シニアが幸福に働く鍵とは? 「定年前と定年後」の新しい生き方|石山恒貴
定年前と定年後の働き方は、個人の思考ひとつで大きく変わる。本書では、50代以降の個人をシニアと呼び、その働き方の思考法について考えていきたい。そのシニアの働き方の思考法の鍵を握るものは幸福感だ。
幸福感と年齢の関係には謎が多い。この謎はU字型カーブやエイジング・パラドックスなどと呼ばれる。どういうことかといえば、個人の幸福感は20代・30代では高いが、その後低下し40代の後半で底をうつ。そして、その後は年齢が上昇するにつれ、幸福感も上昇し続けるのだ。
この年齢と幸福感の関係を示すカーブは、U字型カーブと呼ばれる。なぜ50代以降は、年齢の上昇に伴って幸福感も上昇し続けるのだろうか。高齢期に加齢することは、身体の衰えなど様々な喪失を伴うものと思われる。そのため、むしろ幸福感は低下していくことが想像されるだろう。それなのに幸福感が上昇するという謎が、エイジング・パラドックスと呼ばれるのだ。
実はこのU字型カーブとエイジング・パラドックスこそ、シニアの働き方の充実度を左右するヒントなのである。近年、シニアの働き方と幸福感の関係については研究が進んでいる。それらの研究では、働き方の思考法を変えることで、幸福の追求ができることが明らかになっている。つまり、U字型カーブとエイジング・パラドックスという謎こそが、シニアが幸福に働く鍵だったのだ。
ところがシニア個人の働き方と幸福の関係を考えた書籍は、実はあまりないように思える。というのも、シニアの働き方については、定年再雇用や役職定年など組織側の施策に焦点があたることが多い。あるいは、働き方ではない定年後の生活(健康や余暇など)のあり方と幸福の関係を説く本が多いのではないだろうか。
もちろんシニアの働き方自体をテーマにしている書籍もかなり見受けられる。しかし気になることは、それらの書籍では、悲観的な捉え方が基調になっていることだ。たとえば定年前であれば、シニアは新しいことを学ぶ気がない、上から目線で過去の経験を語り続ける、役職定年や定年再雇用などをきっかけにモチベーションが低下する、など。定年後であれば、シニアは「自分ができる仕事は部長だ」と言い張って再就職ができない、希望にみあう処遇と役割の仕事はない、仕事がなく社会的孤立に陥ってしまう、など。
筆者は企業の人材育成や個人のキャリア形成の研究をしている。その際、企業の人事部門の方々からも、シニアについての意見を聞く。それらには、次のような意見が多い。「日本的雇用では個人のキャリア開発が重視されてこなかった。そのため、シニアは自身のキャリア開発について積極的ではない」「役職定年や定年再雇用後の処遇の低下に伴い、シニアの動機づけをどうすればいいか悩んでいる」「年上部下になったシニアは、年齢を気にする人が多く、マネジメントが難しい」。
こうしたシニアの働き方への悲観的な捉え方を無視することはできない。しかしこれらの捉え方は一面的なものにすぎない。シニア個人は多様であり、悲観的な捉え方があてはまる人もいれば、まったくそうでない人もいる。それなのに一面的な見方が支配的になってしまうのは、日本社会では、ある類型の人々を集団的にくくって捉えてしまうことが多いからだろう。たとえば「イマドキの若者論」、あるいは「シニア男性の働き方を揶揄する呼び方」などがその典型だ。ある類型の年齢や性別の集団を、一括りでこういうものだと決めつけてしまうと、それはわかりやすい。WEB上なら、あっという間にPV(ページビュー)を稼いで話題になりやすい。
しかしそういった集団的な決めつけは、大事なものを見過ごしてしまうだろう。むしろ研究で明らかになっているシニアの働き方を幸福感と結びつける思考法は、個人それぞれ異なった特徴を発揮することにある。シニアを一括りの集団とみなさず、個人の違いにこそ注目する。そうした思考法の違いによってこそ、シニアの幸福な働き方は実現していく。
では、個人の違いを尊重した働き方の思考法とはどのようなものなのか。なぜその思考法は、U字型カーブとエイジング・パラドックスと関係があるのか。そして働き方の思考法を獲得すれば、悲観的な捉え方をされているシニアの働き方が幸福なものへと本当に変わっていくのか。
本書ではこれらの疑問を掘り下げ、それに正面から答えていくことに挑戦していきたい。筆者は、むしろ定年前と定年後の働き方にこそ、人生でもっとも充実した幸福な時期を実現する可能性があると考えている。そしてその可能性を示すものこそ、U字型カーブとエイジング・パラドックスなのである。ぜひ読者とともに、個人の違いを尊重し幸福な働き方を実現する思考法のあり方を探究する旅を、本書で進めていきたい。