイーツはもちろんあって、さらに膨大なお酒とつまみメニューが揃っていて、しかも昼から夜までぶっとおしでいつでも飲める。そして、何を頼んでもうまくて安い。むしろ飲みすぎちゃうんであんまり近所にあってほしくないタイプの、とんでもない名店だったというわけなんです。

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ウッディーなカウンターに、おでん鍋

お酒が進むナポリタン

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黒板が通常メニュー。ホワイトボードが日替わりメニュー

 簡単に「膨大」なんて書いちゃいましたけど、いやもう、本当の本気で膨大なんですよ。メニューが。これ、大森さんがぜんぶ考えて、仕込んで、作ってる。どう考えても人間業じゃないような気がするんですが、注文するとちゃ~んと出てくる。しかもですよ? パンの耳にカレー粉をまぶしてこんがり焼いた「カレーパン耳」なんていう、シンプルなんだけども絶妙にちょうどいいつまみがあったりするんですが、これがお店の最安価格品で、なんと100円! そりゃあ地元の酒飲みたちも騒ぎだすってもんですよ。

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「ヤマピカハイ」はそんな酒飲みのひとり、ブロガーのヤマピカさんがリクエストし、メニュー入りしたお酒。
くやしい! いつか「パリハイ」も仲間に入れてほしい!

 というわけでこちらでは、超本格ナポリタンをつまみにホッピーを飲むなんていう、トリッキーな楽しみかたができてしまうんですね。このナポリタンがまた、そりゃ~も~うまい! ぷりぷりの麺にフレッシュで深みのある甘酸っぱさが絡み、そこに自家燻製したベーコンがゴロゴロと入ってる。主食にはもちろんですが、酒のつまみとしての実力もすさまじいナポリタンなんです。

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粉チーズとタバスコで味変すると、さらに酒が加速!

 飲食店の数は少なくない大泉ですが、わずか3年で確実に街を代表する酒場となってしまった大森喫茶酒店。大森さんがこの場所を選んだのは、「単に偶然ちょうどいい空き物件があったから」だそうで、いやもう本当、その偶然に感謝っす。他にもいろいろとある喫茶メニューをつまみに飲んでみたいんだけど、なにせメニューが多いもんで、制覇できるのはいつになることやら……。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。著書に『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)など。Twitter @paricco


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